12.アークヴィラの覚悟
(このままじゃ奥に逃げ込んだ人達を巻き添えにしてしまう)
「う、うわぁぁぁぁ!!」
瞬間、ガーゴイルの一撃で胸に穴が空いた社長を思い出し、レジ前に並んだ週刊漫画雑誌を手に取り、胸に当てて怪物へと飛び込んだ。
ウガァァッ!!
片や、怪物の方も蒼太の胸に大きな風穴を開けるべく、長身の更に上から拳を振り下ろした。
怪物の右腕は、2人の身長差と蒼太の姿勢の悪さ、握力の無さが相まって、雑誌の表面を滑る様に引き千切るに終わり、奇跡的に空振りに終わる。
そのままの勢いで蒼太は怪物の顔面へと飛び掛かった!
だがそこから何かの攻撃が出来る筈も無い。
生まれて22年、彼は争い事をずっと
怪物の肩に抱え上げられるような最悪の姿勢で捕まった。
この体勢になってしまったからには、ここから下に叩きつけられようが、陳列棚に投げつけられようが、どう転んでも蒼太には大怪我必須だった。
だが怪物が採った攻撃はそんな生易しいものでは無かった。
蒼太の両足をむんずと掴むと陳列棚を薙ぎ倒す様にフルスイング!
ガンッ! ガンッ!
バキバキバキバキッ!
棚は崩壊し、商品は吹き飛んだ。
蒼太の体中の骨が、その一撃で粉々になった。
あらゆる所から夥しく血を流し、逆さ吊りにされると万歳しているかの様に両手をダラリと広げた。
それでもまだ怪物は蒼太の脚を離さない。もう一度担ぎ上げる。
店内に悲鳴が轟く。
ブゥゥゥゥンッ!
風切り音と共に蒼太が投げつけられたのは、店の入り口だった。
故障したのか、閉まり掛けで止まっていた自動ドアをブチ破り、ガラスを撒き散らしながら駐車場のアスファルトへ吹き飛んで行った。
既に意識が無かった蒼太は顔から落ちても全く受け身を取ることもなく、最初に大きくバウンドし、その後水切りの様にゴロゴロっと小さく跳ね、暫くしてようやく止まった。
グゥルルル……
怪物はチラリと店内を見回すと怯える店員や客達をよそに蒼太の元へとノソノソと歩き出した。
既に死体と言われても不思議では無い程のズタボロの見た目だった蒼太の指先が数ミリ動く。
痛感神経すら破壊されてしまったのか、痛みは無い。
ただ、家族の顔、そして最後に微笑むアークヴィラの顔が瞼の裏に浮かぶ。
(アキ……さん、アキ…………さ、ア……)
そこで蒼太の意識はプチンと途切れ、心臓の鼓動はだんだんゆっくりと遅くなっていった。
十数秒後、意識の無い蒼太の顔を見下ろす怪物は躊躇無くその拳を振り上げた。
ガッ!
蒼太の頭部を完全に破壊する為に振り下ろされた腕!
だがそれはその軌道の途中でピタリと止まった。
「そこまでです。もう逃がしませんよ」
黒く太いその腕を何と片手で掴み、あっさりと動きを止めている女性がいる。
しかもそれはまだ高校生ほどといってもおかしくない少女だった。
それは有り得ない光景だった。
身長160センチそこそこと思われる少女が2メートルを優に超える怪物の動きを完全に止めているのだから。
怪物がいくら振り解こうともがいてもピクリとも動かない。
ガ……ウガガガガガァァ!
その内、怪物が苦しみ出した。
数瞬後、少女に掴まれたその腕は嫌な音を立て、弾け飛んだ。
怒りからか痛みからか、大きな唸り声を発して暴れ回る怪物に対し、少女は腰を落とし、照準を定め……そして次の瞬間、姿が消えた。
恐々、コンビニの店内から見ていた人達は全員呆気に取られた。
「消えた……」
「なん、なの、これ……」
「あ、いた!」
少女は消えた訳では無かった。
但し、今いる場所は元いた位置と怪物の延長線上5メートル程
一体いつの間に、どの様にしてそこまで移動したのか、彼らの目で捉えられるスピードではなかった。
少女は振り返り、元いた場所へと足速に歩く。その間、怪物は動きを止めていたがやがて。
ギギギ……
向かってくる少女の方へゆっくりと振り返り、最後の攻撃を試みようと腕を振り上げた。
だがそこまでだった。
振り上げた腕がポトリと落ち、次いで頭が胴体から剥がれ落ち、最後に足がぐにゃりと曲がり、全てのパーツがゴミの様に折り重なった。
そう思った次の瞬間、それらは黒いガスの様になって霞と消えて行った。
その横を無表情に通り過ぎ、もはや動かない血だらけの蒼太へと近付いた。
周囲をグルリと見回し、蒼太を見下ろすとその場にスッと屈む。
「この人は……あ! この方がアークヴィラ様が最近お気に入りのソータ様ですか。これはかなり酷いです。救急車では確実に手遅れですね…………あ、繋がりました。アークヴィラ様」
傍目から見ると独り言の様に見えた。
電話をスピーカーにしてアークヴィラと繋いでいるのか。もっともその電話がどこにあるのかは分からなかったが。
『どした?』
「詳しい御説明は後程で。ソータ様が一体のルノシェイドにやられ、死ぬ寸前です」
彼女の言葉で電話越しでもアークヴィラが絶句している様子が感じとれた。
『……は……何だって』
「脳、内臓、骨格、いずれも損傷が激しく正直なところ即死レベルです。生命は微かに残っていますが、逆にその理由が分からない程です」
『……大至急ここに連れてこい。
「畏まりました」
蒼太の体を抱き上げ、膝を曲げる。
次の瞬間、背中から小さなグレーのランドセルの様な物が淡い煙と共に現れた。
同時に足の裏、脹脛、膝、臀部、腹部、そして突き出したランドセルから一斉にジェットエンジンの様に激しく小さな炎が噴き出し、辺りはあっという間に濛々とした煙に包まれた。
その煙が多少なりと晴れ、何とか視界が開けた頃には既に少女と蒼太の姿はなかった。
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