14.弥生・ラクロワ、バージョンは8.16です!

 数時間後。


 今、ベッドの上で眠る様に横たわる蒼太の体は血もついておらず、体の変形もなく、ぱっと見ではとても綺麗な体をしていた。



 蒼太が死んだ後、アークヴィラの言いつけ通り、弥生はすぐに彼の衣服を剥ぎ取り、体についた血や砂を綺麗に拭き取っていた。


 それと同時に折れて突き出した骨はそれ以上壊れない様、力を調節しながら元通りの位置に戻す。ねじれた腕や足は逆に力を加えて元に戻す。


 蒼太が死んでしまった為、彼の痛みを気にせずそれらの処置が出来た。


 看護士の死後処理の様に死後硬直が始まる前に、見事な手際で修復をする。



 やがてアークヴィラが買い物袋を持って部屋に入ってきた。それらをソファの上に放り投げると、真っ先にベッド上の蒼太の状態を確認し、ホッと一息ついた。


「よしよし。可愛い女の子に綺麗にしてもらえてよかったな、ソータ」


 もちろん返事はない。

 彼女はベッドの側に立ち、何故か少し緊張した面持ちとなる。


「さてやるか。久々だな」

わたくしは見るのは初めてです。ドキドキ」

「ここ数日、ソータの血を吸っていて良かった。これは多少の魔力が必要だからな」


 アークヴィラは両手を蒼太の上に翳し、手のひらを蒼太に向け、短い、いくつかの呪文の様な何かを唱えた。


 それが終わるとキッと目を開く。

 真紅の瞳が一段と紅く輝き、白目だった部分が黄色に染まる。


 眼下の蒼太を睨み付けて大声で叫んだ。


「ヴァンパイアクイーン、アークヴィラ・ハーメルンの名に於いて!」


 突如、その手に黒と紫と金に輝くオーラが現れる。


「お前に高貴なるヴァンパイアの力を分け与える。我の僕となって蘇れ!」


 そのオーラはズズズ、といった感じで蒼太に舞い降り、体中に染み渡った。


 数秒後、


「……ん……!」


 今まで死体だった蒼太が顔を歪め、やがて目を開けた。


「うおおおお! 凄い! 脳波、心拍数、共にほぼ正常! 人間の医学的には彼は生きています!」


 弥生が両手を合わせて喜ぶ仕草を見せる。アークヴィラはふうとため息をつき、蒼太に優しく話し掛けた。


「気分はどうだ? ソータ」

「……」


 アークヴィラを見、両手を見、また天井を見上げる。


「僕は……怪物が……」


 ブルっと体が震えた。

 コンビニで立ち向かい、そして一方的にボロカスにやられた怪物を思い出したのだ。


「あまり無理に思い出そうとしなくていいぞ。まずは休め」

「アキ、さん」

「ん?」

「あ、あ、有難うございました。アキさんが怪物から助けてくれたんですよね」

「いや? お前を助けたのはヤヨイだ」


 親指で横にいる弥生を指した。

 蒼太が見た事の無い可愛らしい少女だった。ペコリとお辞儀をしたかと思うとスカートを摘んで笑顔で会釈をした。


「お目覚めですね、ソータ様。初めまして。アークヴィラ様の従者でメイドのヤヨイ・ラクロワ、バージョンは8.16です」

「バ、バージョン? あ、初めまして……」

「年齢は私にはあまり意味が有りませんので。初対面のご挨拶の際は代わりにバージョンをお伝えしています」

「はあ……そうですか。あ、その、助けていただいて有難う御座いました」

「いえ。元々あのルノシェイドは私が追い掛けていた個体でして。手傷を負わせたのですが隠れられてしまい、見失っていた所でソータ様が戦ってくれたおかげで見つけ出す事が出来ました」


 そういえば、と怪物と出会った時、苦しそうに肩で息をしていた事を思い出した。


「ですがその為にソータ様が酷い目に遭ってしまいました。本当に申し訳ございません」


 混乱してきた蒼太が首を振ってゆっくりと上半身を起こす。


「いけるか? 無理すんな?」

「だ、大丈夫、みたいです。ウッ……」


 ほのかな頭痛と何かの暗闇の記憶が一瞬、フラッシュバックし、右手で額を掴む。


「どうした? 頭が痛むのか?」

「そうですね……少し頭痛が……意識が無かった間にずっと誰かと話してた気がするんですが……」


 すると弥生が人差し指を顔のそばにつけ、ニコリと笑う。


「それはきっとアークヴィラ様ですよ」

「え……アキさん?」

「はい。ソータ様がお目覚めにならない間、ずっと話し掛けておられましたから」

「や、やめろ。そういうのは!」


 照れた様にアークヴィラが弥生に言う。そして思い出した様に蒼太に、


「そうだ。お前、もうひとつヤヨイに礼を言っておけ」

「それはもう、何度でも言いますけど」

「血だらけのお前の体を隅々まで綺麗に拭いてくれたのはヤヨイだからな」

「え!?」


 恐る恐る自分の体を見ると、


「は、ぜ、は? 裸……なんです、けど」


 慌てて股間を隠し、そう言うのが精一杯だった。


 弥生はニコリと笑い、


「はい。お綺麗にというご命令でしたので!」


 蒼太は顔を真っ赤にし、どう言ってよいかわからず、


「う――……なんかすみません!」


 と声を絞り出した。

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