35.集う怪物達

 ロムウの2本の剣を手のひらで捌きながら距離を詰める。


 時折ヴァレリオが刃を掴んで砕くも、剣は瞬時に再生する。



 一見、互角に打ち合っているかの様に見えるが、内心、ロムウはかなり焦っていた。


(この剣は俺の皮膚と骨で出来ている。再生は容易い。だが……)


 いくら再生しても同じだった。


 そもそもヴァレリオはロムウの剣の刃を避ける為に捌いているのでは無く、自分の攻撃を当て易くする為に剣を逸らしていただけなのだ。


 従ってたまに二の腕や首元、太腿などに命中するのだがヴァレリオの体には毛程の傷も付かない。


「ええぃ、何だコイツは!」


 だがヴァレリオはそれに答えない。


 ニヤリと笑って馬鹿にする言葉のひとつでも吐いてくれれば付け入る隙もあろうというものだがヴァレリオは一切そういった態度を取らなかった。


 ヴァレリオの中でシェイドは憎むべき、抹殺すべき相手でしかなく、会話などは最もしたくないものだった。


 それはリーが再びあの薬を使った事で顕著になった。


 ただ、殺す! ヴァレリオはそれだけに集中する。


(やはりダメだこいつは。ルーヴルドじゃないと……)


「仕方ねえ。奥の手を、出す!」


 ロムウが合図すると庭の周囲から黒い大型のルノシェイドが何十体と姿を現した。


 ちらりとそれらに視線を移したものの、すぐにロムウに向き直る。


(だ、ダメだこいつ! ルノシェイド共に目もくれねぇ!)


 ヴァレリオの息つく間もない肉弾の雨あられを避け、防ぎ、時折食らって吹っ飛びながらルノシェイドの群れの中に巧みに誘導する。


 だがヴァレリオは最小限のルノシェイドを一撃で屠り、すぐに最短距離でロムウに近付き、攻撃を仕掛けた。


 ロムウの左腕が千切られる。

 再生するがその間に右の剣を砕かれる。

 左の膝下を手刀で切り取られる。


 遂に再生が追い付かなくなった。

 尻餅をつき、怯えた顔付きで振り返る。


 そこにはもうヴァレリオの拳があった。


(や、野郎! ま、マジに『俺を殺す』という動作だけをしやがる!)


 2本の剣をクロス、ヴァレリオの拳が当たると同時に斜めに逸らし、破壊されない様、受け流す。


 だがそこまでだった。

 尻餅をついた時点で勝負は決まっていた。


「ちくしょう。もう無理か」


 鬼の形相のヴァレリオから視線を離さず、ロムウは意外な事を考えた。


(しめた! 遅いぜ! ……行けっ!)


 とどめの一撃とばかりに腕を振り上げるヴァレリオに先程のロムウがそうした様に、もう一体のシェイドが背後から襲い掛かった!


 それはロムウと同じ幹部のリー。ようやく体の再生が終わったのだ。


(幹部2人がやっと揃った。これで何とか勝負になる)


「突撃、しろぉぉぉ!」


 ロムウがルノシェイドに向けて号令を掛けると数十体ほどのルノシェイドが一斉にヴァレリオに襲い掛かり、その怪力を振るう!


 その隙に、とばかりにロムウとリーが一瞬ヴァレリオから距離を取り、その体にパワーを込める。

 2人の体は一気に膨れ上がり、目が黄色くなり瞳がスッとなくなった。


 さあルノシェイドと共にヴァレリオを倒そう、とその方を向いた時、恐ろしい勢いで何かが2人目掛けて放り投げられた。


 ドンッ! ドンッ!!


 シェイド幹部のロムウ達ですら食らって蹌踉めく程の衝撃だった。


 勿論それはヴァレリオに向かっていったルノシェイド達が投げつけられたのだ。


「な、なんて奴だ」

「クソッタレヴァレリオめ」


 だが2人も怯まず、ヴァレリオに襲い掛かった。


 ルノシェイドの大群に襲われているヴァレリオだが、攻撃を避けるまでもなく、近付く相手を粉砕していった。


 シェイドとして覚醒状態となったロムウとリーの攻撃を受け、一瞬グラつくも直ぐ様立て直し、受けた倍程の反撃をする。


「く、クッソ……ダメか……」


 既に2本とも剣を折られたロムウと体の数箇所に穴を開けられたリーが揃って観念仕掛けたまさにその時。


「待て……何故だ……」


 ヴァレリオが驚愕の表情で宙を見上げる。それはロムウとリーを越えてもっと高い位置だった。


「あ?」

「何故だと?」


 2人がゆっくりと振り返り、ヴァレリオの視線の先を見た。


 そこにいたのは。


 身長2メートル近いヴァレリオの倍以上の背丈という化け物じみた大きさを持つ、魔導師の様な姿をした老人だった。


「か、怪物……」

「やっと、来たか」


 2人はそう言うとヴァレリオを前に左右に分かれる様にゴロゴロと転がりながら逃げた。


「逃がさん」


 当然、怪物はヴァレリオが倒すべき相手では無い。ヴァレリオは迷う事なくロムウを追った。だが、


 バッシャァァァンッ!


 強烈な雷がヴァレリオの体を襲う!


「ウガァァァッ!」


 流石のヴァレリオも煙を噴き出し、動きを止める。


「く、クソが……」


(こいつら、まさかシェイドと怪物が手を組んだ?)


 ロムウとリーはヴァレリオから距離を取るとようやく笑みを零す。


「もう来ねえのかと思ったぜ」

「やっちまえ怪物。半神デミゴッド様が思う存分相手してくれるぜ」


 ギリリと歯噛みして立ち上がる。

 例え怪物がシェイドの仲間だとしてもヴァレリオのやる事はひとつ。


 アークヴィラを護る。


 それだけだった。


「いいさ。死にたいなら相手してやる」


 老人に向かって低く呟く。ヴァレリオのが揺らめき、まるで湯気の様に立ち昇った。


 それはルーヴルドの闘気の様に人間ですら目視出来る程の強いものだった。


 右手を腰の位置に固め、怪物に向かって大ジャンプ!


 だがやはりその出立ち通り、その老人は魔法使いだったようだ。


 バッシィィィンッ!


 またもや雷がヴァレリオを襲う。


 弾かれ、後退り、膝を突いてしまった。


「お、おお!」

「いけるぞ! やっちまえ怪物!」


 遠くからロムウとリーが無責任に囃し立てる。続けて2度、3度とヴァレリオに向けて雷が落ちる。


(むう。本当に怪物を飼い慣らしたというのか?)


 体に電気が走るたびに筋肉が反応し、一瞬痙攣、硬直してしまうが、見た目程のダメージは無かった。


 むしろ、


(体が痙攣してしまう時に奴らに攻撃される方が厄介だが)


 しかしシェイドの幹部2人は遠巻きにしたまま決してヴァレリオに近寄ろうとはしなかった。


(フン。ならさっさとこいつを……)


 ビシィィッ!


 だが雷というのはヴァレリオにとっても厄介だった。光ったと思った時にはもう落ちているのだ。如何に高速で動けるといっても限度がある。光ってから避ける事は出来なかった。


 ビシィッ! ピシャッ!


 その魔術師風の怪物に近付く程に落雷の本数、頻度が増える。


 必殺の右の突きを腰の位置で溜め、とにかく止まらない様、高速に移動しながらジグザグに走り、あと数歩という所まで一気に近付いた。


「フンッ!」


 最後の数歩を惜しみ、大きくジャンプ!



 だがそれがヴァレリオの失敗だった。



 ジグザグに高速に動いていれば早々狙いがつけれるものではなかったのだ。


 ピシャァァァァァッッ!


 一際大きな稲妻が光る。ヴァレリオの体が数秒言う事を聞かず、怪物の直前で膝を突く。だがすぐさま立ち上がって溜めていた正拳突きを一撃見舞えばそれで怪物は終わりの筈だった。


「フゥ。厄介だったがこれで……」


 立ち上がり、一際右腕に力を込めるとそこでゾッとした。


(待て、いつの間に? ?)


 4、5メートルはある老人の顔と同じ程の高さにの頭があった。


 黒い巨馬。


 そしてそこに乗る更に巨大な鎧の戦士が見えた。劈く雷の衝撃と音で全く気付かなかった。


(グッ、マズい、距離……!)


 すぐに後退ろうとするが体がまだしっかりと動かない。だが目はそれをしっかり捉えていた。


 馬上の騎士が持つ、人間の胴体ほどの太さもあろうかと思われる黒い槍が唸りを上げてヴァレリオの体を襲ってくるのを。


 一瞬の後。


 その槍がヴァレリオの胴を貫いた。

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