31.怪物に対する見解

 ふと目を覚ますとアークヴィラの館で、しかもまた彼女のベッドで眠っていた事に気付いた。


「僕は……?」


 必死に記憶を辿り、オーガとの激戦を思い出す。本当に危機一髪だったと今更ながら身震いする。


 ベッドから片足を降りた時、


「お目覚めですか? お体の具合は如何でしょう」


 メイド姿の弥生が扉を開けて入って来た。


「弥生さん。ええ、大丈夫です。さっきは有難う御座いました」


 蒼太のその言葉に弥生が怪訝そうに首を傾げた。


「さっき、と申されますと?」

「え? ギリギリであの怪物の首を刎ねてくれましたよね……あれ? まさか夢……?」

「ああ! 成る程。まあ仕方無いですよね。大激闘でしたし」

「と言いますと?」

「その出来事はさっきではありません。1日前、です」

「ぶっ」


 思わず噴き出した。だが成る程、確かに体はもう何とも無い。オーガと正面衝突した頭も割れてはいなさそうだ。


「御礼を申し上げたいのは私の方ですよ、ソータ様」

「は……なんかしましたっけ」

「アークヴィラ様を助けてくれました」

「……あ――……」

「残念ながら私の出力では間に合わないタイミングでした。心ばかりの御礼として、また体を拭かせていただきましたので」


 そう言うと弥生はニコリと笑った。

 数秒後、自分がまた全裸になっているのを知り、顔を真っ赤にしてもう一度布団に包まった。


「おふたり共、お怪我がなくて何よりです。ここにお召し物を置いておきますので着替えましたら応接間の方までお越し下さい」

「……分かりました」


 アークヴィラの話から精密な画像としては自分は見えていないと分かったが恥ずかしいものは恥ずかしい。


 布団から目だけを出して弥生が出て行くのを待った。

 やがて部屋はシーン、と元通りの静寂に戻る。


 昨日着ていた服が綺麗にクリーニングされ、丁寧に畳んで置いてあるのを1枚ずつ取っていった。


(『おふたり共』……2人?)


 弥生が言ったその言葉に胸騒ぎを覚えた。それが蒼太とアークヴィラを指しているのだとすれば……。


 ヴァレリオがルーヴルドに貫かれた場面を思い出す。


(ひょっとして……いやでもあれ程強い人が)


(半分、神様なんだよね。きっと大丈夫)


 そんな事を考えながら応接間へ向かった。



 ―

 嫌な予感を頭から振り払いながら応接間の扉を開いた。


 と同時に突然大きな手のひらに顔を掴まれた。


「貴様、今までどこで寝ていたのだ?」

「ひっ」


 それはいつも通りの、鬼の形相のヴァレリオだった。


 突然の事で驚いた蒼太だったが、前と変わらぬその姿を見て安心する。と、何故か涙がポロポロと溢れて来た。


「ぬっ。何だ貴様、突然」


 予想外の反応に一瞬ヴァレリオが狼狽える。


「ふごふご……ヴァレリオしゃん! 良かった……」

「良かった?」

「良かったです……無事だったんですね」

「ぐ、ぬ。当然だ! 俺があれ位でどうこうなる訳なかろうが!」


 チッとひとつ舌打ちして蒼太を離す。


「アッハッハ。ソータはお前を心配している筈だと言ったろう?」


 蒼太の心を落ち着かせる澄んだ声。その持ち主のアークヴィラがソファから手を振った。


「ヤッホー、ソータ。おはよう」

「おはようございます。すみません。またお世話になってしまったみたいで」

「いや、助けて貰ったのはあたしの方だしな。まあ座れ」


 促され、アークヴィラの対面に座る。


「お前が寝ている内に3人で話したんだが、お前の意見も聞いておこうと思ってな」

「はあ……何の話でしょう?」

「あの怪物だ。シェイドの仲間では無いらしい、というのは分かった。ではあれは何だ?」


 それは蒼太に分かる筈もない質問だった。だが心当たりが全く無いかと言われるとそうでも無かった。


「えと、推測ばっかりなんですけど」

「いいよ言ってみ? あたし達も一緒だ」

「まず1つ目は、あの怪物って何かこう、ゲームのモンスターみたいだなって……」

「ゲーム?」


 ヴァレリオが首を傾げるが、アークヴィラはパチンと指を鳴らした。


「成る程。言われてみればそうだな」

「最初はガーゴイル、自由の女神の時はグール、北京ではジャイアント……」


 アークヴィラがその後を引き取る様に言った。


「パリではグリフォン、昨日はオーガ、そして今日はローマで飛竜ワイバーンか」

「え! 今日も出たんですか!?」

「ああ。イタリア軍もかなり苦労したらしい。戦闘機が2、3、落とされたらしいしな」


 軍隊に打撃を与える生物など尋常では無い。


(いや生物じゃなくて怪物か……)


「それで、他は?」

「はい。2つ目は段々と強く……なってませんか?」

「そうだ。あたし達もそう思っていた」


 その後にヴァレリオが口を挟む。


「関係ないなら放っておけばいいが……向かって来るなら倒さねばならん。だが確かにこのままいけばシェイドよりも厄介な事になりそうだ」

「ええ。なんかその内、ドラゴンとか出て来そうで」

「他にもあるかい?」

「はい。これが最後なんですけど、なんか出現してる場所が幼稚というか……」


 アークヴィラが我が意を得たりと手を叩いてヴァレリオを見てニヤリとした。


「何というか誰でも知ってる場所、というか。それこそ僕みたいな世間知らずでも聞いた事がある場所ばかりですよね。そこに人が多いから出ている、とか観光名所だから、とか何かルールみたいなものがありそうで」

「成る程成る程。おおよそ同じ意見だあたし達も。だが見落としがある」

「見落とし……」

「何故この日本だけ。東京都心では無く、こんな田舎町に現れたのか。しかも2度もだ」


 確かに、と思った。

 シェイドがこの町を根城にしている、という話がごちゃ混ぜになって見逃していたが怪物の話は別、と切り分けると何故世界の名所に緑中ヶ丘が含まれているのかは重要なポイントと思われた。


「それらを踏まえた上であたし達の見解は……」


 アークヴィラが人差し指を立てた。



 ◆◇◆◇


 緑中ヶ丘町のとある場所。


 そこは暗く、荒れ果て、コンクリートの天井は至る所で剥がれ落ち、まともな人間が住める様な場所では無かった。


 そこに数十人の大柄な男女が集まっている。


 ここはシェイドの、日本での寝ぐらとなっている廃ビルだった。



「何なんだ、あの怪物はよう!」


 バリンッとガラスが割れる音と共に苛立つ声がした。


 言ったのはジーラ、音は彼女がビール瓶を床に投げつけ、割れた音だった。


「あの怪物がいたからヴァレリオから逃げられたんだろう?」


 そう言われるとぐうの音も出ない。


 言ったルーヴルドも最後にヴァレリオにやられた裂傷があまり治癒せず、首元に色濃く残っており、2本の指でその辺りを何度も撫でていた。


「まあ、そうなんだけど……結局あれって何なんだ?」

「どう思う、タムラ」


 ルーヴルドは椅子の腕置きに頬杖をつきながら、そのすぐ側でチビチビと人間の酒を飲んでいた男に声を掛ける。


「その名前はやめてくれよボス。一応俺だって幹部なんだし、ちゃんとリーと呼んでくれ」

「そうか? タムラのが格好いいじゃねえか。、タムラってな。アッハッハ」


 揶揄う様にルーヴルドが笑う。


 ヴァンパイアを滅ぼした日本人、タムラ。


 つまりはこの男、シェイド幹部リーこそ、クルジュ=ナポカでアークヴィラの家族を含むヴァンパイア一族を滅亡させた男だった。


 アークヴィラ達はこの男の足取りを追ってこの緑中ヶ丘町までやって来たのだ。


 今は擬態していないにも関わらず、リーは日本人らしい愛想笑いの様な表情を浮かべ、


「ヘッヘ……まあ俺が思うに、ありゃあ自然に湧いてるんじゃ無さそうだ」

「そりゃそうだろ」

「そう考えると誰かが呼び出してるって事だろ」

「まあそうなるな」

「俺の予想じゃあ、そいつは、だと思う」

「子供? 神の力を持った?」


 ジーラがキョトンとした顔で聞き返す。


「まず、怪物はどれもファンタジーゲームをやった事があるなら誰でも思い付くモンスターだろ」

「そうなのか? あたしは知らん」

「そうだ。出現場所も子供でも知ってる様な場所ばかり……そしてこの町に2度も出現している事、世界中で最初に出たのはこの町だという事を考えると、そのガキはこの町に住んでいて、ある日突然何故か怪物を召喚出来る力を持った、とは思えねえか?」

「なんだと! よしあたしがブチ殺してやる」


 いきり立つジーラをまあまあとロムウが宥める。


「それよりそのガキを味方につけた方がいいんじゃねえか? ヴァレリオが手強すぎるぜ」


 ロムウは中年のサラリーマンのふりをしてアークヴィラを襲ったもののヴァレリオに邪魔をされた、あの時のシェイド幹部だった。


「そうだな。あいつは手強い」


 相槌を打ったのはダーヴィットと呼ばれる幹部の1人だった。細長い顔を歪めてフラフラと左右に揺れている。


 ルーヴルドはコンクリートの塊を拾い、軽く握りしめて粉々にする。


「だが今はまだ俺が与えた傷が癒えてない筈だ。折角向こうから来てくれてるんだ。今の内、っちまおう」


 先程タムラと呼んだ幹部、リーに顔を向け、ニヤリと笑った。


「リー。あれ、もう一回行こうか」

、だな?」

「そうだ。クルジュ=ナポカの間抜けなヴァンパイア共を根絶やしにした奴だ。あれでヴァンパイア最後の1匹、アークヴィラのガキもやっちまえ」

「分かった」


 リーがそう答えるとルーヴルドは満足そうにその巨体を揺らす。


「クックック。ヴァレリオはヴァンパイアに仕える為だけに存在している。アークヴィラが死ねばいなくなるだろ。あの機械の女もそうだ」


 そしてもう一度、コンクリート片を親指と人差し指で摘む様にして持った。


「ま、それでももしまだ向かってくるってんなら……俺がバラバラにしてやるがな」


 同時にコンクリートは粉微塵になった。


 その暗い住処に、低く、暗鬱な笑いが広がった。

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