第68話 主人公、女子に囲まれる

 先ほどの試合を終えてから。


 晃晴は他のクラスの試合を見学しようと思っていたのだが、


「日向君バスケすっごく上手だったね!」

「もしかして昔やってたりしたの?」

「あ、ああ。中学の時に……」

「えーそうなんだ! スポーツマンってカッコいいと思う!」

「私も好きー!」


 先ほどの晃晴の活躍を見ていた数人の女生徒たちに囲まれてしまい、身動きが取れない状態になっていた。


 明らかに媚びを売るようなワントーンほど甲高い声に、異性に対する対応の仕方が分からない晃晴はたじろぎつつ、内心で辟易する。


 間の悪いことに他の競技を見に行っているのか、咲も颯太も近くに姿が見えない。


「と言うか、こうして見てみると結構がっしりしてるね!」


 言いつつ、1人が手を伸ばし、肩に触れてくる。


「っ……! わ、悪い。いきなり触ったりするのは勘弁してくれ」

「あ、そうだね。ごめんごめん。けど、凄い引き締まってる感じだった!」

「えーずるい! 私も触ってみたい!」


 ますます盛り上がる女子たちに、晃晴はため息をつきたい気分で一杯になった。


(とにかくどうにかしてこの場を切り抜けないと……)


 まさか内心で自分たちのあしらい方を考えているとは露ほども思っていないだろう、女子たちが続ける。


「ねねっ、よかったら連絡先交換しない? こうして話してるのもなにかの縁ってことでさ」

「あ、いいねそれ!」


 期待を込めた目で女子たちが見上げてくるのを、ついつい晃晴はわずかに頬を引き攣らせてしまった。


 ここで首を縦に振ってしまえば、きっと四六時中メッセージが送られてくることになるだろう。


 そうなったら、女子に対して強めに出ることが出来ない自分はずるずると押し切られる形で返信をし続けることになってしまうのが目に見えている。


 いよいよ逃げ場もなくなってきて、どんどん自分の手に余る状況へと悪化していき、女子たちへの返事の猶予時間も減っていく。


 さすがにここは強めに断っておくべきだと判断した晃晴が意を決し、口を開こうとすると、

「――日向くん」


 周囲の喧噪を縫うように、静かな声音が耳朶を打った。


 よく知っている耳馴染みのある声に、晃晴はまるで救世主に出会った気分になりながら、声のした方を見る。


「浅宮。なんかあったか?」

「あっちで若槻くんが日向くんのことを探していたので、それを伝えに」

「あ、ああ。手間かけさせて悪い、すぐに行く」


 この場を離脱する理由が出来たので、これ幸いと女子たちに断りつつ、足早にこの場を抜け出し、侑の背中を追う。


 体育館を抜け出し、女子たちから離れたところで、晃晴はようやくひとごこちをついた。


「悪い、浅宮。助かった。で、咲が探してたってとこでだ?」

「……嘘です」

「え?」

「……若槻くんが探していたって言うの、嘘です。日向くんが困っていたみたいだったので」

「そうだったのか。なおさら助かった。ありがとな。嘘つくの苦手なのに」

「……いえ。状況が状況だったので」

「状況? ……えっと、浅宮?」

「……なんですか」

「なんでそんなに機嫌が悪そうなのか、お聞きしても?」


 助けに来てくれた時から薄々感じていたのだが、侑は明らかに不満げだった。


 恐る恐る問うと、侑は不満げにしながらも、どこかそんな感情を恥じるように唇を少しだけ尖らせてそっぽを向く。


 それから、小声でぽそっと呟いた。


「……だって、あんなに簡単に晃晴くんにべたべたと馴れ馴れしく触れるなんて。私でもあまり触れたことないのに」

「え?」


 予想外の言葉に面食らっていると、侑がハッとなって赤面する。


「い、今のはその、ち、違います! 忘れてください!」


 慌てて両手をわたわたと振る、侑を前に晃晴は今言われたことを飲み込み、


(要するに、友達である自分を差し置いて周りの女子が俺に触れるのが嫌だったってことか)


 半分ほど間違えた答えを導き出した晃晴は、ため息をつき。


「ん」


 両手を広げ、侑に身体を見せるようにしてみせた。


 晃晴の突然の行動の意図が汲み取れなかったらしく、侑は蒼い瞳をぱちりと瞬かせる。


「ほら、触ればいいだろ」

「え? で、でも……い、いいのですか? こう、日向くんって身体触られたりするのは苦手なんじゃ」

「あのな。特に仲良くもない奴から許可も取らずに身体触れるのは誰だって嫌だろ。場所を選んで、言ってくれれば別にいい」


 触ってもそんなに面白いものでもないだろうけどな、と付け加える。


 てっきり遠慮すると思っていたのだが、予想に反し、侑は「そ、そう……なのですか」とおずおずと手を伸ばし、さっき女子が触れた方の肩にそっと手を重ねてきた。


 ゆっくりと撫でるように感触を確かめる侑にこそばゆい気分になりながら、周囲に誰かがいないか確認を怠らない。

 

 数秒ほど肩に触れていた侑の手が離れたので、晃晴は口を開いた。


「満足か?」

「……はい。上書き出来ました」

「上書きって」


 大げさなもの言いの侑に苦笑を漏らす。


「そろそろ中に戻るか」

「そうですね。女子の次の試合ももうすぐですし。一緒に戻ると視線集めるでしょうし、私が先に戻りますね」


 そう言って踵を返したところで、晃晴は再び周囲に誰もいないことを確認して、


「――侑」


 名前で呼んで、侑を呼び止めた。


 呼び止められた侑が振り返りながら、怪訝な顔をする。


「頑張れよ。試合応援してるから」


 ほんの少し口角を上げつつ言うと、侑はきょとんとしてから微笑みを浮かべた。


「はいっ。晃晴くんも、頑張ってくださいね」

「ああ」


 お互いにエールを交換し合い、先に体育館の中に戻っていく揺れる真っ白な髪をその場で見送ったのだった。

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