15.弥生は御主人様が好き
一体いつの間に眠ってしまったのか、ふと蒼太は目覚めた。窓から覗く東側の空は既に夜に近い夕暮れである。
緑中ヶ丘の街並みがその窓から一望出来るという事は、ここは彼の自宅では無い。
「そうか、アキさんのとこにまだいるんだ」
上半身を起こし、両手を見る。
既に全裸ではなく、アークヴィラが買って来てくれた黒いジャージの上下を着ている。
「酷い目に遭ったな……生きてるのが不思議な位だ」
朧げにしか覚えていないが、相当に酷い目に遭ったのは間違いない筈だ。それがこれほど治癒しているのは一体何故だろうか、とふと疑問が湧く。
血は多く出たが、存外自分の怪我は大した事が無かったのかもしれないと思った。
アークヴィラはまず体を休めろと言ってくれ、あの後の事はまだ教えて貰ってはいない。ただ、蒼太をあの怪物から助けてくれたのは弥生だ、とだけ言った。
その弥生という女性、彼女はとても不思議な印象を与える女性だった。話している内容を吟味すると彼女は機械か何かの様に思えた。
あれだけの精巧な物が出来るなんて、と思ったがそもそもヴァンパイアを肯定している時点でそんな事は些細な事と思えた。
現に弥生は存在しているのだから。
今が夕方ならいっそ朝まで寝かせて貰おうかと向きを変えてもう一度ベッドにゴロンと転がって心臓が飛び出そうになった。
「……!」
スヤスヤと気持ちよさそうに眠るアークヴィラが目の前にいるではないか。
(あああ、アキさん!? 何で?)
薄い掛け布団がはだけており、そこからアークヴィラが黒のキャミソール1枚で眠っている事がわかった。
(なななな……)
途轍も無いパンチ力を持つお色気攻撃と言えた。
だが何故かこの時の蒼太にはもっと体を見たい、触りたいなどの、所謂男の本能、劣情といったものは殆ど沸いてこなかった。
まず最初に考えたのは、
(ヴァレリオさんは……)
だった。なるべく音を出さない様、首だけを動かして辺りを見回した。
『あたしに手を出したらお前は即死』
最初の頃に聞いた、ヴァレリオを良く表しているこの言葉が強烈に刷り込まれているのだ。
(ヴァレリオさんはいない)
まずは一安心だったが、取り敢えずこれ以上アークヴィラの肌が目に入らない様にする為、反対側に寝返りをうった。
その内に疲労からか、気付かぬ内にまたスーッと眠ってしまった。
―
「起きろソータ、おい」
「はい!」
アークヴィラの声に反射的に飛び起きた。
声の方を見ると艶めかしい肌着1枚でベッドの上に座り込んでいる美しい女王の姿があった。
「フフッ。どうだい気分は」
「大丈夫です。むしろ前より良い位、です」
両手のひらを何度も開け閉めし、動きを確認する。
周囲を見回すと、もはや真っ暗だった。明かりひとつ灯っていない。
夜になった、という事なのだろう。
何か引っかかる。
違和感があった。
「何か、変わった事はないか?」
笑みを絶やさず、優しく問いかける。
「そうですね。体調は良いみたいなんですが……何か違和感が」
蒼太のその言葉に頷き、目を細めて更に柔和な顔付きを見せた。
「だろうな。それについて説明しよう。先に応接間に行ってろ。あたしも着替えたら行く」
「はい!」
言われるがままベッドから降りて靴を履き、そういえば応接間ってここからどう行くのだろうと考えながら扉を開けると、そこにはメイドの姿をした弥生がにこやかに立っていた。
「お目覚めですね。アークヴィラ様から応接間までご案内する様、指示を受けております」
「そ、そうですか。よろしくお願いします」
「さあ、こちらへどうぞ」
ニコリと笑って道案内をし始めた。
廊下を進む間、どうしても気になっていた事を聞いてみる。
「ああああの……」
「はい。私に緊張なさらないで大丈夫ですよ? 何で御座いましょう?」
「有難うございます。その……気を悪くさせたらすみません。とても失礼な質問かもしれませんが……」
「?」
振り返って眉を寄せながらもニコリと微笑む。これがロボットだとすれば凄まじい感情の表現と言える。
「弥生さんってその、ロボット、なんですか?」
「その表現が適切か、というのはありますが、概ね仰る通りです」
驚いた。
今、話していてもさして違和感はない。少し丁寧過ぎる話し方の、普通の人間にしか思えない。
「そ、そうなんですね……凄いな……」
「いえ、私などは出来る事も限られていますし」
「そうなんですか」
また前を向いて歩き出し、だが楽しそうな調子で蒼太に説明を始めた。
「執事ヴァレリオ・ルーカス様は力の大半を失ったと仰られていますが、その状態でさえ、ほぼ万能と言って差し支えありません」
「万能、ですか」
その言葉の響きにロマンを感じてしまうのは蒼太が引きこもりがちでゲームや漫画ばかり見ていたからかも知れない。
「はい。そして我らの主人、アークヴィラ様はお美しいです。誰にも分け隔て無くお優しいですし、何よりお美しいです。ヴァレリオ様に引けを取らぬ程お強いですし、地上の誰よりもお美しいです。その上、御聡明であられるし、お美しい……」
「そ、そうですね。ままま全く同感です」
果てしなく褒めちぎる弥生の言葉に口を挟む。
「ほんとですか!?」
蒼太の同意が嬉しかったのか、弥生は振り向いて満面の笑みで彼の手を握った。
突然の事で驚きつつも、うんうんと頷く。
「もも、勿論です。アキさんと初めて会った時、僕は怪物から逃げていたというのに綺麗過ぎて一瞬見惚れちゃいましたし……結局助けてくれましたし、日本語ペラペラですし……」
「ですよね!? ですよね! 私はアークヴィラ様のメイドとしてお仕え出来て幸せ者です」
「はい。凄いと思います」
「そうですか~ソータさんも~嬉しいな~~。ルンルン」
(とても人間臭さに重みを置いたロボットなんだな……凄い)
嬉しさを体現しつつ、「あ、そういえば」と更に人間らしく、今思い出した様に、
「ヴァレリオ様は今ご不在ですが、お電話でこんな事を仰っていました」
「ヴァレリオさんが……一体何を?」
その名前を聞くとまだ反射的に身構えてしまう。
「はい。私が倒した
あの恐ろしい怪物を思い出すと今でも身震いするが、若い母子が感謝……母子……と考えて、はたと思い出した。
「あ! あの親子……そうか、よかった。無事だったんですね!」
蒼太が喜色を浮かべると弥生も嬉しそうに、
「はい。ソータ様のお陰で子供が無事だったと大層感謝されていたそうですよ。ヴァレリオ様も『弱い癖に少し見直した』と仰っていました」
「え……ほんとですか……ううう嬉しい」
ヴァレリオがそんな事を言っているシーンが想像出来ないのだが、弥生が嘘をついている様子は無い。
その他、どうでもいい事を話している間に2人は応接間に辿り着いた。
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