第3章
第67話 球技大会とリベンジ
活気溢れる声と、誰かが走り回る足音、ボールが弾む音に混ざって、時折靴と床が擦れるキュッという甲高い音が鳴り響く体育館。
晃晴は、次の試合にある自分たちの試合に備え、ストレッチをしたり、軽くドリブルをついたりして身体を整えていた。
一通り確認を終えて、一息ついていると、誰かが横に近づいてきた気配がして、肩がポンと気安く叩かれる。
そっちを見る前からそれが誰か分かっていた、というよりは自分に対してこんな接し方をしてくる知り合いは1人しかいない。
晃晴が肩を叩いてきた人物の見やれば、そこには脳内に思い描いた通りの人物、咲がニッと口角を上げていた。
「どうだ、調子は?」
「……まあ、悪くはない」
言葉とは裏腹に実際コンディションは良かったのだが、どうにも自分で調子が良いと宣言するのはどうにも気後れしてしまい、それらしい言葉で誤魔化す。
(こういう時反射的に自信持てないところはまだまだ要改善だな)
そんな晃晴の心境を見透かしたように、咲が「なら期待出来そうだな」と笑う。
「あまり期待されてもやりづらいだけなんだけど」
「いやいや、オレが期待しなくても周りはそうはいかないだろ? ほら」
咲が顎をしゃくる先に顔を向けると、こっちを見ている複数の女生徒と目が合って、女生徒がわずかに色めき立った。
それを見てしまえば落ち着かない気持ちにはなったが、内心にだけ押し留め、そっと視線を元に戻す。
晃晴はこの間の件から、学校に行く時はなるべく髪をセットするようにしていて、今日も球技大会で身体を動かすだけとはいえ、きちんとセットをしている状態だ。
今までなら隣の咲が注目を集めているのが当たり前だったのに、今はその対象に自分が含まれていることは、まだまだ慣れそうにもない。
「それにほら。ちゃんといいとこ見せないと、だろ?」
にやりと笑った咲に、今度は促されたわけでもなく、自主的に意識と顔がそちらへと向く。
遠目からでも目立つ真っ白な髪の持ち主は、今は女子がバレーをしている最中のコートを1つ挟んだ先で、ショートポニーの友人と並んで座り、談笑をしているところだった。
(って言っても侑も今日はポニテなんだけど)
普段は割とそのまま下ろした状態でいることが多いので、運動時に見られるポニーテールは割とレアだ。
なんとはなしにそのまま見続けていると、心鳴がこっちの視線に気がついたのか、ふと顔をこっちに向けた。
晃晴が自分たちのことを見ているということに気がついた心鳴は、侑にそれを教えるようにこっちを指差す。
心鳴に教えられた侑はこっちに蒼い瞳を向けると、少しだけ目を丸くして、なぜか視線を彷徨わせたように見えた。
なにを考えているのかは分からなかったが、まるで取り繕ったような澄まし顔で、侑が控えめに手を振ってきたので、無視をするわけにもいかず、晃晴は片手を軽く挙げ返すことで応じる。
侑は有名人なので普段から注目を集めているのだが、それに加え今は晃晴も注目を集める身。
そうなると今の2人のやりとりは必然的に多くの人間に目撃されることとなり、色めき立つような声とざわつくような声が先ほどまで体育館に響いていた音の中に新たに加えられることとなった。
「おー、さっすが今話題のまっただ中にいる中心人物はすげえなあ」
「……こうなるような行動を取ったのは自分とはいえ、見世物扱いが過ぎる」
疲れたように呟くと、咲が笑いながら、
「まあまあ、今だけだって。皆物珍しさで見てるだけだから。これが当たり前だって認識されたら自然に落ち着いてくるって」
「……だといいけどな」
ちなみに、先日の一件の噂話の着地点は、主に2つに別れている。
1つは侑の性格をよく知っているクラスメイトを中心とした派閥で、晃晴と侑が名字で呼び合っていることもあって、本当にただ友人であるだけだと思っている勢。
2つ目は、侑と晃晴が交際をしていると思っている勢だ。
勢力としては侑の人となりを知っている人物がそもそもあまりいないこともあって、後者の方が圧倒的に多い傾向にある。
「2人してなんの話してるの?」
眉根を寄せている晃晴と笑っている咲が気になったのか、他の場所で別の人間と話をしていた颯太が不思議そうにしながら近づいてきた。
「晃晴が周りからかなり期待されてるって話」
「ああ、なるほど」
頷いた颯太がこっちを見て、口角を上げる。
「ちなみに、おれも日向に期待してる人間の1人だから」
「わざわざ言わなくていい。プレッシャーにしかならない」
「まあまあ、そう言わずに。期待してるのは本当のことだし、素直に受け取ってよ」
「……善処はするよ」
まるで邪気の感じられない笑みを向けられ、晃晴はため息をついてから、ぶっきらぼうに応じた。
「けど、人に言うだけ言っておいて、自分だけなにもしないなんてなしだからな」
「分かってるって。どうせ目指すなら優勝1択だからね。咲も頼むよ」
「はいはい。仰せのままに」
3人で並んで談笑をしていると、試合終了のブザーが鳴り響いた。
晃晴たちの初戦は同学年の別のクラスだ。
いつも合同で行っているクラスではない離れているクラスなので、相手の情報はなにも分からない。
「最初のメンツはどうする?」
ルールとしては全試合を通して全員が1度は出場しないといけないというものと、現役のバスケ部員は連続出場は出来ないというものしかないので、割と融通の利く感じだろう。
試合時間は多く試合をしないといけないので、10分×2セットの20分と短めに設定されている。
「……そうだね」
咲に問われた颯太が顎に指を添え、考えるポーズを取る。
現役バスケ部で1年の中で既にスタメン争いをしている颯太が必然的にリーダーの役目を任されているので、人選も彼に一任されているのだった。
「おれが最初に出てもいいけど、もし相手に経験者がいたら巻き返すのが難しくなるかもしれないし、おれは2セット目で出ることにするよ」
「じゃあ、オレと晃晴で先発して相手の情報を引き出す感じでいいか?」
「そうだね。日向と咲が出てれば相手に経験者がいたとしても大きく点差が離されるって心配もないだろうし」
どうにも無条件で期待されるのは、晃晴にとってむずがゆいのだが、ここで俺なんかという自虐を挟むわけにもいかないだろう。
颯太が「日向、いける?」と聞いてくるのに対し、晃晴は「分かった」と返し、咲と他のクラスメイト共にコートの中へ。
「いっちょかましてやろうぜ、晃晴」
「……ああ」
ニヤッと笑った咲が拳を突き出してきたので、晃晴も拳を突き出して応えた。
本来の試合ならジャンプボールから試合は開始されるが、綺麗にボールを上に投げられる教師がいないので、ジャンケンで先攻後攻を決め、晃晴たちのクラスが先行となり、試合が始まる。
クラスメイトからボールを受け取った晃晴は、ひとまずゆったりとドリブルをつきながら状況を確認しつつ、相手ゴールに向かっていく。
本来の晃晴の経験したことがあるポジションは司令塔のガードではないのだが、球技大会レベルならなんとかこなせるだろう。
(さて、最初は様子見で……ん)
じっくり時間を使って組み立てようと視線を巡らせていると、咲と目が合って、「へい」とパスを要求してくる。
(……ったく。様子見するつもりだったのに)
仕方ないので、ボールを咲へとパスをした。どうやら、ワンオンワンがご所望らしい。
ボールを受け取った咲が、好戦的な笑みを浮かべながらリズムよくドリブルをついて、相手と対峙する。
「オッケー、んじゃ……行っくぜ、っと!」
細かい動きでフェイントをかけ、右側から咲が切り込んでいく。
当然、ディフェンスは抜かれないようについて行こうとするが、相手が大きく股を開いた瞬間、咲が狙いすましたかのように、相手の股にボールを通した。
「ああ!?」
鮮やかに股抜きを決めて見せた咲はそのままレイアップで得点し、ビシッとある一方を指差す。
指を差した先にはちょうど男子の試合を見ていた心鳴がいて、咲はそのままピストルのように心鳴を打ち抜くポーズを取った。
「きゃー! 咲、チャラーい!」
「おい彼女! そこはカッコいいって言えよ!」
幼馴染み同士の息の合った掛け合いに、咲のスーパープレイを見て盛り上がっていた観客たちが更にどっと沸く。
「お前球技大会で股抜きって……この目立ちたがり」
「いやいや、ファンサービスは大事だぜ?」
「1番のファンには不評みたいだったけどな」
「うっせえ。次はお前の番だぞ」
「やらねえから」
「そんなこと言ってられるのかな?」
意地の悪い笑みを浮かべた咲が顎をしゃくる。
怪訝に思いつつ、そっちを見やればさっきと同じく心鳴の隣には侑が立っていた。
目が合うと、侑は両手をぐっと胸元で握り、むんっという表情になる。
蒼い瞳からは晃晴に対するエールと期待がひしひしと伝わってきた。
(……マジですか)
それを見てしまった晃晴は、思わず頬を軽く引き攣らせてしまう。
これで、やる以外の選択肢はなくなったわけだ。
晃晴はため息をついてから、意識を切り替える。
「……とりあえずディフェンスしっかり止めるぞ」
「あいあい。というか今の間に攻められてないのな」
相手も動揺していたのかもしれないし、ヒーローもので変身中に敵が攻撃するのはタブーに似たものなのかもしれない。
とにもかくにも、相手が打ったシュートはハズレ、しっかり味方がリバウンドを取ってから、再びこっちボールでリスタートをする。
「晃晴!」
咲からボールが回ってきて、受け取った晃晴は力を抜いてボールを構えた。
「行かすかよ! 食い止めて逆に俺が浅宮さんにいいとこ見せてやる!」
目的が少々アレだが、気合い十分な相手が待ち構える。
「……っ!」
対し、晃晴は左手でドリブルをつきながら、右側に仕掛けると同時にレッグスルーで右手に持ち替えた。
その動きに釣られて相手も右側に動く。
そこで、晃晴は右足を軸にするように回転して、背中を相手に見せるようにしながら、背中側で緩急をつけるようにビハインドドリブルをつき、右手から左手に再びボールを戻す。
「は?」
あまりに隙だらけの行動にディフェンスの戸惑う声が背後から聞こえてくるが、その隙をつくように身体を正面に向け直しながら加速して、左側から一気に相手を抜き去った。
「はあ!? なんだそれ!?」
後ろから抜いた相手の声が聞こえてくるが、晃晴は足を止めずにそのままレイアップで得点を決める。
晃晴の一連のプレーに、見ていた観客が歓声を上げた。
「お前そんなん出来んのかよ」
「まあ、初見でしか通用しないけどな」
目を丸くして近寄ってきた咲に、肩を竦めて応じる。
身長も平均程度でドリブルのハンドリングもあまり自信のない晃晴が、動画を見て練習した技だった。
(不安だったけど、上手く決まってよかった)
内心でホッとしつつ、侑を見ると、
「……っ! ……っ!」
瞳をきらきらさせていた。
どうやら満足いただけたらしい。
とにもかくにも、晃晴と咲のプレーで味方の士気は上がり、上手く流れを引き寄せたことで前半は大きく点差をつけて終えることが出来た。
コートから出た晃晴たちを颯太がどこか興奮した様子で迎え入れる。
「2人ともお疲れ。これはおれも負けてられないな」
「いや、桜井が本気出したら相手チーム心折れるぞ多分」
「あはは。けどおれ、勝負事で手は抜けないタチだから」
爽やかそうに見えて実は颯太も相当な負けず嫌いだったらしい。
(なんか、火をつけたらいけないやつに着火してしまったらしい。悪い、相手チーム)
心の中で相手チームへの謝罪と合掌を済ませていると、颯太がにこにことこっちを見つめてきていた。
「……なんだよ」
嫌な予感がして、顔を顰めながら問うと、颯太が笑顔のまま口を開く。
「おれ、日向とプレーしてみたいから後半もそのまま出てくれない?」
「……いや、疲れてるし」
「いやいや、全然息切れてないじゃん。日向って線は細いけど、普段から相当鍛えてるよね」
「……俺、咲がお前を腹黒って言う理由がよく分かった気がする」
「えーそんなことないって。さ、気合い入れていこ」
どう言っても晃晴が後半にも連続で出場するのはもはや颯太の中で決定事項らしい。
晃晴は諦めのため息を吐き出して、再びコートの中に足を踏み入れた。
そして、着火した現役バスケ部の1年エース格が躍動した結果、大差に大差を重ねた状態になって、試合はあっという間に終盤に。
既に諦めても許されそうなくらいなのに、それでも相手チームは諦めずに食らいついてくる。
(時間的にラストワンプレーってとこか)
晃晴はタイマーを一瞥し、ふっと息を吐いた。
試合的には勝利は確定しているが、勝負事であまり手を抜きたくない。
相手がパスを回しているのを集中して観察していると、颯太が1人に激しくプレッシャーをかけにいった。
颯太がプレッシャーをかけたことで、パスコースが絞られ、晃晴が相手のパスをカットして弾く。
「ナイス日向!」
ボールを拾った颯太がそのまま勢いよく相手コートに向かっていく。
晃晴もまた、あとを追うように駆け出した。
「行かせるか!」
しかし、スリーポイントライン付近で颯太が相手に追いつかれてしまう。
晃晴もすぐ後ろに追いついていたので、状況は2対1。
そこで、颯太が一瞬だけこっちを見て、口角を上げる。
(なんか企んでるな……って、このシチュエーションって前にも……)
狙ったわけではないが、今の状況は球技大会の練習の時に、最後に晃晴がスリーポイントを外してしまった状況と同じだった。
(ってことは、もしかして)
颯太の狙いを予想した晃晴は、パスを受け取りにゴールに向かって走るのではなく、颯太たちから少し離れたスリーポイントラインの前へと動く。
それと同時に、颯太が左手でドリブルをつきながら右側から仕掛け、ディフェンスもそれに合わせて動いたところで、颯太がニッと笑い、背中側に回したボールを右肘でこっちに向かって飛ばしてきた。
(エルボーパスってマジかよこいつ)
さらっと行われたスーパープレーに驚愕しながらボールを受け取った晃晴は膝を曲げてシュートを放ち、放物線を描いたボールは、
――リングに当たることなく、ネットを潜り抜けた。
瞬間、試合終了のブザーと、観客の歓声が一気に押し寄せてくる。
「ナイッシュー日向」
「ああ。そっちもナイスパス」
片手を挙げて近づいてきた颯太に合わせて晃晴も片手を挙げてハイタッチで応えた。
「リベンジ達成おめでとう」
「覚えてたのか」
「まあね。あの状況は本当にたまたまだったけど。よーし、とにかくまずは無事1回戦突破ー!」
両手を突き上げて去って行く颯太に、晃晴はふうと一息吐いて、
「桜井」
颯太を呼び止めた。
「ん? なに?」
「――俺、助っ人引き受けるよ」
「え!? マジで!? いいの!?」
「ああ。なんかリベンジも果たせて、ようやく決心がついた。遅くなって悪い」
「全然いいよ! よろしく、日向!」
嬉々として再び駆け寄ってきて手を差し出してくる颯太に頬を軽く緩めた晃晴は「ああ」と返事をしつつ、握手に応じたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます