30.シェイドの王
「く、そったれめ!」
ジーラの攻撃は何ひとつ届かず、逆にヴァレリオの攻撃は面白い程命中していく。
勝負がついていないのはジーラのタフさが異常なだけで、両者の力の差にはかなりの開きがあった。
「ルーヴルドはどこだ? 素直に吐けば楽に殺してやるぞ?」
「誰が言うかボケッ!」
いきり立つが攻撃はヴァレリオに届かない。逆に数倍の反撃を受け顔の形が変わって行く。
「あ―――ッ! クソがぁ! 仕方ね――ッ こいつをやれ!」
すると物陰に潜んでいた日本人達が十数人、ヴァレリオを取り囲む様に現れた。
「お前……まさか」
ヴァレリオの声と同時に人間達は黒く大きく姿を変えて行った。
上から見ていた蒼太の顔色がサッと変わる。
(あれは……ルノシェイド!)
(まさかこの町の人達、僕も知ってる人達が既に多く、あ、あれになってる!?)
「貴様、こんな所にルノシェイドを伏せて……アークヴィラ様を狙うつもりだったな?」
「ケケケ。あの小娘の代わりにテメーがそいつらと遊んでるがいい。あたしゃあテメーの相手なんざやめた」
「さすが外道だな。ルノシェイドを盾に逃げるのか」
「何とでも言え。吼えろ吼えろ、クソヴァレリオ。行け! お前ら」
ジーラの指示と同時に一斉にルノシェイドが襲い掛かった。
だが幹部でも太刀打ち出来ないヴァレリオを相手にルノシェイドでは荷が重い。そんな事はジーラも百も承知、ただ逃げる時間を稼ぐ為だけの捨て駒だった。
恥も外聞も捨て、真後ろを向いて逃げた。
ヴァレリオは数体のルノシェイドの首を手刀で容赦無く切り落とすと、瞬時にそのジーラの目の前に現れ、道を塞いだ。
「うあっ!」
ジーラが目を見開き、動きを止める。
「あんなもので1秒でも俺を止められると思ったのか?」
「グッ……こんのバケモンがぁぁぁぁ!」
ワナワナとジーラが肩を震わせたその時、遠くから大勢の悲鳴が聞こえた。
その異様な気配をヴァレリオは敏感に感じ取る。
「ん?」
周囲を見渡す。
どうやら悲鳴の原因はオーガと思われた。その辺りの空気がおかしい。
弥生が対峙しているオーガは至る所を切り刻まれ、既に動けない程やられている。
だというのに、そのオーガは先程より少し背が高くなっていた。
(いや違う。あれは……誰かが持ち上げてやがる)
さっき聞こえたのは遠巻きにそれを見ていた野次馬達のどよめきだった。
(今ここで戦えるとすれば蒼太かアークヴィラ様位の筈だが……)
だが蒼太は当然として、アークヴィラでさえそこまでの力は無いし、そもそも2人並んで蒼太の家の窓から首を傾げていた。
「アキさん、何かあの怪物、浮いてません?」
「本当だな。一体?」
最初にその正体に気付いたのはヴァレリオだった。
「なんだと……こんな所に……!」
オーガの超巨体を軽々とといった感じで2本の腕だけで持ち上げている。
シルエットではその程度しかわからなかったが、離れていてもその独特の気配でヴァレリオにはわかる。
周囲の景色が歪んで見える程の闘気!
それは遠く、戦いとは縁遠い蒼太でも肌で恐怖を感じ取れるほどの凄まじいものだった。
「な、なんか、恐ろしいものが……」
ヴァレリオの次にアークヴィラも気付いた。
「あれは!」
「ちょ、アキさん危ない!」
窓から身を乗り出し、蒼太に後ろから抱き付かれて制止される。
そのアークヴィラとオーガの足下の男の目が合った。
瞬間! 総毛立つ!
「ルーヴルドッ!!」
それはまさしくシェイドの王、ルーヴルドだった。
ヴァンパイアの一族を根絶やしにした男。当然アークヴィラの復讐の相手である。この男を殺す為に彼女達は遥々日本まできたのだ。
アークヴィラは牙を剥き出し、眉を吊り上げて睨み付けた!
だがルーヴルドは意に介さずといった感じでニヤリと笑う。
「クッフッフ。ハァァァァァ……ヴァンパイアがまぁだウロチョロしているとは、目障り目障り……」
見るだけで凍りつく程の殺気を放つ目、吊り上がった太い眉毛、どう鍛えればあれ程の筋肉になるのかという盛り上がった体中の筋肉。
その口元からはドライアイスでも入れているのかと思うほど、闘気が蒸気となって漏れ出ていた。
「あ、あれがルーヴルド……ア、アキさんの復讐の、相手……」
これだけ離れていても恐怖で体が竦む。蒼太はアークヴィラを精一杯抑えながらも頭から布団にくるまって隠れたい程だった。
だが蒼太は無意識にヴァンパイアの力を出した。ここでアークヴィラを戦わせてはならない、と彼の本能が告げていたからだ。
いつもなら顔を赤くして自分から触れる事など出来ないアークヴィラの体に力一杯抱き着き、
「行かないで! ダメです!」
「離せぇぇぇ!」
アークヴィラの髪は逆立ち、牙を剥き、目は血の色に染まる。
だが蒼太はその体が一瞬でぐっしょりと濡れた事に気付く。うなじを見ると汗が噴き出ていた。
(こ、こんなに強いアキさんでも、やっぱりあれは怖いんだ……)
そこに大きな声が下から聞こえてきた。
「蒼太、絶対に離すな!」
叫んだのはヴァレリオだった。ルーヴルドに注意を向けたヴァレリオを背後からジーラが殴る。だが後ろに目があるかの様にヒョイとそれを避けると、
「アークヴィラ様、私に!」
ヴァレリオがジーラの片腕をガッチリと掴み、身動き出来ない状態にしておいて叫ぶ。
アークヴィラはギリリリ……と歯を鳴らす。唇の端から一本の血が流れる。だがやがて意を決した様に絶叫した。
「いけ、ヴァレリオォォォォォォッ!」
すぐさまヴァレリオがそれに応える。ウンと頷き、ジーラを軽く投げ飛ばすと、
「ルーヴルドォォ!」
衝撃波でも発生しそうな程のスピードでオーガの足元へと向かう。勿論その視線はルーヴルドに向けられている。
ルーヴルドは巨大な怪物を担ぎながらチラリとそれを見て、軽く笑う。
「ヴァレリオか」
嬉しそうにそう漏らすと両太腿と両腕に力を込めた。と……次の瞬間!
ブンッッッ!
アークヴィラとヴァレリオの顔から血の気が引いた。
「な……」
「あいつ!」
ルーヴルドがオーガの巨体をアークヴィラ目掛けて力任せに投げ付けた!
その巨体は放物線を描き、アークヴィラの元へ、つまり蒼太と彼の家族が住む家へ
弥生が剣を戻し、またミサイルを装填する。
「これはヤバいです!」
ビシュビシュビシュビシュッッ!
ありったけのミサイルをオーガ目掛けて発射した。
一方のヴァレリオもこの状況に歯噛みしていた。
「クソッ!」
ルーヴルドを倒す絶好の機会だった。この男によってアークヴィラの父、ヴラド・ハーメルンが無抵抗で殺されたのかと思うと全身が怒りで震える。
だが、
「アークヴィラ様!」
彼女を助けないという選択肢は彼には無かった。
そしてそうなる筈とルーヴルドに読み尽くされていた。
アークヴィラの元へと向かったヴァレリオの背後からルーヴルドが拳を構え、飛んで来た。
「ダメだヴァレリオッ! 後ろだ!」
悲壮な声でアークヴィラが叫ぶ。
ヴァレリオがキッと後ろを睨む。
ドンッ!
鉄よりも硬いと言われるヴァレリオの筋肉の鎧を、ルーヴルドの拳がいとも簡単に背後から突き破った。
「分かっていたよなあ、こうなる事位……なんせ
「ルー……ヴルドォォォッッ!」
悔しさを滲ませ、目に怒気を含ませて睨む事しか出来なかった。ルーヴルドはそのヴァレリオに顔を突き付けて嘲笑うかの様に叫ぶ。
「お前、死なないんだろ。大人しくリタイヤしとけッ!」
「お前は絶対に、許さん!」
「ア―――ハッハッハッッ!」
ヴァレリオの言葉を掻き消すかの様な大声量。ルーヴルドが腕を引き抜くとポッカリと空いた腹の穴から血がドバッと噴き出た。
ルーヴルドが出てきた以上、このまま何もせずにやられると全員が危ない。ヴァレリオはそう考え、口から血を吐きながら体を回転させ、右の手刀でルーヴルドの喉を裂いた!
「グォッ、グヌゥ……」
何か喚くが喉をやられたルーヴルドの口からはまともに声が出なかった。
一方、「ヴァレリオッッ! クソッッッッ!」と歯軋りしたアークヴィラだったが、その前に飛来するオーガに対処しなければならず、ヴァレリオの状況にうっかり気を取られていた蒼太からスルリと離れると部屋から飛び出した。
「しまった、アキさん!」
部屋の窓から落ちてくるオーガへと大ジャンプ、真紅の瞳を輝かせその大きな顎を蹴り上げた!
ガゴンッ!
オーガの骨が砕けた音が響く。だがオーガは反射的に腕を伸ばし、手のひらを広げてアークヴィラを、掴んだ。
「なっ……!」
アークヴィラがまさかという顔をする。
「アキさん!」
蒼太が思わず身を乗り出し、窓の縁に足を掛けた。
「来るなソータ!」
蒼太の身を案じたアークヴィラが叫ぶ。
ジェットを噴射し、弥生がオーガの息の根を止めるべく、追い掛ける。
だがオーガの巨体が蒼太の家に激突する方が早い。
「激突します、アークヴィラ様!」
アークヴィラが捕まった為ミサイルは撃てず、剣を装備しジェットを最大出力にするが間に合わない。
「アァァァァキさぁぁぁんっ!」
ガンッ!
蒼太が全力で飛び出し、オーガへ頭突き! 空中、しかも瀕死状態だった為モロに食らったオーガが失速、思わずアークヴィラを離す。
「アキさん!」
頭突きの衝撃で気が遠くなりそうになりながらも空中でアークヴィラを抱きしめた。
「蒼太、出て来るなと言ったのに」
アークヴィラの方も両手に力を込め、蒼太に身を寄せた。
そのままカッコ良く地面に着地、と行きたい所だったが案の定、背中からドンッと無様に落ちてしまう。
痛がる間も無く、真上から降ってくる巨体がその目に映る。
「オ、オーガッ! う、うわああぁぁぁ!」
オーガは明らかに気を失っており、ダラリと蒼太達の上に降ってきた!
だがすんでの所で。
バシュッ。
肉が切り裂かれる音がし、オーガの首と胴が離れ、それと同時にその巨体が黒いガスのようなものになって消えていくのが見えた。
「ふう~、間一髪。有難う御座います、ソータ様!」
弥生の笑みを見て、蒼太は安心して気を失った。
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