23.それが俺の仕事だ
「グハッ」
一瞬仰反るロムウだったが次の瞬間、姿を消す。
いや、アークヴィラの背後だ。分身でも出来るのかと言う程のスピード。
ピュンッ!
タメも掛け声も無い、殺す目的のみの一撃。
アークヴィラの首に1本の剣が水平に薙ぎ払われた。
それをどう察知したのか、上半身の動きだけでスッと避け、右脚を後ろへ突き出しロムウの腹部へと食らわせた。
腰まである銀髪の毛先を見て、眉をキリリと上げる。
「テメー、あたしの髪、ちょっと斬りやがったな?」
蹴られたロムウは2、3歩蹌踉めいただけで特に効いた素振りは見せなかった。フン、と鼻を鳴らし、
「流石だ女王。体術も一流だ。だがまあ……その程度じゃあ俺の勝ち、かな」
剣を体の前でカシャンカシャンと鳴らしたと思った次の瞬間、アークヴィラの顔面に突きが飛んで来た!
「クッ!」
顔を横に滑らせ間一髪、その一撃は避けたものの左頰の表面に切り込みが入り、左耳が半分に裂け、赤い血が飛び散った。
「おおう、クサレヴァンパイアの割には血が美しい。もっと見せてくれ!」
興奮したロムウが更に2本の剣を縦横に振り回す。
だがアークヴィラは慌てずそれらをしっかりと避け、手のひらで捌き、時折蹴りを見舞う。
「ヴラドの娘よ。えらくあの吸血鬼を気にしている様だな。奴は真祖ではない、つまりお前らの一族でもなかろうに」
アークヴィラは先程からロムウの攻撃を捌きながら蒼太の戦局を気にしていた。なんと言っても彼が闘争とは程遠い性格をしているのは明らかだ。
馬乗りになってやられている蒼太を気遣っていたため、ロムウに集中出来ていないのは明らかだった。
だがアークヴィラが手助けせずとも彼はついにルノシェイドの攻撃を避け始めた。
「いいぞソータ! そいつはルノシェイドの皮を被った倒すべき過去だ。お前が乗り越えるべき、忌々しい過去だ!」
剣撃を避けながら声を掛ける。彼女の見る所、彼はまだ力を出し切っていない。
「力を解放しろ! お前はまだヴァンパイアの力をひとつも出しちゃいない!」
一際大きくそう叫ぶ。
同時に目の前のロムウが「とった!」と短く叫ぶ!
ロムウの2本の剣が首筋と腰の辺りを狙い、凄まじい速さで水平に薙ぎ払われた。
後ろに避けるより無いが、姿勢が前傾だった為、一瞬遅れた。
(上下、どっちを斬られてもまずい)
瞬時にそう判断したアークヴィラはむしろ前方にジャンプし、体が剣と剣の間を通る様、横になってクルクルと高速に回転、着地と同時に剣を振り終わって両手が開ききったロムウの体の正中線をほんの一息で5箇所、突いた。
「ぐ、ぐぅ……」
これにはさしものロムウも面食らう。
すぐさま蒼太を見るとついにあの巨体をひっくり返していた!
「ソータ……よくやった!」
「チッ。舐めやがって……斬る!」
一瞬蹌踉めいたロムウだったがすぐさま体勢を整え、またもや剣を突き出し、強く踏み込んで飛び込んで来た。
「ソータ! そいつを上に投げろ!」
寝転がる様に地面を背にし、ロムウの攻撃を避けながら叫ぶ。
蒼太は牙を剥き出し、その声に反射的に従う。万力の様な力を出し、澤井であったルノシェイドを数メートル、宙に投げた。
アークヴィラは「オ……ラァ!」と声を出しながら飛び掛かってきたロムウの力を利用し、後ろへと高く蹴り飛ばす!
ロムウの苦々しげな顔が地面のアークヴィラのニヤリと笑う顔を捉える。
その表情を見て攻撃を避けられたロムウに違和感が走る。
「何?」
一瞬の疑問、そしてゼロコンマ数秒後のザクッ、と言う音と手応え。
それはルノシェイドとなり、蒼太に空中に放り投げられた澤井だった。空中で避ける事も出来ずにロムウの2本の剣に串刺しになってしまった。
「チッ! クソッタレがっ!」
ロムウは怒りに任せ、澤井を空中で斬り刻む!
蒼太が我に返るとその肉片がボトボトと落ちて来た。
だがいずれもが、地面に到達する前に煙の様になって消えてしまった。
(こ、これは……最初にコンビニであった怪物達と同じ、消え方!)
「やるなぁクソッタレ女王。ちょっと舐めてたよ」
ドシンと膝立ちで着地したロムウが苦々しげに言う。
「全力出した方がいいぞ? あたしを舐めるなんざ百万年早い」
「言ってくれるな、たかだか二百歳程のメスガキが」
苛ついた様子で立ち上がるロムウとアークヴィラの間に蒼太が挟まってしまった。
(ちょっと、とても嫌な位置なんだけど……)
「取り敢えず、この雑魚吸血鬼から
キラリと何かが光った、と思った次の瞬間、ロムウの剣が蒼太の目と鼻の先でピタリと止まった。
「ヒッ……ヒッ」
少し気が逸れていたせいもあるが、ヴァンパイアの目をもってしても、殆どその軌跡が見えなかった。
腰が抜けたのか、蒼太はその剣を凝視しながらペタンと尻餅をついた。
「チッ。あ――クソッタレ!」
苦々しげな、諦めにも似たそれはロムウの声だった。
2本の剣は蒼太がいた場所に向けて未だに差し出された状態で静止したままだ。その理由はすんでの所で指で摘んで止めた男がいたからだった。
「貴様ぁ、アークヴィラ様にこの剣を振り上げたな?」
男は長身で筋肉は隆々だが決して大男という訳では無い。
むしろ細身でバランスの取れたボディと超の付く美形、アークヴィラの危機にはどこにいても馳せ参じる執事、ヴァレリオだった。
「やっぱり出てきやがったか。クソ野郎が」
「当たり前だ。それが俺の仕事だからな」
さして力を込めた様に見えなかったが、ヴァレリオの指先を中心に、ごくあっさりとロムウの剣が砕け散った。
「やれやれ、面倒な奴が……潮時か」
1歩、2歩、とゆっくり後退ろうとするロムウに対し、ヴァレリオが同じだけ距離を詰める。
「逃す訳無かろう。観念しろ、ロムウ」
チッとまた舌打ちをし、まるでヴァレリオの言葉通り観念したかの様に剣をシュッと引っ込めた。
その次の瞬間!
ダダダッ!
突然、何の策も無しにロムウは背を向け、猛スピードで逃げた。
「ヴァレリオッッ! 絶対に逃すな!」
アークヴィラが叫んだ時にはもうヴァレリオは同じ程の速さで追い掛けた後だった。
後にはただ、静寂が残った。
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