27.オーガ出現

 翌朝。



「蒼ちゃん大変! 起きて!」


 またもや妹の凛子の悲鳴で跳ね起きた。


「ううはいはい……うあっつつ……」


(何だろ、昨日ガラにも無く闘いなんてしたからかな)


(でも怪我なんてとっくに治癒してるのに)


 頭に鋭く激しい痛みが走っている。


(一度、弥生さんに診てもらった方がいいのかな)


 そんな事を思いながらのそりとベッドから起き出した。


 ズズーン……


 遠くで大きな音が聞こえる。


 暫くしてガラスがビリビリと震え、心なしか家が揺れた気がした。


「蒼ちゃん!」


 勢いよくドアを開け、明らかに慌てて飛び込んで来た。


「あっつつ……あんまり大きな声は……」

「蒼ちゃん!」

「うが!」


 頭を押さえて飛び跳ねる。


「ど、どうしたの、また怪物でも出た?」

「そうだよ!」


 ズズーン……ズズーン……


 心なしか音と振動が大きくなってきた、と思った。


「何だろ。工事かな」

「バカ! バカバカバカ!」


 泣きそうになりながら半分布団にくるまっている蒼太を布団の上からバチバチと叩いた。


「ごめんごめん。ど、どこに出たの?」

「ここだよ! バカァ!」

「え? ここ?」


 ズズズーンッッッ!


 ハッとして窓にかぶり付く。



 遠くの方にビルの3階程の背の高さの、鬼の様な生き物が見えた。


「なななななんだあれ……」

「ヤバいよ蒼ちゃん、あれ、こっち向かって来てるよ!」

「えええ!?」


 あれはシェイドでは無い。

 シェイドにあんな化け物みたいな奴はいない。昨日、話していてそれは分かった。


 大型ではあるが、シェイドも生物なのだ。

 だがあそこに見える鬼は生きている感じはしなかった。


(どこかファンタジーな……)


(そうだ。オーガ、あれはオーガだ!)


 急いで階段を降り、まずは落ち着きがてら頭痛薬を飲み、コーヒーを入れて炬燵に入った。


「フゥ」

「フゥじゃな―――い!」

「そうだ。落ち着いてる場合じゃない」


 その時、意味もなく右往左往する蒼太の電話が鳴る。


 知らない番号だが状況が状況だ。


 ポンっと通話ボタンを押した。


『ヤッホー! ソータ!』


 とても夜の眷属という冠が付くヴァンパイアとは思えない、朝から元気なアークヴィラの声だった。


「あ、おはようございます、アキさん」

『おう。しかし大変だなこの町も』

「ほんとですよ。凄いのがこっちにきてるんです」

『安心しろ、ソータ』


 その声で頭痛が吹き飛ぶ。

 このタイミングで電話を掛けてきてそう言うという事は、


(アキさんが来てくれる)


 そう期待を膨らませるのも当然だった。だがアークヴィラは機嫌の良い声で言い放つ。


『ヴァレリオを向かわせた』

「……」


 二の句がつけず、再びズキズキと芯からの痛みが出始めた。



 一方当のヴァレリオは、その時丁度、蒼太の家の前に着いていた。


「チッ。面倒なとこに来やがって」


 バイクを降り、オーガを睨む。


「それとも想定通りか? ま、すぐにわかる」


 捨て台詞を吐いて蒼太の家の玄関の扉を無造作に開ける。


「ん?」


 そこには既に避難準備を終えて靴を履いている蒼太達がいた。


「あ、おはようございます。ヴァレリオさん」

「んあ? ああ。……こんな時にどうした、どこかに行くのか?」

「え? あ、はい。避難場所に行こうかと」

「避難?」


 蒼太の顔を何とも言えない無表情さで見つめる。母の紗季がそれを混乱していると勘違いしたのか、


アークヴィラあの子のお友達ね? 今、ここは危ないの。一緒に逃げよう。日本はこういう時、逃げる先が決まってんの。一緒においで!」

「……」


 そう話している間にもズズーンという音は近くなっていた。


「かなり近くなって来たな」


 ヴァレリオが耳を澄ませる。

 その整った横顔を見上げながら凛子が蒼太に耳打ちした。


(ちょちょっと、蒼ちゃん、この超絶イケメン外国人さんは誰?)

(ヴァレリオさん。アキさんの執事の人なんだ)


「ヴァレリオ……」


 口の中で小さく言った凛子の頰がポッと赤く染まる。その目は恋に落ちた乙女のそれに変わり、ヴァレリオを追っていた。


 ズ、ズーン!


「マズい、もう来た!」

「紗季、蒼太、凛子……君も行くぞ!」

「いやダメだ。出るな」


 父の涼太が荷物を担いで出ようとする所をヴァレリオが片手で制した。


「もう遅い。今から出る方が危ない。大丈夫だ、最悪ここまで来てしまったら俺が何とかする。取り敢えず状況を把握する為、皆でこいつの部屋に行こう」


 蒼太の顔を指し、冷静にそう言った。



 蒼太の部屋 ―――


 2階の窓からは辺りを薙ぎ倒し、暴れまくる怪物の姿がはっきりと見える。


「げ。もうあと百メートル位まで来てるんじゃない?」


 凛子が怯え、蒼太の腕を掴む。確かにそれ位の距離まで近付いていた。

 辺りはパトカーのサイレンの音がけたたましく鳴り、拳銃の発砲音も響き渡る。


 それらを全く意に介さず、オーガの様なそれは周囲を破壊して歩く。


 ヴァレリオも窓から付近を見渡す。だが彼は怪物だけを見ていた訳では無かった。


(弥生はどこにいる?)


 どこかで落ち合う算段だったのか、弥生・ラクロワを探していた。


(あいつは気配が無いから身を潜められると探すのに苦労する……むっ!)


 ヴァレリオの目がそれを捉えた。弥生では無い。


(見つけた。奴はジーラ!)


 シェイド幹部の1人、ジーラ。


 白髪の女性で背丈はヴァレリオとほぼ同じ、筋力はむしろ彼よりも少し膨らんで見え、肉弾勝負ならいい勝負をしそうな、見事にビルドアップされた体付きをしていた。


(物陰に隠れて何か見てやがるな。当然視線の先は……)


 ガンッ! ズガンッッ!


 ジーラの視線は巨大な怪物に向けられていた。


(やはりな。後はが奴らの仲間で無い事を祈るばかりだが)


 最後にもう一度、暴れまくる怪物、オーガに目を向けた。

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