10.コミュ力が凄い女王

 10分後。


 アークヴィラはなし崩しに蒼太の家族に引き留められ、夕食を共にしていた。


 ガスコンロの上でぐつぐつ煮え立つ土鍋を囲む。


「凛子、お兄ちゃんの部屋に入る時はいい加減、ノック位してあげなさい」

「えええ。そういうママも凛子の部屋に勝手に入ってくるじゃん!」


 父の涼太も妙な蒼太の肩の持ち方をした。


「蒼太ももう子供じゃないんだから……そりゃやらしい事のひとつやふたつもするだろう。配慮してあげなさい」

「や、やらしい事って……何もしてないよ!」


 蒼太が真っ赤な顔で反論する。


「ウソウソ! 抱き合ってチュッチュしてたじゃん! 全く……外でやってよね!」

「誤解だよ!」

「それで……」


 涼太がゴクリと唾を飲み込み、その目を恐る恐るアークヴィラに向けた。


 アークヴィラはたじろがず姿勢良く座り、涼太の目を見返してニコリと笑い返した。


「エヘヘ」

「分かりやすく鼻の下伸ばしてんじゃないよ!」


 母親の紗季が涼太の頭を小突く。


「にしてもほんと綺麗なお嬢さんね。蒼太とはどういう御関係なの?」


 母は強い。単刀直入にそう切り込んだ。

 アークヴィラは蒼太を見て一瞬考えたが、すぐに小首を傾げて言った。


「主従、的な?」

「主従って!」


 凛子が大袈裟に驚いて転がる。


「お前、まともな恋愛もろくにしてないのに……いきなりそれはちょっと上級過ぎないか?」


 涼太が真面目な顔付きで息子に言う。


「いや、お父さんが想像している様なのじゃないよ、きっと」

「アークヴィラさんはどこの国の人?」


 凛子はアークヴィラと話したくて仕方がない様だった。


「そうだな……難しいが君達の言い方だと国籍はルーマニア、という事になるのかな」


 蒼太はアークヴィラがどこまで話すのかが分からず、口も挟めなかった。


 助け舟を出せる程、彼女の事を知らないという事もあった。


「ル、ルーマニア! カッコいい~~。でも日本語がペラペラなのはどうして?」

「ママが日本人だったのもあるが……まあ結構な数の国の言葉を話せるよ」

「えええ! 長身、美人、博識とか弱点無いじゃん」

「アッハッハ! 有難う。でもリンコもめっちゃ可愛いじゃん」

「ヒィィ! 外人さんに可愛いって言われたぁぁ……明日学校で全員に言おう」


(アキさん、超馴染んでるけど……凄いな……僕なら絶対無理だ、こんなの)


 知らない家族の人と突然夕食を共にし、これだけ和気藹々と盛り上がる事など彼には不可能だった。その状況を想像するだけで胃が痛くなる。


「あの、みんな、アキさんは忙しいから……」

「ん? 別に大丈夫だよ、ソータ」

「そうですか……」


 またもや紗季が興味津々の表情を見せた。


「失礼だけどおいくつなの?」

「フフッいくつに見える?」

「そうねえ。25、6かな? 蒼太よりは歳上かしら」

「母さんそれは失礼だよ。どう見てもこのお嬢さんは10代だよ」

「うーん。凛子には颯ちゃんと同じ位に見えるけど……」

「全員、ブ――。今年で268才だよ」

「……はい?」


 全員、ピタリと動きが止まった。


「我々の寿命は万年単位だから君達人間の感覚で言うとまだ幼い子供だな」

「は、はぁ……」


(アキさん、か、隠さない気だ)


 無論そんな非現実的な事をそのまま信じる人間もいないだろうが、ここまで堂々と言われると別にそれでもいいかと思わせる。


 シーンとしてしまった食卓だったがアークヴィラは全く臆さずに器用に箸で鍋を突く。


「これは……ゴボ天、というのか。う――ん! めっちゃウマい!」

「そ、そう!?」


 紗季が安心した様に言った。


「外人さんだからどうかと思ったけど、おでん作ってたからこれしかなくてね。お口に合って良かった。箸使いも上手ね」

「ママさん、めっちゃ美味しいよ。あたし達の主食とは全く異なるものだけど今まで食べて来た他のどの国の食べ物より美味しい」

「いや、そんな事言われたら嬉しいな。たくさん食べてね……人間の?」

「うん。これは今度ヴァレリオも連れて来ようか」


 美味しそうにこんにゃくを頬張るアークヴィラの反対側から凛子が蒼太の耳に顔を近づける。


「人間の、ってどういう意味なの」


 コソコソと小声で聞く。


(まあ、そうなるよな……)


 それを言ってよいものか、言うとしてどう言えばいいのか迷った蒼太はアークヴィラに救いを求めた。


「ああああのアキさん」

「どした?」

「妹が……さっきのアキさんの『人間の食べ物』ってのに引っかかってまして」

「あ? ああそうか。人間側からするとそうなるか」


 それを聞いた蒼太の家族の表情が一斉に怪訝なものに変わる。


「まあそれは、はい」

「言っていいよ」


 アークヴィラは面倒くそうに頷きながら言うとすぐに土鍋に夢中になる。


「わかりました」


 どういえばいいのか少し考え、同じ顔付きをしている3人に向かって言った。


「信じられないと思うけど、アキさんはヴァンパイア、なんだ」


 暫く同じ表情で固まる3人だったが、やがて凛子が恐る恐る蒼太の額に手をやった。


「熱は無い……」

「ないよ!」


 紗季も心配そうに蒼太の顔を覗き込んだ。


「あなたひょっとしてこの人の宗教か何かに入ったの? 色仕掛けか何かで……」

「違うよ!」


 涼太も何か言いたそうだったがそれを手で制し、


「聞いて。昨日、怪物騒ぎがあったでしょ?」

「うん」

「言わなかったんだけど、実はあの時、僕はその怪物に殺される寸前だったんだ」

「え!」


 声を出したのは凛子だったが、紗季も口に手を当ててショックを隠せない様子を見せた。


「そこを助けてくれたのがアキさんなんだ。一瞬の事でよくわからなかったんだけどとにかくやっつけてくれた。で、その代わりに血を吸わせてってお願いされたら断れないでしょ」

「ううむ。恐ろしい怪物に殺されるか? 美女に血を吸われるか? ……そりゃ一択だな」


 腕を組んで納得する涼太を冷ややかな目で紗季と凛子が睨む。


「アキさんはヴァンパイアでしかも女王なんだ。それはアキさんがそう言うんだからそうなんだよ。さっき凛子が見たのも、その……やらしい事をしてた訳じゃなくて……」

「血を吸われてた……って事?」


 蒼太は凛子にこくりと頷いて自分の喉元にクッキリと残った2本の牙の跡を見せた。


「ヒッ」


 凛子がそれを見て小さな悲鳴を上げた。


「そういう事だから」

「ウソみたいな話だけど……蒼太がそう言うならお母さんは信じるよ。この子もどうやら悪い子じゃなさそうだし」

「うむ。父さんはもっと早くから信じてたぞ」


 凛子は蒼太越しにおでんに夢中になるアークヴィラの横顔を覗き見た。


「マ、マジだ。牙が、牙がある!」


 興奮気味に蒼太の腕を叩く。


 アークヴィラの牙は蒼太から血を吸う時よりもかなり短く、一回り小さく見えたが明らかに先の尖った、異質なものだった。


「いたっ……うん。まあとにかくそういう訳だから」


 蒼太の言葉を聞いているのかいないのか、凛子はブツブツと独り言を言っていた。


「うわぁ、ちょっとヤバくない? 本物の吸血鬼って……女王って……ヴァンパイアがうちにいるって……あ、そうだ!」


 凛子はスマホを取り出し、


「アキさん! 一緒に写真撮って下さい! 友達に自慢する!」


 アークヴィラはキョトンとしたがすぐに笑みを浮かべ、


「いいけど……ま、やった方が早いか」

「? じゃ失礼して……」


 アークヴィラに並び、撮影ボタンを一回押した、と同時に自撮り画面に写っている画像に目が釘付けになった。


「……ヒッ!」


 小さな悲鳴をあげ、ポスンと床に腰を落とす。


「凛子! どうしたの?」


 慌てて蒼太が立ち上がり、凛子の手を取りに行く。


「あ、あ、あわわわわ」

「落ち着いて凛子」

「すすす、ア、ア、アキさんがぁ」


 何かに怯える様子を見せる凛子が持つスマホを覗き込む。


「うわっ」


 蒼太まで仰天して腰を抜かしてしまった。


 そこに写っていたのは自撮りをする凛子とアークヴィラが座っているはずの、だった。


「アッハッハ! ソータ。お前の家族も面白いな!」

「ひ……いやいや、ここここんなの、誰だって、驚きます!」

「まあ、初見の連中はまあそうだな」


 パクリとちくわぶを美味しそうに頬張って言う。


「ほ、ほんとにドラキュラ……」

「ドラキュラじゃない。ヴァンパイアだ」


 箸を置いて凛子に向かって微笑む。


 紗季は蒼太に向かってしみじみと、


「きゅ、吸血鬼っておでんを食べるのね」

「う、うん。なんでも食べるみたい」


 それを聞いていたアークヴィラは、


「何でも食べるよ? この御礼に今度、みんなをうちに招待しよう。ご馳走様!」


 満足した様にハンカチで口の辺りを拭いた。

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