第69話 惚れ直すとこなんて
晃晴が女子生徒に囲まれて辟易していた頃。咲は体育館の外に設置されている冷水機で、喉を潤していた。
そこに、誰かが近づいてくる足音がする。
「よっ」
振り返らずとも、咲にはその声は10年以上も聞き続けたものだったので、声をかけてきた相手が誰なのかが分かる。
「お前も喉渇いたのか?」
口元を拭いつつ、振り返って返事をすると、心鳴がトレードマークであるショートポニーを揺らしながら、更にこっちに近づいてきた。
「まあ、そんなとこ。あとは彼女アピール?」
「なるほど把握」
頷きつつ、心鳴に場所を譲る。
そのまま後ろからショートポニーを眺めつつ、心鳴が水を飲み終えるのを待つ。
心鳴は水を飲み終えると、体操服の裾をぐいっと持ち上げて口元を拭った。
その際にほどよく引き締まったお腹周りとかちょこんとした可愛らしいへそが見えてしまい、咲は内心でドギマギしつつ、表情には出さずに苦笑する。
「お前もうちょい人の目を気にしろよ」
「だって咲しか見てないじゃん」
「オレの目も意識しろっての」
「そんなん今更っしょ? 小さい頃は一緒にお風呂も入ってたし、今でも下着くらいまでなら全然余裕で見せられるよ」
長い付き合いなだけあって、それが本気で言っているというのも分かってしまう。
(……相変わらず、1番近いところにいるだけであって、肝心の男としては意識されてねえなこりゃ)
思わず肩を落としそうになりつつ、咲は平然を装った。
周囲から見て、幼馴染みで完全にバカップルという扱いを受けている咲と心鳴だが、そもそもこの2人は本当に付き合っているわけではない。
――2人は、中学のとある時期から利害関係の一致で偽カップルを演じているに過ぎない。
この事実は今のところ誰にも話していない上に、元々2人が幼馴染みということもあって、小さい頃から2人を知っている人間からも特に疑われるようなこともなかった。
(オレたちが勝手にやってるだけだとはいえ、友人たちに一方的に隠し事をし続けるってのは後ろめたいもんだよな)
しかし、中々こんな話を打ち明けるタイミングもありはしない。
それに、自分は心鳴のことが好きだが、心鳴は自分を異性として意識しているわけではないなんてこと、分かっていても自分の口から言うのはしんどいというのもある。
恐らくというか、ほぼ間違いなく、心鳴は自分のことをきょうだいのようであり、親友のようである小さい頃から1番近くにいる異性程度にしか思っていないのだろう。
普段の様子を見ていて、まったくの脈なしではないというのがまた辛いところでもあった。
「ってか、ゆうゆがめっちゃ可愛い件について」
「もしかしなくても、晃晴がさっきの試合活躍してたから?」
「そそ。もう目とかすっごいキラキラしてた。んで、それを指摘したらめっちゃ恥ずかしがって、晃晴が点決めても無理に澄まし顔作ろうとしてたりとか」
「ははっ、そりゃ意中の男子が活躍したら嬉しいだろうな」
「んで、他の女子が晃晴に黄色い声を上げたら、明らかにむっとしたりもしてさ」
想像してみて、なんとも微笑ましい気分になった咲はくくっと笑う。
「やーあの2人奥手だからなー。上手くいくといいけどねー」
「まあ、晃晴次第ってところじゃねえの? 浅宮さんは気持ちを自覚したんだし」
「だよねー。咲から見て晃晴はゆうゆをどう思ってそう?」
「……正直のところよく分からねえな。あいつ普段から基本的にポーカーフェイス人間だし」
最近はよく笑ったりなど表情が出るようになってきたとはいえ、付き合いの浅い咲にも心鳴にもまだまだ読めない部分の方が多い。
(……思ってることがないわけじゃねえんだけどな)
あくまで憶測で勘でしかないが、咲は晃晴に恋バナの類を振った時の様子や、侑と接している時の様子から、なんとなく感じていることがあった。
(あいつ、なんか好きな異性を作らないんじゃなくて、好きにならないように自分を押さえつけてるようにも見えるんだよな)
もちろん、自分なんかが異性に男として見られる訳がないという意識もあるのだろう。
しかし、あまりに確証のなさ過ぎる詮索なので、心鳴にわざわざ言うようなことではない。
そう結論づけた咲は、当たり障りのない感想を口にした。
「ただ、まあ悪くは思ってないのとか、少なからず異性として意識してるのは間違いないだろ」
「そりゃそうっしょ」
肩を竦めた咲に、心鳴もまた頷いた。
2人の話が一段落するのを見計らったかのように、体育館から女子が出てきて、「心鳴ー」と近寄ってくる。
「お呼びみたい。戻る?」
「ああ。次の試合は時間被ってないし、応援してっから」
「ふふん。心鳴ちゃんの華麗な活躍を見て、惚れ直すがいいさ」
「はいはい頑張れよ」
人が近くにいるのでカップルアピールをしてから、グータッチをした心鳴が迎えに来た女子の元は駆け出す。
(……ったく。人の気も知らねえで)
どうやらカップルアピールは成功したらしく(というか疑われてすらいないのだから成功する余地しかない)心鳴が迎えに来た女子にげんなりされているのを見ながら咲は小さく呟く。
「――惚れ直すとこなんてもうとっくに1ミリも残ってねえよ、バーカ」
実は一緒に遊びに出かけたり、手を繋いだりしただけで、キスはおろか、お互いに好きと言ったり言われたりもしたことがなかったりするわけで。
人の恋愛に口を出す前に、自分の方をなんとかしたいと思いつつ、咲も体育館に向かって足を進めるのだった。
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