20.僕の人生に一片の悔い無し

 蒼太なりに人生初のデートについてプランを考えていた。


 ただとても悩み、家族とも相談した。


 昼ならまだしも夜というのが、このどちらかといえば田舎町である緑中ヶ丘での街ブラを困難にしていた。何せ殆どの店は20時には閉まる。


 となると夜景、という事になるのだが、そもそもアークヴィラはこの町を一望出来る場所に住んでいる。あの大きな窓からの景色を越える景観の場所など誰も知らなかった。



「えと、じゃあまず夕食でも如何でしょうか」

「ん。食べたけどソータがまだならいいよ。付き合う」


(しししまった! 先に食べたかどうかを聞くのを忘れた!)


 こうなるともう、自分もいらない、とはならない。仕方無く、


「じゃ、じゃあすみません。え、駅前のお店に……」


 となってしまった。



 店で食事をしている間、アークヴィラは少し気が散っているかの様にチラチラと周りを気にしていた。


 つまらない印象を与えてはマズいととにかく早く食べてここを出ようと早食い大会の様に急ぐ。


 見かねたアークヴィラに「お前いっつもそんな食べ方なの? 体に悪いよ?」と労られる始末だった。


 続けて駅前のゲームセンターでプリクラを撮ろうとして彼女がカメラに映らない事を思い出した。


「すみません。アキさん、プリクラダメでしたね……ごめんなさい」

「あ、まあそうなんだけど……お前もだぞ」

「え? ……えええ!?」


 そう言われて愕然とした。

 だが確かにそうだ。アークヴィラもシェイドもカメラには映らないと言う。この前襲われたルノシェイドという奴もそうだ。

 であれば自分も写真に映る道理はなかった。


 気を取り直してUFOキャッチャーで小さな黒猫の景品を取って彼女に渡す。


「何だこれ。可愛すぎかよ。有難うな! ソータ」


 そこから更に先にポツリとある神社へ。御参りをして細い夜道を通ると公園に出る。

 その中央にある綺麗な池へと向かった。


 池の前にベンチがあり、そこにかけて池を見ると、月が池に反射し、とても綺麗な風景となる事で有名だった。


「おお。綺麗だな。日本人が好きそうだ」


(ヤバい、ここもダメか……)


 言葉からネガティブに連想する事が習慣になっている蒼太には「日本人が好きそうだ、あたしには合わないけど」と聞こえた。


 嫌な汗が出てきた。


 実はこの池がこのデートプランの肝だった。ここで機嫌良くなったアークヴィラと会話を弾ませ、次はお昼に都心の方に行ってみませんか、と繋ぐ作戦だった。


 だのに全く手応えがない。


 ベンチで長い脚を組み、ポケットに手を突っ込んで周りをチラチラと眺めている。蒼太が促すと時折チラリと池を見て「ほんとだ。綺麗だな」と言う程度だった。


 そもそも270年弱も生きているのだから世界中の色んなイケメン達と山程デートしている筈で、当然目も肥えているだろう、自分といても面白くないのだろう。


 そう思った。



 だがその類の言葉だけは絶対口にするな、と凛子からきつく言われていた。


『蒼ちゃんはすぐネガティブになるけど、「僕といてもつまらないでしょ」とか死んでも言っちゃダメだよ? 一応アキさんから誘ってくれてんだし。別に盛り上がってなくたって女の子は楽しいって思う事もあるんだし』


 とてもそんな風には見えないけど……とは思いつつ、それを守っていた蒼太に遂に女神が微笑んだ。


「なあソータ。肩にもたれていい?」

「は……」


 その時確実に心臓が「ドキン」とを出した。それはまるで蒼太の代わりに返事しているかの様だった。


(ここここ、これは……)


「ははは、ははい、勿論、ぼぼ僕の肩でよよよければばば……」

「プッ。何緊張してんの、今更。昨日、同じベッドで一緒に寝た仲じゃん?」

「ヒ―――ッ! ねねねね……いや、ヒ―――ッ!」


 蒼太は危うく気を失う寸前だった。


「クックック。ソータは面白いな」


 トン。


 肩にアークヴィラの頭がコツンと当たる。殆ど重さは感じない。蒼太が緊張し過ぎて感覚が変になっているのかもしれない。


 キツめの薔薇の匂いが彼の鼻腔に充満し、多幸感に包まれる。

 ここまでですでに生まれてきた事に感謝する程満足していた蒼太だったが、アークヴィラはまだ止まらなかった。


 ちょいちょい。


 蒼太の左手の裾を小さく引っ張る。


 驚いてアークヴィラの顔を見ると、肩に頭を少し乗せたまま、上目遣いでジッと蒼太を見つめていた。


(うわっ……あばばばばばばば)


 目を下に落とすと彼女の右手が蒼太の裾を引っ張っていた。


(こ、これ、ひょっとして……)


 恐る恐る左手を自分の太腿の上から離し、アークヴィラの右手の方へとやると何と彼女の方から指を絡めて握ってきた。


(ぎゃ―――どどどどどうしたら……こ、これがあの、恋人繋ぎというやつ……)


 嬉しさの余りどうしてよいか分からず、もう一度アークヴィラの顔を見た。


 そこには先程と変わらず美しく品のある大きな赤い瞳があり、心なしか潤みを帯びてジッと彼を見ていた。


(まだ見てる、まだ見てるよ、お母さん、凛子、弥生さん、この場合は一体どうしたら……)


 もはや心臓は彼の体から飛び出して勝手にダンスでも踊りそうな程だった。


「ソータ、今日は有難う」

「え!? い、いえ、ここここちらこそそ、何のおかまいも、出来ませんで……」

「いっぱい考えてくれたんだな」

「ははははい、それはもう、あ、いえ、別に」

「アハハ。隠さなくてもいいじゃん? ごめんな、ヤヨイが妙な事言ったから変に意識しちゃっただろ」

「いやぁはぁまぁ……何と言いますか、ハイ」

「ま、ソータはあんまり慣れてないだろうなとは思ってたからさ」

「う――……あ――……それははい、仰る通り……」

「あたしもだよ。実はデートなんて初めてだ」

「え……それは……そんな筈は」


 蒼太がそう言うとアークヴィラは頭の位置は変えずに少しだけ膨れた表情をした。


「こら、どういう意味だよ。あたしが遊び回ってるとでも?」

「いいいいえ、とんでもない。ただ、世界中の男性が放って置かないだろうなあと思いまして」

「あ――まあ、確かに声はよくかけられたなあ。ヴァンパイアだと知るとみんなビビってたけどな。イッヒッヒ」


 成る程、言われてみれば確かにそこは普通の人間なら怖がる部分なのかも知れない、と今更ながら思った。


「ま、あたしも全然興味なんて無かったんだけどな。アッハッハ」

「はあ……そうなんですね」


 肩に乗るアークヴィラの頭の部分の温度、握りしめる手の温度を強く感じた。


 この時点で蒼太の幸福度は最高潮に達しており、これ以上の何かを望む事など考えもしなかった。


「ねえソータ。池に映ってる月、綺麗だな」


 言われて池の方に顔を向けた。


 と、次の瞬間。


 チュッ。


「は……」


 小さく息を吐いた。

 その後、吸えなかった。


 彼の頬に柔らかい、途轍もなく柔らかいものが吸い付く様にくっつき、そして数ミリ程彼の頬を引っ張りながら、離れた。


 ビクンと蒼太の体が波打ち、座ったまま背筋がピンと伸びる。


「あ……か……こ……」


 声にならないとはこの事だった。


「お礼だソータ。とっといて」

「ア、アキさん……」


 ギ、ギ、ギと、ぎこちない動きでまたアークヴィラの顔の方へ向こうとした蒼太の顔をピシャリと彼女の手が叩き、顎を持って反対側へと捻じ曲げた。


「こっち、見んな」


 蒼太は今寿命が来ても、


(悔いは無い)


 そう思った。



 だが幸せはそこまでだった。

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