07.聞き込みされて心臓バクバクする

 翌朝。


「蒼ちゃん! 大変! 起きて!」


 オフィスが破壊され、社員もいなくなってしまった為、漠然と今日からは無職か、位に思っていた蒼太を妹の凛子がけたたましい声と階段を登る大きな足音で起こす。


「蒼ちゃん、蒼ちゃん! 起きて起きて!」

「な、なになに……起きた、起きたから」

「これ見てぇ!」


 目の前に突き出された妹のスマホの画面には『自由の女神像に怪物が現れた』というニュースの文字が踊っていた。


 慌てて飛び起き、食い入る様にそれを見る。


 ゾンビ映画に出てくる様な怪物が突如現れた。その姿から目撃した者は口々に屍鬼グールと呼んだ。

 十数分後、ニューヨーク市警が出動し倒すと黒いガスとなって消えた。画像に映らず、レーダーと音頭感知センサーでようやく捕捉出来る程度である為、今後も警戒が必要、と続いていた。



「これって昨日、蒼ちゃんが言ってたのと同じだよね!?」

「そ、そうだね。屍鬼グール……昨日の怪物とはちょっと違う様だけど……消え方も同じだ」

「ちょっと世界、ヤバくない?」


 よろよろとベッドから起き出し、腰掛ける。通学前にそれだけを伝えに来たのであろう凛子はヤバいヤバいと言いながらまた階段を降りて行き、家を出て行った。


 頭に鋭い痛みを感じた蒼太はゆっくりと一階へと降り、薬を探す。


「大丈夫? 顔色悪いよ?」


 母の紗季が心配そうに声を掛ける。


「お前も会社があんな事になったんだ。別にすぐ働かなくてもいい。しっかり休むと良い」


 父の涼太も蒼太を気遣い、そんな言葉を掛けた。


「うん。ありがと……行ってらっしゃい」


 共働きの両親を送り出し、そのまま頭痛薬を飲み、居間でうたた寝をした。


 だがその眠りはすぐにチャイムの音で妨げられた。


 ピーンポーン……ピーンポーン……


「う、うう……あったま、痛い……」


 ピーンポーン……ピーンポーン!


「うう……出ます出ます」


 蹌踉めきながらインターホンに返事をする。画面には見知らぬ中年男性と青年の2人が並んで映っていた。


「はははい。ど、どちら様ですか?」


 すると中年男性の方が内ポケットから手帳の様なものをカメラ越しに見せながら笑顔で口を開いた。


「あ、すみませんね朝早くから。我々、緑中ヶ丘署の者なんですが昨日、この町で起こった事件について付近の方にお話を伺っています。お時間ちょっとよろしいですかね?」

「警察?」


 元来気の弱い彼は相手が警察というだけで心臓が飛び出そうになった。制服を着ていない所を見ると刑事であると思われる。


 昨日の事件といえば当然ガーゴイルが暴れ回った件と考えて間違いは無い。


 蒼太の職場の人間は彼の目の前で全員殺され、彼だけが生き残っている。


 蒼太はこの3年近く、その亡くなった社員達からずっと酷いパワハラを受けていた。


 もし話の流れでそんな所を突かれでもしたら……今までの経験上、彼に非があろうがなかろうが、言葉がしどろもどろになるのは目に見えていた。


「あ、あの、ちょ、ちょっと体調が悪いので……」


 言ってしまってから(しまった)と思った。こんなを警察が許す訳がない。


 案の定その2人は軽く目配せをし、中年の方はそっぽを向き、青年の方が笑顔で話しかけて来るという、どういう効果があるのかよく分からない連携をし出した。


「少しで構いませんので。ご協力お願いします」

「……わ、分かりました」


 観念して玄関のドアを開ける。パジャマだったがそれは仕方無いし、体調が悪いと言ったのと辻褄が合うだろうと考えた。


「な、何でしょう?」

「すみませんね、朝のお忙しい時に。お体大丈夫ですか?」

「あまり大丈夫じゃないので短めにお願いします」


 言いながら心臓がバクバクし出した。青年の刑事は笑顔を変えず、


「そうですね、では手短に行きましょう。昨日はどちらに?」


 そう聞いて来た。最も聞かれたくない事柄だった。


(どうしよう、素直にオフィスにいた事を言うか?)

(僕があそこで働いている事なんかこの人達が知っている筈ないのに自分からそんな事言う必要なんてあるのかな)

(1日、家で寝てたって言っても分からないはず……)


 色んな考えが頭を掠める。


 そして蒼太は無表情に言い放った。


「出社、してました」


 ギリギリで昨日の事を思い出した。

 アークヴィラとヴァレリオとの話が何事も無く上手く終わったのはきっと正直に話したからだ、と思ったのだ。


「出社……はい、会社はどちらです?」

「駅前の桜庭ビルの3階です」

「駅前、桜庭……」


 メモを取りながらそう呟き、驚いた顔をして中年の警察と顔を見合わせた。

 蒼太に向き直り、


「あのビルの3階、で間違いないですか?」


 目付きが鋭い。


 こういった尋問は昔から苦手だった。

 小学校の頃、何も悪い事はしていないのに教師の問いに挙動不審になってしまい、いくつかの、今となっては下らない事件の容疑者となったものだった。

 今から思えば酷いイジメもその辺りから始まった様に思える。


 色んな事を思い出し、動悸が激しくなって来るのを感じた。


「大丈夫ですか? 顔色悪いですね」

「ちょっと気分が悪くて……はい、間違いないです」

「無理だったら言ってくださいね……続けますね。昨日、そこで不審者を見ませんでしたか?」

「不審者……ってか、怪物を見ました。目の前で」


 この刑事達はあのビルの3階で何が起こったのか明らかに知っているのだ。そこに出社していた筈の自分が知らないなどは通るはずも無い。


 いや、そもそもシラを切る必要もなかったのだ。


「そうですか。一応、皆さんにお聞きしているんですが……どんな格好でしたか?」


 それにも正直に答え、続けて5、6回ほど質問が続く。


 アークヴィラとの出会いだけは流石に言えず、逃げた路地で気を失い、気が付いたら怪物はいなかったとした。


 それでようやく蒼太は解放された。刑事達は頭を下げて帰って行った。


(そうか……堂々と、正直に話せば、良かったのか)


 変に取り繕うとしたり、疑われまいとするから余計に話が拗れるのだ。


(気付くのが遅かったなあ……)


 そのまま何とか2階の自分の部屋に行き、満足感に包まれたまま、1分も経たない内に眠りに落ちた。

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