第70話 球技大会、終了
またしばらく時間は進み、球技大会も終盤に差し掛かり、今目の前で行われている女子の試合が最終試合となった。
勝った方が優勝ということもあり、双方気合いが入っている。
その気合いの入ったチームの片方は晃晴たちのクラスで、コート内でたった今、戦っているのは侑と心鳴たちだ。
対して相手は最上級生のチームで、現役バレー部も所属していることもあり、完全に押されている。
晃晴たちのクラスの女子はバレー経験者も現役バレー部も少ないのだが、侑と心鳴を筆頭に運動神経のいい女子が多く、それでどうにか善戦しているという感じだ。
しかし、やはり地力の差が出て、相手チームの放ったスパイクが無情にも晃晴たちのクラス側のコートに突き刺さり、試合は終了となった。
息もつかせぬような展開の試合が終わり、体育館内は歓声に包まれる。
「あークッソ……男子も女子も負けちゃったかー」
「仕方ないだろ。さすがに現バスケ部員のレギュラーが集まった上級生のクラスは分が悪過ぎる」
隣で悔しさを露わにする颯太に、晃晴は自分たちの試合を思い出しながら、そう返す。
男子の方も準々決勝まで勝ち残り、さっきまで試合していたのだが、晃晴が言った通りの上級生のクラスに負けてしまったのだった。
「いやいや現役バスケ部員がお前しかいないのに上出来な方だって」
「分かってるけど勝ちたかったあ……!」
肩を落とす颯太に、晃晴は咲と顔を見合い、同時に肩を竦める。
そんなことをしていると、設置されたスピーカーから全競技の試合が終了したというアナウンスが流れた。
表彰式は後日行われることになっているので、今日はこのまま解散となる流れだ。
「さて、オレは女子を労いに行くけど、2人はどうすんの?」
「おれも行くよ。声もかけなかったら友達からめっちゃ文句言われそうだし」
「晃晴は?」
「まあ、行くか」
意見もまとまったところで3人揃って試合が終わったばかりの女子の所に近寄っていく。
(というか、すっかり桜井とも行動することが多くなってきたな)
交友を持ち始めたのはつい最近とはいえ、少し前の自分なら考えられないことだ。
自分を取り巻く環境は大きく変化したのだが、自分自身の変化にも感慨を覚えつつ、途中で颯太と別れ、晃晴と咲は女子たち、と言うよりは侑と心鳴の元へ。
「よっ、お疲れ」
咲が先陣を切って声をかけると、心鳴がこっちを向く。
「やーごめん。負けちった。男子の分も乗せて勝ちたかったんだけどねー」
「準優勝でも十分快挙だろ。浅宮もお疲れ」
咲に倣って、侑に労いの言葉をかけると、侑は首筋をタオルで拭いながら微笑んだ。
「ありがとうございます。日向くんもお疲れ様です」
他の男子なら間違いなく見惚れてしまうような可憐な笑みだったが、晃晴はその笑みにまったく違う感想を抱いた。
(……絶対内心でものすごく悔しがってるなこれ)
一見すると大人しそうな性格の侑だが、付き合いもそこそこになってきた晃晴は、侑がとてつもない負けず嫌いだということを知っている。
そんな侑が、負けてこんなに平静でいられるわけがない。
表情を観察するように侑を眺めていると、侑がこっちに向かってにこりと更に微笑んだ。
「なにか?」
「あ、いえ、なんでもないっす」
あまりの圧に敬語になってしまいつつ、晃晴は侑からそっと目を逸らす。
触らぬなんとやらに祟りなしだ。
「ゆうゆ、戻ろー。早く着替えないとどこも更衣室混んじゃう」
「……そうですね」
心鳴の声に少し間を置いてから侑が頷く。
着替えと言っても球技大会なので制服ではなく、皆呼びの体操服や今日だけは認可されているラフなスポーツウェアに着替えるだけなので、時間はかからない。
まあ、女子の場合、男子よりも汗をかいたあとのケアを念入りに行ったりだとか、化粧のこともあるので、その分時間が取られるのは間違いないだろうが。
「……? 晃晴? どうした?」
「……悪い。気を抜いたら一気に疲れが出ただけだから、気にするな」
先を歩いていく侑と心鳴を見て立ち尽くしていると、咲が怪訝な顔をして振り返ってきたので、返事をしつつ、隣に並ぶ。
そのまま4人で教室に着替えを取りに行く最中、侑がそっと口を開いた。
「……すみません。お手洗いに行ってくるので、先に戻っていてください」
「んー、りょーかーい」
心鳴の緩い返事を受け、侑が別の方に伸びる廊下に歩を進めていく。
晃晴はそれを眺めて、わずかに眉を顰めてから、
「悪い。俺もトイレ行ってくる」
背中で「おー」と返事を受け、侑が歩いていった方に向かう。
すぐに侑の背中に追いついた晃晴が後ろから「おい」と声を発すると、
「……っ!?」
侑が肩を跳ねさせて、勢いよく振り向いた。
「トイレはそっちじゃないぞ」
「あ……そ、そうですね。少し疲れてぼうっと……」
侑の取り繕ったような笑みと言葉には取り合わず、晃晴は視線を下ろす。
「右足か?」
「っ……! な、なんでっ」
「なんかさっき心鳴に声かけられた時、一瞬顔顰めてたような気がしたからな」
勘違いだったらそれでよかったのだが、どうやら当たりだったらしい。
恐らく、先ほどの試合中に足を挫いていたのだろう。
ため息をついた晃晴が隣に並ぶと、言い訳は無駄だと悟った侑がバツが悪そうな顔をしたのち、慌てたように声を上げた。
「で、でも軽く挫いただけで、ほんの少しだけ痛みがあるだけですので……」
「バカ。そういうのはあとから段々痛くなってくるケースが多いんだよ」
言い分をぴしゃりと跳ね除けると、侑がしゅんとして「……すみません」と俯きがちになる。
晃晴は再度ため息をつき、ほんのりと呆れの色を含ませた優しいトーンを作り声をかけた。
「まあ、お前が皆に心配をかけまいとしてやったことだっていうのは分かるから」
その言葉と自分を見つめる優しさに満ちた眼差しを受けた侑がおずおずと顔を上げる。
すると、こっちを見た途端、「あ……」と声を漏らし、なぜか徐々に頬を赤らめて、バッと勢いよく再び俯いてしまう。
「どうした?」
「なっ、なんでもないですっ」
「……そうか?」
「そうなのですっ」
明らかになにかはある様子なのだが、このまま押し問答していても侑は正直に話したりしないだろう。
それが分かっている晃晴は言及を諦め、表面上だけ納得したポーズを取った。
「ならいいけど。……ほら、肩貸すから。保健室行くんだろ?」
「い、いえ! そこまでしてもらわなくても大丈夫ですから!」
「念の為だ。普通に歩いてたし軽傷なのは本当だろうけど、なるべく体重かけない方がいいだろ」
「だ、だって……汗かいてますし……汗臭いとか思われたくないですし……」
「そんなこと思うかよ。それに、お前を放ってこのまま戻れるわけないだろ」
真剣な眼差しで見つめると、侑はまたわずかに頬を赤くして視線を落ち着かなく彷徨わせ、きゅっと口を引き結び、服の裾を握り締める。
晃晴がもう1度、「ほら」と催促すると、侑は観念したようにそっと晃晴の肩に手を置いた。
「ほ、本当に汗臭くないですか?」
「大丈夫だって。行くぞ」
もしかしたらこの場面を目撃されたら侑と付き合っている疑惑に拍車をかけるかもしれないが、そんなの今更なので、気にする必要はない。
2人は連れ添って、ゆっくりと保健室へと歩き出した。
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