13.お前が死んでしまう前にあたしが殺してやる

「ソータ! ソータ!」


 ここは茶谷山のアークヴィラ邸。



 蒼太を救い、ここまで運んだのは弥生・ラクロワという少女だった。


 最新鋭を更に超えた技術の結晶、ヒューマノイドであり、アークヴィラのメイドである。


 彼女によってあの惨劇の場から僅か20秒程で担ぎ込まれた蒼太は既にぐったりとしており、命の灯火は今、まさに消えかけていた。


 頭は割れ、左腕は千切れかけ、両足は太腿と脛から骨が突出し、あらぬ方向に曲がっている。

 その他、目に見える部分だけでも生きているのが不思議な位だった。内臓の損傷も同じ様に酷いものだろう。


 アークヴィラはそのあまりの酷い有様に言葉を失くし、一瞬棒立ちになる。


「ソータ……」


 血だらけの顔を両手で挟み込む様に持ち、眉を顰める。


「脳波及びあらゆる生命反応、極めて微弱。もって1分、最悪は今、死亡すると予想します」


 弥生の言葉にピクリと肩を震わせ、きつく唇を真一文字に結んだ。


「ソータ。出来ればこんな事はしたく無かったけど……時間がない」



 その時。


 奇跡が起きた。



 見えているのかいないのか、細く目が開いた。


「……! ソ、ソータ!」

「信じられません。意識が戻りました」


 続けて唇を少し動かす。


「ソータ! ソータ! 何だ、言ってみろ」


 蒼太の口元に耳を持っていき、必死に聞き取ろうとする。


 だが聞こえてくるのは小さな呻き声と、喉元に血が詰まって呼吸困難になっているのか、コプコプと喉奥の嫌な出血の音だけだった。


 諦めた様に再び姿勢を戻し、蒼太をきつく睨む。


「仕方無い。ソータ、あたしを、恨むなら恨め」


 アークヴィラがそう叫ぶと蒼太の瞳が力無くゆっくりと動き、彼女を見た。


「……」


 言葉は発さないが、口の端をほんの数ミリ上げ、笑顔を作った。恐らくそれが今出来る蒼太の全力だったのだろう。


「痛かったな、よく頑張ったぞ……任せろソータ。お前の全て、あたしが責任持ってやる!」


 そう吠えるとアークヴィラは目と眉を吊り上げ、銀髮を逆立たせ、狼の様に牙を剥き出す。


 そして―――



 大きく口を開け、瀕死の蒼太の首筋に躊躇なく噛み付いた!



 これまで、血を吸っていた時は蒼太に痛みは無く、従って大した反応は無かった。


 だが今回はどうやら血を吸う為に牙を刺したのでは無い様だった。


「……ウッ……ゴフッ」


 蒼太の体中にドス黒い血管が浮き上がった。


 それらは断末魔の蛇の様に畝り、蒼太の体を駆け巡る。


「ウゴアァァァァッ」


 血走った白目を剥き、あっという間に瞳孔が開いていく。


 同時に蒼太の右腕が震えながら上がる。


 アークヴィラが喉元に噛み付いたまま、それを左手で握り締めると、僅かに蒼太が握り返してくるのを感じた。


(頑張れソータ。まだ死ぬな。


 更に目を吊り上げ、祈る様に左手に力を込める。


 その数秒後。



 蒼太の眉間に皺が寄り、白目を剥いて――― 事切れた。



「脳波停止、生命反応ゼロ、死亡を確認しました」


 弥生の声が冷たく響いた。


 ゆっくりと蒼太から体を離すアークヴィラ。その美しい顔にも体にも蒼太の血がべっとりと付いていた。


 血溜まりの中の蒼太を冷ややかな目で見下ろし、クルリと踵を返す。


「シャワーを浴びてくる。ソータの体を拭いてやってくれ」

「畏まりました」

、綺麗にな」

「お任せ下さい」


 主人の後ろ姿に向かって丁寧に頭を下げた。

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