03.出逢い

 反対する凛子を何とか宥め、鍵を掛ける様にきつく言って玄関から表に出る。


 外はかなり暗くなっており、視界は悪い。


 付近を走っているらしいパトカーの拡声器から、


「……絶対に家を出ないで下さい。凶悪な犯人が逃走中です。繰り返します。絶対に家を出ないで下さい……」


 そんな言葉が聞こえて来た。何台も走っている様だ。


 遂に発砲音が聞こえた。だがすぐに悲鳴に変わる。


 それもかなり近くから、だ。


(き、来た!)


 もはや自分を追って来ているのは疑い様が無い。


(どどどどうして!? ひょひょっとして僕が最初の目撃者とか? そのせい!?)


(そういえばあの怪物と目が合った気がした……そそそそのせい……?)


 とにかく明るいところへ。蒼太は悲鳴とは反対側へ走った。


 もうすぐコンビニ、という所で遂に追い付かれた。いや、回り込まれたと言うべきか。


 ドンッという大きな着地音と共にそれが店の前に降り立つ。


 背中の灰色の羽がバタバタと大きく蠢く。飛んで来たのだ。その黄色い目でギロリと睨まれた気がした。


 それはやはり、会社で見たガーゴイルの様な怪物、だった。


 コンビニ前にいた数人の悲鳴が重なった。



 背筋がゾッとし、嫌な動悸で心臓が破けそうになる。

 ヒッと小さく呻き、店の手前を曲がって細い路地へと逃げた。


 だがそこで足が止まった。


「ん?」


 言ったのは蒼太ではない。

 その路地にいた女性だった。


 黒いジャンパーとデニムのショートパンツというカジュアルな格好をしながらも、長い銀髪と宝石の様な赤い瞳がなんとも言えない色気と妖しい雰囲気を放つ、蒼太と同年代位の外国人の女性だった。


 きめの細かそうなその髪をゆっくりと揺らし、ポケットに手を突っ込んでいる彼女は蒼太を見て怪訝そうにそう言った後で少し表情を緩ませた。

 それは一瞬、怪物への恐怖を忘れてしまうほどの不思議な印象を蒼太に与える。


 思わず見惚れてしまったのは時間にすれば僅かに数瞬、我に返った蒼太はすぐにその女性に叫んだ。


「こここんな所で、な、何をしてるんですか。すす、すぐに逃げて、逃げて下さい!」


 どう見ても日本人ではない。伝わるかどうか不安だったが、それは杞憂だった様だ。


「逃げる?」


 怪訝な顔付きで蒼太を睨む。


 蒼太は背が高い方ではないが170センチ以上はある。彼女はその蒼太をぶっきらぼうにほぼ同じ目線で見返していた。


「何から?」


 ドンッ!


 蒼太の背後で再び大きなものが落ちた音がした。

 恐々振り返る彼の目に、ガーゴイルと思しき怪物が映った。


「ひ、ひぃ!」


 怪物と銀髪の女に挟まれた蒼太だったが、すぐに「に、逃げましょう!」と叫び、女性の腕を掴んで奥へ走ろうとした。


 だが。


 その女はびくともしない。


「え?」


 蒼太は力の強い方ではないが、それでも走りながら腕を掴んだのだ。ましてや女性なら1歩位よろけてもいい筈だ。


 変わらずポケットに手を突っ込んだまま怪物を見、


「なにこいつ。地球の生き物じゃないな。見た事ないんだけど」

「ちょ、何を悠長な」


 だがどれだけ蒼太が引っ張ってもその体は動かない。


「ほ――こりゃ興味深いな。こんなもんが出るなんて」


 女は混乱する蒼太に目を移し、


「なあお前。ここは助けてやるからさ、後であたしのお願い聞いてくれよ」


 流暢な日本語でそう言うとニヤリと笑った。その顔は今まで蒼太が見てきた誰とも比較出来ない程に妖しく、美しいものだった。


「え? ……は、は?」


 ガォオオオルゥゥアアアッッ!


 怪物が腕を振り上げ、彼らに襲いかかった!


 蒼太が恐怖で目を瞑った瞬間、彼の体はフワリと持ち上がり、高く跳び上がった感覚に包まれた。


 ドンッ!


 目を開けると先ほどの場所から10数メートルは後ろにいた。怪物との距離はむしろ開いている。


「え? え?」


 気付けば蒼太は彼女にお姫様抱っこをされているではないか。


「な、なななな」

「どうする? このままお前をあいつの前に放り投げようか?」


 怪物は再び鋭い爪で切り裂こうと彼ら目掛けて恐ろしいスピードで向かって来た!


「い、いや! やめっやめて」

「じゃあお願い聞いてくれる?」

「わ、わかっ、わかりました!」

「よし。助けてやろうじゃないか」


 商談成立と言わんばかりにニコリと笑うと蒼太を自分の背後にドサリと放り投げた。


「あたっ……あててて……」


 打ち所が悪かったのか、顰めっ面で腰の辺りをさすりながらもすぐに振り返る。


「……え?」


 オフィスでは大柄な社長があの怪物の腕であっさり貫かれ、殺されていた。


 だが今、それと同じ目に遭い、殺されていたのは怪物の方だった。


「あ、あ……」


 腰が抜けた様に尻餅をついて背中側に両手を着いた蒼太は、


「あ、あな、貴女は、一体……」


 そう呟くので精一杯だった。


「なんだ。ルノシェイドより弱いな」


 怪物を無造作に前に投げ捨てると不思議な事にその死体は煙を撒き散らし、消え去ってしまった。


「おっと。死に方は同じか。実に興味深いね」


 そんな事を言いながらも女は怪物に興味を無くした様に蒼太に振り返り、詰め寄った。


「さ、じゃああたしのお願いだ」

「は、ははははい。出来る事でしたら……」

「大丈夫だよ。出来る出来る。ちょっとだけ、血を吸わせてくれ」


 再びニタリと妖しく笑った。

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