32.バージョン9.0になりました!

 それから3日間、アークヴィラは弥生と共にロシアの研究所にいた。出発前に、


『日本に来る前から頼んでいたハードとソフトの開発が出来たそうなんで装着しに行って来る』


 と理由を教えてくれた。


 その間、日本では特に何事も無く、蒼太も平和に過ごしていた。



 だが世界的にはエジプトに風の精霊ジンの様な怪物が、イギリス近海にシーサーペントが、そしてオーストラリアのエアーズロックにはなんと全長百メートルにも及ぶベヒーモスとしか思えない巨大な怪物が現れ、大混乱に陥っていた。


 出現した場所が過疎な場所だったので被害はさほどでも無かったが、退治する労力は増える一方だった。


 日々、怪物が強くなっているのは最早疑いようがない。それはアークヴィラやルーヴルドの見解だけでは無く、人間達もわかっている。


 このままではいずれ世界は滅ぶと世界的にパニックになりつつあり、自殺者や新興宗教、犯罪の増加に繋がっていた。


 とはいえ大部分の人間はまだどこか楽観的に対岸の火事的視点でそれらのニュースを見ていた。


 1日に1体、世界のどこかという出現率である為、自分の町に現れるのは隕石に当たる確率よりも低いなどと報道されたり、映像に映らない為に怪物の存在が未だに懐疑的であるという意見もあった。



 実際には、世界は緩やかに、そして確実に終末に向かっていた。



 そんな中、アークヴィラが弥生を従えて帰ってきた。


 夜、呼び出された蒼太は彼女の館まで自転車で向かった。



 ―

「ソータ!」

「アキさん。弥生さん、お帰りなさい」


 既にヴァレリオも含めて応接間に3人が揃っていた。

 アークヴィラはいつものラフな格好で蒼太に手を振る。


「遅いなー。ヴァンパイアなんだからもっと早く来れるだろ?」

「いや、さすがに町中で全力出せませんから」


 確かに彼が全力で自転車を漕いだ場合、車並みのスピードが出るはずだった。もっともペダルやチェーンの耐久性が持てばの話だが。


「この町の人達はもうそんな事位で驚かないかも知れませんよ?」


 弥生がニコリと笑う。

 確かにそうだ。2体もの怪物、特にオーガに関して言えばヴァンパイアとシェイドの戦いもそれに混じっていた。更に言えば弥生が空に飛んでミサイルで戦っていたのだ。


「私、この町ではちょっと有名ですからね。ちょくちょく声をかけられます」


 オーガ、アークヴィラ、ヴァレリオ、そしてシェイド達はカメラに映らない。だが弥生はしっかりと映る為、結局弥生が1人で町を破壊しているかの様な画像が出回っていた。


 勿論、『謎の美少女アンドロイドが闘ってくれている』や『この写真には怪物がいます』などの注釈付きでSNSに拡散されていた。


「驚きました。皆さん、全く姿を隠さないんですね」

「今の世の中、隠し通すのは無理だからな」


 当然と言わんばかりにアークヴィラがニヤリと笑う。


(ああ、なんか久々に会った気がする。綺麗だな、アキさん)


 と蒼太が思った次の瞬間、彼女の背後からギロリと鋭く睨む眼光があった。


 勿論ヴァレリオである。


(全てを見通すって言ってたけど、まさか頭ん中が見える訳じゃ……)


 恐々視線を合わせると顎をグイッと上げ、悪魔の様にニヤリと笑った。


(うう、どっちなんだ。わかんない)


 ヴァレリオにいい様に弄ばれているのを知ってか知らずか、アークヴィラは突然、


「どうだ? ソータ。こいつ凄くなっただろう!?」


 満面の笑みで弥生を自慢しだした。


「久々にメジャーバージョン上がりました! バージョンは9.0です! えっへん」


 弥生は弥生で足幅を広げ、両手の甲を腰に当て、鼻高々といった感じのポーズを取っていた。


(え、何だろう。どこか変わったのかな……)


 パッと見は何も変わっていない様に見えた。暫く悩んでいると、露骨に寂しそうな顔付きになり、


「何だお前分からんのか。ロマンの無い奴め」

「ガッカリです」


 散々な言われ様だった。


「お前も、という事は」

「ああ、こいつも全然分からなかった」


 親指でヴァレリオを指し示す。


「全てを見通す目を持っていても……」


 蒼太が言う。


「機械の中身などわからん」


 ぶっきらぼうにヴァレリオが吐き捨てた。


「仕方無い。ソータにも教えてやろう。まずヤヨイの体重が20パーセント、軽くなった」

「はあ……」


 人間で20パーセントというと体重が50キログラムなら40キロになる訳で明らかに見た目に変化が分かる。

 だが、


「そうなんですね。見た目、全然変わらないですが……」


 思わずそう呟くと、またアークヴィラが渋い顔をする。


「お前もデリカシーのない男だな。ヤヨイの前でそんな事を」

「あ! いえ、別に深い意味がある訳では!」

「ショックです」


 弥生に悲しい表情をされてしまい、「すみません」と項垂れる。それを見てソファの後ろのヴァレリオがクックックと笑いを噛み殺す。


「理由は主武器だったタングステン合金の剣、これの硬度を落とさずに更なる軽量化に成功した為だ」

「おお!」

「同様に各種防御パーツの軽量化が成功した。この2つが重かったんだ」

「成る程。でもそれくらいだとメジャーバージョンアップにならないですよね」


 元々プログラマーであり、且つ引き篭もりがちでファンタジーやSFにも知識があった蒼太が言った。


 意外そうな顔付きでフフンとアークヴィラが笑う。


「ほう。分かってるじゃないか。よし教えてやろう。追跡システムの搭載、装甲強化、体幹バランサーと反射神経の大幅性能向上、と色々あるが何と言っても目玉は」


 突然弥生の両肩部分が開き、体内から葉巻程度の小さな筒が突起して来た。


「それは」

「ついに搭載されました。レーザー砲です!」

「おおっ!」


 その後暫くヴァレリオを除く3人は弥生の装備で盛り上がった。



 ―

 数時間後。


 時刻は深夜0時頃。



 蒼太は既に帰宅し、アークヴィラはソファに座ってヴァレリオが淹れた紅茶を美味しそうに飲んでいた。


「ソータはヤヨイの構造について、話がわかるな」


 弥生もニコリとしてウンウンと頷く。


「きっとお好きなんでしょう。やはり男のロマンをお持ちだった、という事かもしれません」

「アッハッハ。男のロマンねぇ。ヴァレリオも……」


 そう言い掛けてアークヴィラの視線が突然宙を彷徨った。


 時が止まったかの様に手が止まると、紅茶のカップがクルリと回り、床に落ちて割れてしまった。


「アークヴィラ様?」


 何事かとヴァレリオがアークヴィラの顔を覗き込む。



 彼女はソファの背もたれに倒れ込む様にパタリともたれた。



「アークヴィラ様!」


 急激に顔色が悪くなっている。


 それは白いと言っていいほどだった。

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