11.想定外のエンカウント

 次の日。



 中国の北京に怪物が現れたと大きなニュースになっていた。


 大きな人型のもので、身長は2メートルを超え、耐久力があり、居合わせた警察の一斉射撃を浴びながらも逃れ、結果的に見失ってしまったとの事で話題となっている。


 その姿を見た人達はSNSで『巨人ジャイアントが現れた』と次々に叫んでいた。


 そのニュースを見た凛子がまた朝から騒いでいたが今は既に13時半。家には蒼太、ただ1人だけだった。


「コンビニでも、行くか」


 時計を暫く見つめ、昼飯を買いに行く事にした。


 自転車で近くのコンビニへ行く。

 店の手前にある細い路地の前で一旦止まり、中を覗き込む。


(ここでアキさんと出逢ったんだな)


(本当にあの人は僕の命の恩人だ)


 あの時怪物から助けられたというだけではない。血の提供係という形だが蒼太に生きる意味と活力を与えてくれ、楽しそうに会話してくれる、Sっ気が強いが優しい女性だ。


(でもアキさんはいつまで僕なんかに構ってくれるのかな)


 そこでふと疑問にぶち当たる。


「そもそもなんで僕なんだろう? 血なんて彼女が望めば誰からでも、それこそ無理矢理にでも吸えるのに」


 あの時路地に姿勢良く立っていたアークヴィラの幻が見えるかの様だった。


(だ、ダメだダメだ……あの人は僕なんかがこれ以上入れ込んでどうこうできる女性じゃないんだ)


(利用される時だけ利用されよう)


(うん。それでいい。それだと急に居なくなっても傷付かない)


 アークヴィラ達と自分では住む世界が違い過ぎる。いつか自分の前から居なくなるだろう、蒼太はそう思っていた。


 彼女にのめり込んでしまうと別れが来た時、きっと自分は絶望してしまう。ならそれまでに依存を少しでも無くしておくに限る。



 ポロッ。



(あ、あれ?)


 ボロッ……ボロボロボロ……


 蒼太の目から涙が独りでに零れ落ちた。


 それは彼には久しく無かった感情だった。


 彼がアークヴィラに求めているのが恋愛なのか、母性なのか、友情なのか、それすらはっきりと分からないまま、ただ涙が止まるのを待った。



 ―

 数分後。


 涙は止まったが食欲は失せてしまった。

 だが何か食べないと親が心配する。心配すると無理して昼食を作っていってくれる。そんな事はさせたくない。


 そう思い、とにかく目の前の店へと自転車を手押しして歩き出そうとした。


 その時。


 まだ4才、5才位だろうか。その位の小さな男の子が蒼太を抜き去ってコンビニの方へと走って行った。


 後ろを振り返ると優しそうな若い女性、さっきの子供の母親なのだろうと思えた――― が、ベビーカーを押しながら先程の子供に呼び掛けている。


「レンちゃん! 先いっちゃダメよ――!」


 自分もこんな時があったなあ……そう思い、再び前を向いてゾッ……とした。



「か、怪物……」



 男の子の前方、20メートル位だろうか。


 黒い人型の大きな怪物が肩で息をしながらこちらを凝視していた。


「なんでこんな所に……中国に居たんじゃ」


 確かにニュースでは『見失ってしまった』と言っていた。と言って海を越えてわざわざこの街に来るなんて事があるのだろうか。



 やがて黒い怪物がゆっくりと動き出した。

 気のせいか分からないが、その目は先程の男の子を睨んでいる様に見えた。


 反射的に母親に小さく声を掛けた。


「それ以上来ないで! 逃げて! 僕に任せて下さい!」

「……は?」


 何故そんな行動を取ったのか、自分でも不思議だった。

 自転車をその場に置いて、なるべく怪物を刺激しない様、早歩きで子供へと近づいた。


 元々、距離が近かった蒼太が先に子供を保護した時にはもうコンビニの入り口だった。


「誰?」


 蒼太に肩を掴まれた子供が怪訝な顔付きで蒼太を見上げ、そう言った。


「え、あ……」


 普段から子供と触れ合っていればあやす言葉の1つでもサッと出るのだろう。


 こんな時、何と言えば子供は安心するのか? いや、そもそも今この子は自分に危機が迫っている事など思いもしない。


(叫ばれたらどうしよう)


(防犯ブザーとか鳴らされたら……)


 一瞬そんなどうでもいい事に注意が行ってしまう。自分が誘拐犯人にされたら、などにまで考えが及びまた動悸が激しさを増す。


「いや! レンちゃん!」


 叫んだのは母親だった。


 その声で蒼太が我に返る。

 ハッとして怪物の方を見ると、先程までの距離の優位性はどこへやら、既に目と鼻の先の位置にいた。

 猛スピードで蒼太と子供に襲い掛かって来ていたのだ。


 幸い、入り口の前にいた為、自動ドアは開いていた。


 咄嗟に子供の背中を押しながら中へと滑り込み、レジの前で転がる様にして仰向けになる。


 ドォ――ンッ!


 怪物がコンビニの入り口を通り越し、電柱か何かにぶつかった激しい音が鳴り響いた。


「な、なに、なに」


 蒼太と子供は2人してその大きな音に体が竦む。子供はともかく、助けに来た自分まで竦んでどうするんだと思うものの、長年染み込んだ『大きな音』や『強者』に対する恐怖心は急には無くならない。


 それでも手足の震えを必死に抑え、


「だだだ、大丈夫、大丈夫だから。奥へ、奥へ行くんだ」


 子供を陳列棚の奥へと押し込む。

 振り向くと体勢を整えた怪物が中に入って来る所だった。


「キャ――!」

「うわぁ!」


 つい先日、ガーゴイルによって怪物の恐怖が染み込んでいる緑中ヶ丘町である。

 このコンビニも実際の被害に遭っている。


 その為、店内にいた者は皆、我先に奥へと逃げた。


「こ、こど、子供を」


 ようやく膝を付き、立ち上がり掛けた蒼太がレジから飛び出してきた店員に声を掛ける。


 その店員はしっかりと頷き、子供を抱き上げ、奥へと逃げる。


(よかった。これで僕の役目は……)


 再び入り口へと向くと怪物はもう蒼太と1メートルも離れていなかった。


 黒い人型の怪物。

 そうとしか形容出来ない。だがギョロリとした目は血走っていて、まるで人間の様だった。


(まだダメだ、こいつがいたらあの子が!)


 蒼太に何が出来る訳でもないというのにそんな感情が芽生えている事が不思議でならなかった。


(このままじゃ奥に逃げ込んだ人達を巻き添えにしてしまう)


「う、うわぁぁぁぁ!!」


 蒼太はレジ前に並んだ週刊漫画雑誌を手に取り、胸に当てて怪物へと飛び込んだ。

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