24.アークヴィラの故郷で起こった出来事
再び辺りは静かな夜の風景となった。
所々に闘いの跡を示す様に穴が空いたり、遊歩道のレンガが崩れたりはしていたが。
残った2人、アークヴィラと蒼太はベンチに戻り、並んで腰掛けるとふぅと一息ついた。
無我夢中で闘った蒼太であったが、所々ロムウとアークヴィラの声も聞こえていた。
あのシェイドは、
『結局、女王になったのか』
『ハーメルンの娘よ……』
などと言っていた。
恐らくはお互いを知っている、と思われた。シェイドは一族の宿敵、と言い切ったからには何かあったんだろうと推測出来た。
そんな事を思っているとアークヴィラが優しく声を掛けてきた。
「派手にやられてた様だけど怪我はないか?」
そういえば人間であれば2度と立てない程殴られた筈だった。
自分の顔や体を確認し、
「そうです、ね。所々痛みは残ってますけど……」
「そうか。良かった」
「信じられない。凄いですね、ヴァンパイアって」
「アッハッハ。まあ地上の最強種だからな」
地球の覇者は人間、誰もがそう思っている。
だがこのヴァンパイアという種はどうだ。
これ程の強靭な肉体の上に不死身性を持ち、アークヴィラの様に頭も良いとなれば、何故ヴァンパイアが覇者にならなかったのかが不思議でならない。
そんな蒼太の疑問を感じ取ったのか、アークヴィラはニコリと笑い掛け、
「今やお前もあたしと同じヴァンパイアだ。少し我が一族の話をしてやろう」
そんな事を言い出した。
―――
1万年程前。
現在のルーマニア、クルジュ=ナポカという土地に、突如としてヴァンパイアは現れた。
そこに導いたのはメルティと名乗る神だったという。
アークヴィラの父、ヴラドを始めとしたヴァンパイアにメルティはこう言った。
『私は「生滅神」メルティ。お前達はここではない、遠くの星で絶滅する寸前だった。この星、地球は今までお前達がいた星と非常に環境が近く、住みやすい筈だ。ここで余生を暮らすがいい』
ヴァンパイアは喜び、メルティに感謝をした。確かに少し前、大空にドンドンと大きくなる発光体(途轍もないサイズの隕石であった)を見て死を覚悟していた所だった。
当時のクルジュ=ナポカに広がる広大な森は、魔力を多分に持っていた。
彼らと同じ様に居城も現れた。
当然の事ながらそれは当時の人間の技術力で作れる様な建造物ではなく、現在まで衰えず伝わっている豪華絢爛なものであったが森が外界と城を隔離させていた。
ヴァンパイアの王はアークヴィラの父でもあるヴラド・ハーメルン。彼が率いる総勢163名は、莫大な黄金を持って彼らと同時に現れた城で暮らし始めた。
森の外では小さな村落がいくつかあり、数百の人間が生活していた。ヴァンパイアは時折彼らから吸血するものの決して命は取らず、むしろ対価として食糧を与え、人間とは比較的平和に共存していた。その為彼らからは神の如く崇められていた。
人間の十数倍の筋力と不死身といえる治癒力を持つ。
生物から吸血する事で更にその力は飛躍的に高まる。
不老でもあり寿命は優に一万年を超える。
魔力の塊でもある彼らの命の火が消えた後は、死体は残らず紫色のガスになって消える。
それが彼らヴァンパイアという生物だった。
彼らは生き物の血を吸うが、生きる為の栄養は人類と同じく食事から摂っていた。
吸血は彼らの魔力を維持、高めるために行われる。従って対象は魔力が高いものの方が効果が高いが当然同じ吸血鬼から吸血する事はあまりない。
クルジュ=ナポカの森と護星(月)の光と人間の血は彼らの魔力を途轍もなく強大なものにした。
だが彼らには生物として致命的な弱点があった。
昼間の活動が出来ないのだ。
ヴァンパイアは天星(太陽)の光を浴びると死滅してしまう。
圧倒的な力を持ちながら地球の覇者になれなかったのは夜しか行動できないというその呪いにも似た凶悪な行動制限に加えてもうひとつ、繁殖力が他の生物に比べて極端に低いという、種としての弱さが原因だった。
同一の異性と交わっても殆ど子供は出来ず、2人以上産まれる事は稀だった。
その問題を解決する為に考え出されたのが人間と交わるという事だった。今から千年ほど前からその試みがなされた。
その辺りからヴァンパイアの力が徐々に失われ始めた。
更に地上での人間の数が急速に増え、文明が加速度的に進歩してくる。
やがてクルジュ=ナポカの森も切り拓かれ始め、少しずつその魔力を失って行き、それに伴いヴァンパイアが持つ魔力もまた弱まっていった。
寿命はおよそ1万数千年とされるヴァンパイアだったが必然的に人間とのハーフも多くなった。
アークヴィラもその内の1人だった。
ハーフのヴァンパイアは陽の光を浴びると死ぬという彼ら最大の欠点が消えていた。
アークヴィラはヴラド王の娘で王の血筋にあたる。
彼女が産まれる前にはヴァンパイアの力の弱体化は既に問題視されており、せめて人間との交配だけでも止めるべきという声が日に日に大きくなっている頃だった。
事実、ヴァンパイアと人間のハーフはアークヴィラ以降、産まれてはいない。
だが彼女の父ヴラド・ハーメルンはそれらの声をやんわりと否定した。個体の強さと種の強さは相反すると説明し、繁殖力の強い人間とは積極的に交わるべきとした。
つまりこの星で生きていく為に個の強さは諦め、種として存続すべきと唱えたのだ。
その後、ヴラドは王の血筋として初めて人間と交わりを持つ。
日本人、お
程なくお鞠はアークヴィラを産む。
だがヴァンパイア純血の姉と兄が1人ずついた為、次はいずれか優れている方が王になるだろうとされていた。
実はこれがお鞠にとってもアークヴィラにとっても幸いし、結果的に彼女は兄、姉と衝突する事なく、むしろ可愛がられ、自由気ままに生きる事が出来た。
アークヴィラはお鞠が40歳半ばで肺の病気で亡くなると
人間の社会を見て周り、急速にそして異常に発展していく人間界に興味を持つ。
この数年は定期的にロシアのヒューマノイド研究所と連絡を取り、何度も足を運んで弥生・ラクロワの開発とバージョンアップに取り組んでいた。
弥生というのは母お鞠の更に母、つまりアークヴィラの祖母の名前からとったもので、ラクロワは研究所の名前から名付けられた。
一方でヴァンパイアと同じ様な運命を辿る、もうひとつの種族がいた。
それがシェイドである。
ヴァンパイアとほぼ同じ一万年程前、同じ様に『生滅神』メルティの手により、滅亡寸前の所を転移によって助けられたという事だった。
ヴァンパイアに発見された時、彼らは所謂『地底人』だった。
とはいえ地下奥深くで生活していた訳ではなく、山をくり抜き、住居を作り、陽の光を避けて暮らしていた。
ヴァンパイア程、陽の光に致命的に弱い訳ではないが、その力はやはり弱まる様だった。
大型で好戦的な種族であり、知能はヴァンパイアとは比ぶべくもなかったが、彼らだけの特殊な能力として、人間やヴァンパイアなど、人型の生物に擬態する事が出来た。
また、ヴァンパイアに近い筋力と治癒力を持ち、指先から人間の血を奪い取る事も出来た。極限まで奪い取られた人間は干からびてしまう。
ヴァンパイアが吸血時に魔力を込めた体液を送り込む事によって真祖ではない吸血鬼を作るのと同じように、シェイドもしもべと言えるルノシェイドを作る事が出来た。
何故かこの2つの種族は強烈に憎み合った。
地球における自然の摂理に削ぐわない彼らの存在は、彼らを救った神メルティにより、まるでここで争う様にお膳立てされた様に激しく対立した。
大局的には個体の強さに勝るヴァンパイアがやや優勢のまま、時は流れる。
シェイドの王はその強さで決まる。
数千年前、突然変異とも呼べる程の強い個体が生まれた。
ルーヴルド・サヴァント。
悪魔とも呼べる程の強さを持ち、常に闘気をその身に纏い、その性格は残忍なシェイドの中でも抜きん出て凶暴凶悪。
それまでシェイドの中では圧倒的な強さを持っていたジーラ、ロムウ、リー、ダーヴィットの4体により合議制だったシェイドをあっという間に力でまとめ、王に君臨する。
王がルーヴルドに変わってからのシェイドは積極的にヴァンパイアに攻撃を仕掛けた。
ルーヴルドの残虐性は冷酷なヴァンパイアからしても震え上がる程のもので、丸裸にされ、生きながら串刺しにされた者や、四肢を切断され死ぬまで少しずつカラスの餌にされた者など、非道な仕打ちを受ける者が後を絶たなかった。
その為にヴァンパイア側の怒りが更にシェイドに向けられ、また報復され、を繰り返し、戦いは膠着する。
ヴァンパイアからするとシェイドは憎むべき相手であり吸血して体内に一部を取り込むことなどは考えられない事だった。
それはシェイドにしても同様で彼らも決してヴァンパイアから吸血しようとはしなかった。
ルーヴルドが現れた数百年後、両種族の戦いにターニングポイントとなる生物がクルジュ=ナポカに現れた。
ヴァレリオ・ルーカスである。
これまでの記憶が殆ど無く、
その圧倒的な武力は並のシェイドでは全く歯が立たず、ヴァレリオが現れるとルーヴルドが、ルーヴルドが現れるとヴァレリオが、互いを止める為に現れ、闘っていた。
長年の争いでただでさえ少ない両種族の個体数は更に減り、百年前の時点でシェイド、ヴァンパイア共に十数人にまで減っていた。
そして今から1年ほど前。
シェイドの姿が忽然と消えた。
それまであった些細な衝突がなくなり、その姿を見る事はついぞなかった。
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