18.人生初の誘い
蒼太は朝から落ち着かなかった。
信じられない事だが、昨日、自分は死んだ。
そして蘇った。
吸血鬼として。
だが蒼太がソワソワしているのはそんな理由からではなかった。
それは朝8時頃の事だった。
―――
突然彼のスマートフォンが鳴った。
画面に出ている番号は全く見た事もない電話番号だった。とはいえ、彼のスマートフォンの電話帳にはそもそも家族と会社の番号位しかなかったのだが。
恐る恐る出てみる。
「は、はい。どどど、どちら様で……」
彼は電話が苦手だった。動悸が激しくなる。ヴァンパイアになってもそれは変わらない様だ。
『おはよう御座います!』
「……!」
あまりの大きな声に鼓膜が破れたかと思った。
スマートフォンから聞こえてきたのは予想もしない快活な若い女性の声だった。経験上、このパターンは何らかの勧誘や営業の電話だ。
が、蒼太はその声に聞き覚えがあった。
「お、おはようございます。ひょっとして、その声……弥生さん、ですか?」
『正解です。ヤヨイです!』
「や、弥生さん……き、昨日は、どうも……どうして、僕の番号なんか」
『昨日、お身体を洗わせていただいた時にスマートフォンを見つけましたのでハックさせていただきました』
「ハックって」
蒼太が唖然としていると弥生の近くにいると思われる誰かと何語か分からない言葉で早口に話し合う声が聞こえてきた。
『ソータ様。ではアークヴィラ様に代わりますね。フフ』
「え、えぇ!?」
突然出て来たその名前に何故か胸が高鳴った。
それはいつもの不快な動悸とは全く違うもの、蒼太が今まで経験した事の無い、希望に満ちたものだった。
蒼太がまごまごしている間に、弥生ではない声が聞こえて来た。
『ヤッホー、ソータ!』
昨日も一昨日も会っている。
それどころか昨日は同じベッドで寝てさえいた。だというのに『電話』というツールが挟まる事で全く異なるときめきが彼を包む。
「アキさん、お、おはようございます」
『おはよう。体の調子はどうかね?』
おどけた調子で蒼太を気遣う言葉をかけた。
「は、はい。大丈夫です!」
『そうか。それは良かった』
「どどど、どうしたんですか、急に電話なんか……」
『今晩、空いているか?』
「は、はい?」
『よし。空いてるんだな。じゃあ準備しておけ』
「は? いえ……いや、空いてます、はい。えっと何を準備すれば……」
『ん。ちょっとこの町を案内してくれよ』
「は、はぁ……それは別に構いませんが……」
『勘がニブいですねえ、ソータ様』
突然、弥生の声が挟まった。
『デートですよ、デート! 御主人様とデート出来るなんて、狙撃したくなる位嫉妬しちゃいますよ?』
『あ! こら! ヤヨイ! お前勝手に何言ってん……』
『アークヴィラ様も自分で考えついておきながら照れて言い出さないんですから……もうおふたり共、とても可愛いです!』
「え……でででデート……」
そんな言葉を自分が聞くとはついぞ思わなかった。
『そ、そ―ゆ―事だから! あ、デートって意味じゃないぞ!? 20時位に迎えに行くから!』
「ははは、はいぃぃぃ!」
―――
そうして、今に至る。
自分が持っている服など大したものは無い。あれほど美しいアークヴィラに合うものなどある筈もない。
(そもそも中身の僕自身があの人に釣り合ってないんだから……どうしよう……凛子に聞いてみようかな……)
だが途轍もなく恥ずかしい。
どうしたものか、いや照れている場合では無い。こんな機会は彼の人生で2度と来ないかも知れない。ましてや余命1年なら尚更である。
そう思い、意を決してまだ学校にいる妹にチャットで連絡を……と思ったそのタイミングでまた弥生の番号から電話がかかってきた。
(なんだろう、やっぱり揶揄われただけとか……?)
そんなネガティブな事を考えながら電話に出た。
「は、はい」
『ソータ様。アークヴィラ様が比類なきお美しさを持つ方だという事は認識されておいでですよね?』
全く想定外の事を言われ大いに戸惑う。が何とか声を絞り出し、
「は? ははははい。とても」
と吃りがちに返事をする。
『では質問です。お似合いの御召し物はお持ちですか?』
「いえ、実はそれで今、とても困ってまして……妹に相談しようかと思っていた所でした」
『成る程。では僭越ながら私がコーディネートさせていただきましょうか?』
それはお洒落などとは無縁の人生を歩んできた蒼太にとって、願ってもない申し出だった。
「ほ、ほんとですか!? ぜぜぜ是非、お願いしますっ!」
『そうですか! それは良かったです。ではお邪魔しますね~』
「はい……え? おじゃ……」
ガラッ!
蒼太が弥生の言葉の意味を咀嚼している間に部屋の窓が開く。
「こんにちは、ソータ様! 色々お持ち致しましたよ!」
一体いつからそこにいたのか、窓の外には爆炎を巻き上げて浮かぶ弥生がいて、下の方を指差していた。
窓から身を乗り出し彼女が指す方を見ると昨日、帰りに家族と乗せてもらった車があった。
あれに沢山服を積んで来た、という事であろう。
「あ、有難う……ございます……はは……は」
呆気に取られた蒼太はそう言うので精一杯、弥生はその蒼太に首を傾げてニコリと微笑んだ。
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