16.お前の体に何が起きたのか教えてやる

 2脚あるソファの1つに座り、アークヴィラがやって来るのを待った。


 弥生は蒼太を案内して一度奥に引っ込み、紅茶を持ってきた後、またすぐに用事があるからとどこかへ行ってしまった。


 待つ事十数分。


 ようやく大きな扉が開き、アークヴィラがその姿を見せた。


「お待たせ、ソータ!」

「…………!」


 その姿を見た瞬間、動けなくなった。



 胸元と脚元が大きく開いたパーティドレス。

 その色は瞳の色に負けない程の燃える様な真紅!


 ただでさえ背の高いアークヴィラがハイヒールを履き、透けたストールを纏い、フワリと脚を組みながら対面のソファに座った。


「やあ悪い悪い。久し振りに着たら意外に手間取っちゃったよ」

「…………」


 蒼太の意思と無関係にこれでもかと目が開き、口がポカンと開いた。


「ん? どした?」

「き……綺麗……です、アキ、さん」

「ウフ。有難う。見惚れちゃったかな?」

「…………! かかかか、揶揄わないで下さい」


 彼女のドレスに負けない程に顔を赤くして、蒼太は顔を背けた。


 アークヴィラはその様子を息子を見る様な目付きで優しく微笑みながら見つめる。


「これは一応、ヴァンパイアクイーンの礼服なんだ。まあホントは冠とか小物がもう少しあるんだけど」

「礼服、ですか」

「ああ。お前の体に何が起きたのかを話すのに、この格好じゃないと失礼な気がしてな」

「……?」

「ま、あたしの気まぐれだ。気にすんな」


 初めて遭った時の様に意地悪くニッと笑った。


「その前に体の違和感の理由は分かったか?」

「いえ、それが全然。ずっと考えてるんですけど……」

「何だ。意外に勘が悪いな」


 クス……と笑い、背もたれに肘を置いて耳の辺りを触る。


「この館、今、どこも照明を点けていないんだ」

「そうみたいですね。ひょっとしてここまで電気が通っていないん……え!」


 はたとに気付き、アークヴィラを見つめたまま、両手で頭を抱えた。


 アークヴィラは少し悲しそうな顔をし、


「気付いたか」


 そう短く吐き捨てた。


「なんで……どうして……こんな暗いのに……何で僕はこんなにくっきりと見えているんだ……?」


 暗さを感じながらくっきりと色まで見えるという、今まで体験した事の無い状況を自覚し、混乱した。


「その理由を言おう。お前は今日、一度死に、あたしの魔力で蘇った」

「は……?」

「もっと正確に言うと、


 スッと、淀みなくアークヴィラが口にしたその言葉の意味が分からなかった。


「お前は我ら闇の眷属、不死者の王ヴァンパイアの一族となった。夜目が効くのはそのせいだ」


 冷たく突き放す様に、そして威厳を示す様にわざと仰々しく、アークヴィラは言った。


「無論、真祖、つまりあたしの様に最初からヴァンパイアの血筋の者とは根本的に違う。あたしがやった様に眷属を増やす事は出来ないし、第一お前に魔力は無い。ただ人間とは比べ物にならない力と不死身さを得た」


 アークヴィラの言っている内容がどこまで理解出来ているのか、ぼうっとした顔付きで髪の毛をグシャリと握り、目だけでアークヴィラを見上げた。


「ソータ。ヤヨイがお前を助けた時、お前は既に即死に近い状態だった。一応、これがその時のお前の様子」


 胸元から写真を1枚取り出し、裏を向けてテーブルを滑る様に蒼太の方へ投げた。


 震える手でその写真を掴み、裏返し、そして絶句した。


(ヒッ……!)


 そこに写っていたのは紛れもなく自分。

 到底生きているとは思えない程ボロクズになっている自分だった。


「コンビニ前でヤヨイの体内カメラから撮ったものを印刷した。病院に連れて行った所でそこで死亡を確認されて終わり、という判断だ。現場からヤヨイがここに連れてきたのは大凡20秒後。その時点でもう余命は長くて1分、早ければすぐに死ぬ、という状況だった」

「……」

「仕方無くあたしは決断した。お前をヴァンパイアにすると。ヴァンパイアになれば不死身の肉体が手に入る。その治癒力はお前が身を持って体験している筈だ」


 アークヴィラの言葉にもう一度、正視するに耐えない状態の自分を盗み見た。


「何せお前はまだ、その写真の時点から10時間程しか経っていない」

「…………!」


 そう言われて改めて体のどこにも傷が残っていない事に驚愕した。


「そうそう、これも言っておかねばならん。ヴァンパイアは不死身ではあるが、真祖ではないお前の寿命は……とても短い」

「……」


 一瞬悲しそうな目をしたが、すぐに先程と同じく冷たい視線を蒼太に突き付けた。


「お前の寿命はこの星が天星……お前達の言い方だと太陽、だな。その周りを一周する程度、つまり1年だ」

「……」


 呆けた様に口を開けてアークヴィラをただ見つめる事しか出来なかった。


 あまりの非日常さが大挙して押し寄せ過ぎた。それらを咀嚼して消化しようとするがなかなか追いつかない。


「……以上がお前の体に起こった事の全てだ。質問は?」


 その言葉にただ俯いてプルプルと震えていたが、やがて顔を上げた。


「僕を襲った怪物……アキさんと初めて出会った時もですが、あれは何なんですか」


 その質問に彼女は少し面食らった。

 てっきりもっと取り乱すものかと考えていた。だからこそ殊更冷徹に振る舞ったのだから。


「少し驚いたよ。てっきり寿命を伸ばせとか、何で勝手にヴァンパイアなんかにしたんだとか泣き喚くと思ったんだけど」

「そんな事は……僕はアキさんを信頼していますし……寿命も別に……むしろ即死だと家族に何も言えなくて1年も伸ばしてくれて感謝しかありません」

「お前……」


 今度はアークヴィラが言葉を失ってしまった。彼女からするとむしろ取り乱して暴れてくれた方がやり易かったのかもしれない。


「すまなかった、ソータ」


 そう言ってアークヴィラの方が先に項垂れてしまった。


「いえ、アキさんが謝る事では」

「……ないのかもしれないが、さっきお前が訊いてきた怪物の話もある。あたしも無関係では済まされないんだよ」


 蒼太は首を傾げた。話が読めなかったのだ。


「順を追って説明しよう。あたし達はさる事情でルーマニアからこの国に来た。目的はシェイド一族の壊滅」

「シェイド……初めて会った日にヴァレリオさんが仰ってました」

「そうだ。お前と出会ったあの辺りでシェイドとは少し違うが似たを感じてな。あたしはそれを調べていた」


 組んだ足の上に肘を置き、少し前傾姿勢になって頬杖をつく。


 アークヴィラの目付きが一際険しくなった。


「はっきり言おう。最初にお前を襲った怪物。あたしはあんなのは見た事がない。知らないと言ったのは本当だ。アメリカや中国に出たのも恐らく同じ類のものと考えている」

「……」

「だが今日コンビニでお前を襲ったのはそのではない」

「え? てっきり中国で逃亡した怪物だと……」

「違う。お前は知らない様だがそれは後程中国の軍隊によって倒された。今日、お前を襲った怪物、あれがシェイドだ。正確にはルノシェイドと言い、真祖のそれではなく、後天的に生まれた者達だ。元は恐らくこの国の人間。今の……お前と同じ様に」

「……!」


 最後の部分は少し寂しげにアークヴィラは言った。


「ヤヨイに狙われている事に気付いたあの個体はすぐに逃げ出した。そこであいつが一撃を加えたんだが上手く逃げられてレーダー上で見失ってしまった。ヤヨイがお前に謝っていたのはそういう事だ。そしてあたしが無関係でない理由もそれだ」


 色々と納得がいった。


 最初に自分を襲ったのは正体不明の怪物。だが今日のあの化け物は元々アークヴィラ達の敵だったのだ。


 冷たく言ってしまえば自分など、アークヴィラからすれば異国で出会ったどうでもいい人間の1人であり、たまたま血の提供で合意したものの、蒼太が断れば他を当たった筈だ。


 蒼太に執着する意味はアークヴィラにはなく、本来彼の生死などさしたる興味も無いはずだ。


 だが蒼太を襲ったのは彼女らの敵、シェイドという者達であるらしく、それが故、巻き添えで瀕死となった自分を助けたという事なのだろう、という様に理解した。


「成る程、分かりました。でも、やっぱりアキさんは謝らなくていいし、責任も感じなくていいです。死ぬ所を助けて貰ったんですから感謝しかありません」

「ソータ……」

「僕が一方的にアキさんに懐いてしまって迷惑してるかもしれませんけど……」

「そんな事はない」


 まだ何か言いたそうだった蒼太をピシャリと抑えた。


「お前の全てはあたしが責任を持つ。あたしはお前をヴァンパイアにすると決めた時にその覚悟をした」

「アキさん……」


 アークヴィラは立ち上がり、蒼太を見下ろして手を差し伸べた。


「お前とあたしの関係はその……元々主従的な? ものだったし?」


 彼女が珍しく頬を少し赤く染め、視線を外す。


「う~~……その……」

「アキさん?」


 彼女が何を躊躇っているのかが計れずに蒼太は首を傾げる。


「ええぃっ!……あたしらはもう……友達だろっ? ソータ!」

「……!」


 大きく目と口を開けて固まった。


 初めて遭った日にもそう言ってくれた。

 だが今日の言葉はまた違う気がした。あの日の言葉が嘘だとは言わないが、今の言葉はより深く、重く、彼の心に突き刺さった。


 数秒間の間に虐げられた過去の出来事がいくつも蘇る。


 そして先程、勝手にアークヴィラの心情を冷たく計った自分を反省した。彼女は本心で心配してくれていたのだから。


 知らず、涙が瞳に浮かび、後から後からとめどなく溢れ出す。


「あ……あぁぁ……」

「……ちょっと。手が……重いんだけど? いつまであたしにこんな恥ずいポーズ、させてるつもり?」


 またもそっぽを向きながら言う。


 蒼太は立ち上がり、アークヴィラの手を自身の両手で挟み、その名を何度も呼びながら額をつけた。

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