17.お前ひょっとしてマジで妬いてんの?

 その後、暫くすると弥生が蒼太の家族を連れて戻ってきた。


 アークヴィラは彼らに事情を説明、謝罪した。


 蒼太の擁護もあったが、そもそも吸血鬼化についてはそれ以外に方法が無かったと誰もが思えた為、余命について悲しみはしたがアークヴィラに怒りをぶつける家族はいなかった。


 更に先日ののお礼を兼ねて、ルーマニア料理のサルマーレ(ロールキャベツ)とミティティ(炭火焼肉)を振る舞った。


 そうして蒼太と家族は弥生の運転する車に運ばれて帰宅した。



 ―

「ヴァレリオ、どうだった?」


 蒼太、弥生達と入れ違い気味に帰ってきたヴァレリオを待ち兼ねたといった感じで出迎えた。


 彼は昼間の蒼太の件で手が離せなくなった弥生に代わり、荒れた現場の後片付けと周辺調査、勿論シェイドに対するそれ、を行っていた。


 その過程で蒼太に対する街の人達の声を聞き、中途連絡の傍ら、弥生にその情報も入れていたのだった。


「慎重に調査を続けましたが弥生が報告していたシェイドのの姿はありませんでした。結局、人目についたのはどうやらルノシェイドの個体、あれ1体だけのようですね」

「そうか。振り出しに戻ったか……ま、仕方無い」

「そうですね。まあ当初の弥生の情報通り、奴らはこの町にいます。それは間違いありません。いずれ出会うでしょう」

「そうだな」


 張り詰めていた糸が突然切れた様に、ポフッとアークヴィラが尻からソファに座る。


 その姿を見てヴァレリオの眉がピクリと跳ね上がる。


「それはそうと……今日はまた、何故その様な御召し物を?」


 アークヴィラの礼装を見て問いただす様に言う。


「ん? まあ……気まぐれ、かな」


 口ではそう言いつつ、スカートを指で弄りながら小さく笑う。


(ソータの奴め、このドレスを着たあたしに目が釘付けだったな……フフッ)


 ピクッ。


 ヴァレリオの額に浅く血管が畝った。


「ほほう。左様ですか……てっきり私はまた、かと……」


 アークヴィラは苛ついているらしいヴァレリオの目をチラリと見て、愉しそうにニンマリと笑った。


「ククク。そうかい? 気のせいだろ」

「お茶をお持ち致します」


 鼻を鳴らし、一旦部屋を出た。数分後、紅茶をアークヴィラの前に丁寧に置くと、そのまま少し下がって姿勢良く立つ。


 ヴァレリオが居ない間も少しニヤニヤと笑っていたアークヴィラだったが、暫くして真面目な顔付きになり、やがてキッと口を結ぶ。


「……で、だ。ヴァレリオ。お前の見解をひとつ聞きたいんだけど」


 喉が渇いていたのか、すぐにカップに口を付けた。


「何でございましょう」

「怪物」


 一言、投げ捨てる様に言ってヴァレリオの顔を見上げた。


「アークヴィラ様があの蒼……何とか言う奴と初めて会った時にいた奴の事でしょうか」

「ブッ」


 思わず手に持ったカップの中の紅茶をドレスにこぼしかけ、あたふたとする。

 もちろんヴァレリオが蒼太の名前位覚えていない訳がない。わざとなのだ。それが分かっているだけに可笑しくて噴き出してしまった。


「お~~ぅ、あっぶねぇ……お前がそんな態度取るの、珍しいな」


 一旦カップを皿に置き、怪訝な表情でヴァレリオを見た。


「まさかとは思うが……お前ひょっとして、マジに妬いてんの?」

「いえいえ。妬くなどは……分は弁えておりますので」


 そう言いながらも虚空に目線を移し、明らかに不満気な顔付きに見えた。


 それを見てまた笑いが込み上げてきたアークヴィラは、暫く大笑いして一旦発散する事にした。



 ―

「あ――笑った笑った。日本に来てからよく笑うな――……さ、話の続きをしよう、ヴァレリオ」

「私はいつでも」

「よし! では気を取り直して、例の怪物についてお前の見解を聞こうか。最も危惧するのはあれがシェイドと関係があるのか? という所だが」

「怪物が初めて出たのは2日前、この町でしたね。昨日はアメリカのリバティ島、今日は中国北京安定門の少し南」

「そうだ」


 ヴァレリオは微動だにせず、目線だけをアークヴィラに移し、


「現時点では判断出来ませんね」


 そう断じた。


「う~ん。の目を持つお前でもか」

「状況的にはクロです。地球上には存在しない生物、いや怪物が突然現れる……しかもそれがたまたま今、シェイドが根城にしているこの町に出現するなど、偶然にしては」

「出来過ぎているな。あたしもそう思うよ。でも……」


 両手で膝を抱え、流し目で窓の外を見る。


「なぁにか、ひっかかるんだよねぇ……」


 暫くそうしていたが、ふとヴァレリオを見て、


「まずは分かっているシェイドだな。明日、あたしがもう一度調べてみよう」

「それは危険です」

「あたしが1人でぶらついてたら襲って来るかも知れないじゃん?」

「そう思うから危険だと言っているのです。幹部が目撃された以上、アークヴィラ様が1人でぶらつくなど有り得ません。最低でも私か弥生を供に」


 アークヴィラにスッと頭を下げて言う。


「お前達が一緒じゃ油断してる様に見えんだろ……」


 困った様にそう言って彼女は数秒考えた。

 が、突然パッと明るい表情になり、ヴァレリオに向かい、


「閃いたぞ!」

「なりません」


 にべもない拒否に口を尖らせる。


「まだ何にも言ってない」

「仰りたい事はわかります。ダメです」

「いや、これは我ながら良いアイデアだ。これはあたし、めっちゃ油断してるだろ! クッフッフ」

「絶対! ダメです!」


 ヴァレリオの必死の制止を聞いているのかいないのか、窓から見える夜景に向かってもう一度、クフフと微笑んだ。

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