06.よし。お前、帰れ!
「さてソータ。いくつか教えてくれ」
「は、はい」
先程までのおどけた仕草とは打って変わり、アークヴィラは長い脚を組み替え、真っ直ぐに蒼太を見据えた。
「お前、あんなとこで何をしてたんだ?」
「と、言いますと……」
「おかしいだろ? パトカーが散々喚いていたのは当然聞こえているはず。外は危険だと分かっていた筈だ。何故あんなタイミングであんな所にいた?」
「あ……」
一瞬、どう話したものか、考えた。
蒼太は自分の行動について人に聞かれる事が苦手だった。
昔からろくな目にあった事がない。結果、身を守る為に嘘をついたり、それが元で更に悪い結果を招いてきた。
何故、あれだけ警察が家を出るなと言っていたのにコンビニ近くにいたのか。
いつもの様にお菓子や雑誌を買いに行った訳では無い。そもそもコンビニに入っていた訳ではなく、手前の路地に逃げこんだ所で彼女と出会しているのだ。
話せば長いし、社長や同僚が死んだ事も言わないと話が繋がらない。
(適当に取り繕う……いやいや)
それは命を助けて貰った恩人に対して不誠実だと考え、結局全てを正直に話す事にした。
「……怪物が職場に」
「……お前を追って?」
「……ほう、妹の為にな」
「……コンビニの前に……」
蒼太の言う事に一々相槌を打ちながら、アークヴィラは最後まで真剣に聞いた。
蒼太にとってこれほど説明がしやすかったのは稀な事だった。家族以外では初めてと言って良い。
いつも話の途中で「嘘を吐くな!」だの「ハッキリ喋れ!」だの大声で威嚇され、それがために萎縮していたのだ。
一瞬の静寂が辺りを包む。
「つまり」
口を開いたのはアークヴィラだった。
「会社で同僚を殺した相手、あの怪物だな、を見てしまった事で追い掛けられたんじゃないかと言う事だな? で、妹が危ない目に合わない様に勇気を出して外に出たら案の定また出会ってしまった。手前の路地に逃げ込んで、そこでたまたまあたしに出会った……」
瞬きもせず、ジッと蒼太の目を見ながらアークヴィラが確認する様に言う。
蒼太が頷くと、
「そうか。いい奴だなお前」
ようやくアークヴィラの顔に笑みが浮かんだ。
「いえ、僕なんか……」
少し視線を落とし、蒼太が呟く。
「ヴァレリオ。今ソータが言ったその怪物だが、あたしが見た所、ハッキリ言ってこの世のものでは無かったように思う」
「
「わからん……匂いは確かに近いものがある、かも? 程度だな」
「左様ですか。アークヴィラ様の邪魔をしてこなければ良いのですが」
そこでヴァレリオとアークヴィラが同じタイミングで蒼太を見た。
(え、え? 何?)
ビクつく蒼太にヴァレリオの声が響く。今度は先程までの様にわざと怯えさせる様な言い方はしなかった。
「俺からもひとつ聞かせて貰おうか。イエス、ノーで答えろ」
ハッとしてヴァレリオの目を見る。
「は、はい」
「お前、
「は……シェイド?」
狐につままれた様な顔で思わず言ってしまってから、しまった殺される、と蒼太は思った。
だが予想に反して、
「どうだ?」
ヴァレリオは表情を変えず、ただ蒼太の目を直視していた。
「いえ……あ、ノーです!」
「そうか。分かった」
ヴァレリオの質問が終わるとアークヴィラはニコリと笑った。
「よし。今日は泊まっていくか?」
「と、とと、泊ま……い、いえ、帰ります」
するとアークヴィラは少し残念そうに、
「なんで? これから毎日血をくれる仲じゃん?」
「え、毎日なんですか……」
「違うの?」
今度は悲しそうな顔をするアークヴィラに、
(可愛い……人だな。いや、ヴァンパイアか)
そんな事を思って頰を赤くし、一瞬見惚れてしまった。
その蒼太にヴァレリオが突然、吠えた。
「よし。お前、帰れ」
「え!?」
「お前からは邪な匂いがする。帰れ!」
ヴァレリオがいきり立つとまたアークヴィラがケタケタと笑い出した。蒼太は少し口を尖らせ、
「僕は何も……か、帰ります」
ようやく言い切った。
アークヴィラは残念そうな顔をしたが、やがて、
「ま、いいや。お前の家族も心配しているだろうしな」
諦めた様に笑う。と、急に今度はヴァレリオが恐ろしい提案をする。
「俺が送ってってやるよ」
蒼太の全身がブルッと震えた。
「いいいいいい、いやいや大丈夫です」
「いいから乗っていけ。バイクで送ってやる。お前、これから毎日アークヴィラ様に血を提供するんだろ。途中で怪物に襲われでもして死なれちゃ困る」
「はあ……」
この提案は正直な所、心底嫌だった蒼太だったが、「な?」と付け加えたヴァレリオの顔を見ると「お願いします……」と言わざるを得なかった。
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