19.デートの準備なんてどうすれば

 時刻は約束の20時直前。



 朝からてんやわんやの1日だった。


 ニュースではフランスのエッフェル塔でまた怪物騒ぎがあり、10メートルはあろうかという鳥の怪物が現れたと騒いでいた。


 ファンタジーのモンスターになぞらえられたそれは『グリフォン』と形容されていた。


 フランス国軍に退治はされたが死体は無く、カメラに映らない為、何も無い場所がいきなり破壊される様な、今までと同じシーンが映し出されていた。


 日本、アメリカ、中国、そしてフランスと騒ぎが続き、ニュースの口調が世界的な異変として警戒が必要と取り沙汰される様になる。



 だが今日に限ってはそんなニュースは彼の頭には入らない。


 弥生が持って来たものは20セット程あり、それらを全て試着してから決めた。髪型も整えた。蒼太はほぼ着せ替え人形の様にされるがままだったのだが。


 結局、アウターは黒のチェスターコートに決め、その内側には白いニットを着、下はスキニーのパンツと革靴となった。


 髪はワックスで前髪を下ろして横に流す様にセットされる。


 自分ではもはや、格好いいのか悪いのか、似合っているのかどうなのかさっぱり分からない。


 弥生は「とても似合っています。格好いいですよ、ソータ様」と言って帰って行った。


 とにかく落ち着かず何度も歯磨きをし、立っては座り、座ってはシワがつくかもと立ち上がり、を繰り返していた。


 やがて帰宅した凛子と両親に仰天され、応援され、今に至る。


 昨日のアークヴィラの礼装の美しさはテレビなどで見る、どの国のロイヤルな女性と比べても劣らず美しいものだった。


 もし今日あれを超えた装いだった場合にどうすればよいか、蒼太はわからなかった。


 すると遂に、



 ピーンポーン。



 ついにそれが鳴る。


「はぃぃぃ!」


 心臓が跳ねて体から出て行ってしまいそうな程だった。


「頑張れ、蒼ちゃん!」

「蒼太、頑張りな! 今日は帰ってこなくても大丈夫だからね!」

「後で父さんに話聞かせろよ」


 既に革靴を履いて玄関で待っていた彼は家族の激励を受けて震えながらそれらに頷いた。


「あ、有難う。行って、来るよ!」


 恐る恐る扉を開けた。


 俯いて姿を出した彼にアークヴィラの元気な声が聞こえてきた。


「ヤッホー、ソー……」


 和かに手を振る彼女の表情が驚きのそれに代わり、ぴたりと手の動きが止まる。


「あ、あの、こんばん、わ」


 目線を徐々に上げていき、高鳴る鼓動を抑え、アークヴィラの姿を覗き見る。


 門の外で手を振るアークヴィラがいた。だがその装いは少しく思っていたのとは違った。


 ボリュームの小さな腰丈の黒いダウンコートとえんじ色のワイドパンツ、と普通のカジュアルな女子の格好だった。


 途端に蒼太の背筋に冷たいものが止めどなく溢れてくるのがわかった。


(まままま、待って待って、アキさん、普通の格好だよ)


(僕、こんな似合わないかっこまでして恥ずかしいなんてものじゃ……)


(待ってやばいやばいやばやばやば……)


(ほらアキさんもビックリしてるよ、あ――これ失敗した……死にたい……)


 呼吸が薄くなり、目線がまた足元へ落ちる。


 すると後ろから家族の小さな話し声が聞こえてきた。


「キャー! アキさん可愛すぎぃ!」

「うむ。だがうちの蒼太も負けてないぞ」

「お父さん、さすがにそれ言い過ぎ。でもお似合いだよ、蒼太、頑張って!」


(え? に、似合ってる?)


 弥生があれだけ熱心にコーディネートしてくれた為、てっきりアークヴィラは物凄い格好で現れると勝手に想像していたのだ。


 全てはこういった方面の蒼太の知識の無さから来るものであったが……普通に街プラデートというならドレスやそれ以上の礼装など、する筈が無かったのだ。


 その声にハッとした蒼太がもう一度アークヴィラを見た。


 もう彼女は驚いてはいなかった。


 ニコリと笑みを湛え、


「ソータ、めっちゃ格好いいじゃん。似合ってるよ!」


 その声にハッとし、そして安心し、泣きそうになる所をグッと耐えた。


「は……有難う、ございます」


 そう。むしろ蒼太のアークヴィラのコーディネートへの想像が頓珍漢だっただけで、今日の2人の装いは出来過ぎな程、お似合いだった。


 だが一瞬ホッと気を抜きかけた蒼太の背後から凛子の叱責の声が小さく聞こえてきた。


(こらバカ! 早く褒めて! 褒めて!)


 そういえば弥生からも言われていた。


(今夜アークヴィラ様と会われましたら、まず最初にお褒め下さい。話は全てそれからです)


「ア、アキさん。ととと、とっても、とっても可愛いです……」

「は?」


 昨日のドレスの様なものならともかく、この様な普通の格好で、何より蒼太のキャラクターから、そんな事を言われるとは思いもしなかったのだろう。


 彼女はまたも驚きの表情を浮かべ、少し俯き気味に目を逸らし、唇を噛んで、


「あ、おう。サンキュ」


 そう小さく呟いた。


 頬が少し紅潮したのを蒼太は見逃さなかった。


(オッケーオッケー! 蒼ちゃん、後は頑張れ!)


 凛子の声がとても心強かった。

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