29.叡智の結集、弥生・ラクロワと万能ヴァレリオ・ルーカス
成人男性の胴回り程も有りそうなジーラの腕が唸りを上げてヴァレリオを襲う。
それを内側から外へひねる様に左腕を突き出して軌道を逸らし、防ぐ。と同時に目の覚める様な早さの突きを繰り出した。
モロにそれを食らったジーラだったがすぐに体勢を立て直し、雄叫びを上げながら突っ込んでパンチのラッシュをかけた。
それらを冷静に手のひらでキャッチする様に捌く。焦れたジーラの突然の左の回し蹴りがヴァレリオの体を薙ぎ払う様に引き裂いた!
だがもうヴァレリオはそこに居ない。
どう鍛えればあれだけのスピードで動けるというのか。
ところがジーラもそのヴァレリオに引けを取らない動きで追従、再び肉弾戦を展開する。
一方の弥生。
こちらは高速で飛び回り、ヒットアンドアウェイ戦法でオーガの体を長い剣で見事に削っている。
「ちょっ……蒼ちゃん! 弥生さん、凄すぎない?」
いつの間にか窓に張り付いていた凛子が大きな声を上げる。
「うん。凄い。今のこの世にあんなロボットがあるなんて信じられない」
蒼太と凛子の会話を聞いたアークヴィラが嬉しそうにフフンと笑い、蒼太と凛子の肩を抱く。
「凄いだろう。ロシアのヒューマノイド研究をベースに今の形になるまで4年掛かったからな。だがまだまだ改良するぞ」
「あの長い剣は体の何処にあったんですか?」
アークヴィラは良くぞ聞いてくれたと言わんばかりに口元に笑みを浮かべ、蒼太の頭と顎を鷲掴みにして顔を近付けた。
「あれも苦労の結晶だ。特殊配合のタングステン合金によって重さを抑え、硬度を上げ、普段はヤヨイの体の至る所にバラバラに、百以上に分割されて埋め込まれている」
「そ、そうですか。それが何故剣に……」
「グッフッフッフ。専用のシーケンサーが全パーツに埋め込まれているのだ。各部位は体から射出されると同時に近いもの同士が磁力で接続、ヤヨイがコントロールする事で順番に並び、またパーツ同士を接続、を瞬時にやってのけている」
「う、うおおお……でも瞬時にって言ってもそんな重そうなもの、すぐ落ちるのでは?」
「上に向かってパーツを射出する事で重力を軽減しているんだ。最後に柄の部分から伸びる骨格をヤヨイが全パーツに突き刺せば剣の完成だ。何でも切れるぞ。凄いだろう、なあソータ」
「す、凄いぃぃ! 凄いですぅぅ!」
アークヴィラの勢いに呑まれる蒼太だったが彼もそういう子供心溢れる『格好良い』話は嫌いではない。目の色を変えて聞き入った。
「蒼太と
「全くだ。嫁に来ないかな」
「どっちかってーと蒼ちゃんがいく気がするんだけど」
先程までの逼迫した焦りは何処へやら、家族達はヴァレリオと弥生の戦う姿、その圧倒的な強さを目の当たりにして驚きつつも安心し、平常心を取り戻した。
滅多に見ない、蒼太の嬉しそうな顔を見て後ろで目を細める。
「残り少ない命、幸せに生きてね、蒼太」
母親、紗季の目からポロリと涙が溢れた。
一方の蒼太はアークヴィラとの話に夢中になっていた。
「あの、弥生さんの凄いコミュニケーション能力って当然AIですよね?」
「そうだ。言語構文解析、感情表現、蓄積、思考、検索など世界中に分散される『ヤヨイネットワーク』で超高速処理される」
「おおお、クラウドAIですね!」
「お。話がわかるなソータ。そうだ。人間との会話など多少ラグがあっても死活問題にはならんからな」
「ラグ……なんて感じた事有りませんけど……はは……凄いな」
「だが行動を司る
「はぁ……成る程」
漠然と蒼太が思っていた数百倍は凄い事がわかった。だがこれでも弥生に施された技術の全体像から言えばほんの少しなんだろうと想像出来た。
「そういえば……こんな時に何なんですがひとつ分からない事が」
「どした?」
「アキさんってカメラに映らないんですよね。今は僕もですし、怪物やシェイドも」
「お、良い所に気付いたな」
もうアークヴィラは蒼太の聞きたい事が分かったらしい。
何故ならばそれは
「弥生さんは一体どうやってアキさんやあの怪物を
ヒューマノイドと呼ばれているとはいえ、基本的にはやはり機械である。人間の目の代わりはカメラになる筈で、それに映らないものをどうやって視認しているか? という事が不思議でならなかったのだ。
「フッフッフ。面白い。お前は実に話がわかる。特別に教えてやろう。結論から言うと
「えええ!? でも視線、合いますけど……」
「そうだ。逆に凄いだろう? まず最初に研究所でヴァンパイアを生物学的に徹底的に検査したのだ。あたし達は本来この地球上の種ではないからな。ロシア人達は喜んでやってくれたよ」
「それはそうでしょうね」
「だが彼らでもあたし達がカメラに映らない理由はわからなかった。だがあたしにはわかる。理由は至極単純であたし達に宿る魔力、彼らはそれを謎の力と称したが、それによる。魔力はあたし達を守る物。カメラ等の記録が残ってしまうものから無意識にあたし達を守っているんだ」
「はあ……でもだとすると一体弥生さんは何で僕達を判別してるんでしょう?」
「
「画像以外の……体温とか?」
するとアークヴィラは大きく目を開けて嬉しそうに驚いた。
「ビンゴだソータ。但しそれだけだと精々輪郭がわかる程度だ。あたし達は普通のカメラには映らないがゴーストではなく実際に実体があるだろ。これに対して色々実験をした結果、近赤外線を当てると極僅かに反射される事が分かった」
「近赤外線、というとリモコンとかに使われてるやつですか?」
「そうだ。ヤヨイがあたしを見る時、その反射を細かく拾い、温度センサーと組み合わせて映像を作り上げている。あくまで外傷がないか、普段と変わらないか程度しか分からん筈だが」
「成る程……あ、でも弥生さん、この前、しつこいくらいに『アークヴィラ様は美しい』って連呼してましたよ。しっかり見えているんじゃ」
「いや、それはそう刷り込ませたんだ。知識として。アッハッハ。まあジョークラーニングだよ」
「おおお……そうなんですね……でもまあアキさんは本当に綺麗だから……あ、いや」
「ん? んん? 何かなあ?」
意地の悪い、探る様な目付きで蒼太の顔を覗き込む。自分の言った事が面と向かって言うには恥ずかし過ぎて急いで横を向いた。
「まあ、そういう訳でヤヨイが怪物やシェイド達を判別しているのも近いやり方だ。だからちょっと距離を取られたり隠れられたりするとレーダー頼みになり、逃してしまいやすくなる」
「あ――、成る程」
「シェイド共は他の種族に擬態している間はカメラに映るみたいだ。理屈はわからんがきっと守る魔力が擬態の邪魔になるんだろうと推測している」
窓べりに肘を置き、空中で飛び回る弥生を苦労して産んだ我が子を見つめる様な目で追う。
「ヤヨイは人間達の最先端技術の更に5年先を行っている。演算装置は99パーセントが特注品だ。それだけに高価過ぎてそのままロシアが軍事活用するのは難しいが、参考にはされるだろうな。結果どうなろうがあたしの知った事ではないが」
弥生レベルの個体が量産され、軍事利用されるとなると想像するだけで恐ろしい。
だが今はそれどころではなかった。
ドンッ!
凄まじい衝撃音がした。急に現実に引き戻され、視線を地上へ移す。
見るとジーラの巨体が頭から地面にめり込んでいる。
「ヴァレリオさんも……すっご」
「奴はヒューマノイドではないが、戦う力においてはヤヨイにヒケは取らない、というか遥かに強い」
だがジーラの動きも止まらない。
頭部を引き抜くとすぐさま巨体を揺らし、蹴りを見舞う。
「ヴァレリオさんて確か……」
「奴は、
昨日もそれを聞いたが何となくそこを深掘りするのが憚られる雰囲気だった為スルーしたのだが、実は蒼太には興味津々のワードだった。
「神と人間のハーフ、なんだってさ。全てを見通す目と鉄よりも硬い体を持ち、全言語を操り、動物とさえコミュニケーションが取れる」
「動物とっ!」
情報の中に驚く事が多過ぎて結局最後の意外な単語に引っ張られてしまった。
「更にヴァンパイアを上回る治癒力を持つ。あいつが言うには本来の自分には寿命は無いんだと。それでもこの星では自分の力は半分以下に削がれているというのは知識として知っている、と言っていた。特に全てを見通す目の能力についてはかなり落ちていると」
「で、でもその万能っぷりで半分以下ですか」
「ああ。ヴァレリオは生物としての次元が違う。戦闘でいうと近代の人間の文化ではコマンドーサンボやボクシング、カラテなど個人の格闘術が発達しているが、どの武術も少し見れば真理を見抜いて極めてしまうらしい。あたしもあいつに色々闘術を教えてもらった」
再びヴァレリオを見ると息も切らさずにジーラの攻撃を捌いているのが見えた。
アークヴィラの説明を聞いてからそれを見ると確かに大人と子供ほどの差がある様に思えた。
「ヴァレリオさんは一体何の為に現れたんですか?」
「そこが不思議な所なんだ。あれだけの強さを持っているというのに……奴はヴァンパイアの王に仕える為にこの地に現れた、と言っている」
「仕える為に……」
「うん。言葉通り、現れてからずっとパパに仕え続けて、今はあたしに尽くしてくれている。何の見返りもなしに」
「はぁ……」
「ま、ヴァンパイアもフッと現れた。どこかの神の悪戯なんだろうとあいつもあたしも思ってるよ」
話のスケールが大き過ぎて咀嚼出来たかよく分からなかったが、蒼太は「とにかくファンタジーの話なんだな」と考える事にした。
アークヴィラはヴァレリオの戦いを再び見下ろし、
「昨日の奴、ロムウというんだが……シェイドの幹部連中でさえヴァレリオとだけは闘いたくはないらしい。奴らに強さ以外の取り柄など無いというのにな。クックック」
ニヤリと悪い笑みを浮かべた。
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