第66話 そんなバッドエンド、見たくなかったから

 それから、なんとなくそのまま解散とはならずに、晃晴は侑とひまりと一緒にしばらく練習をこなした。


 と言っても、侑もひまりも普段着だったので、晃晴がシュートを打ったらボールを回収しにいく程度のものだったのだが。


 最初はかなりぎこちなかった侑とひまりも、練習が終わり、公園を出る頃にはほんの少しだけぎこちない程度になった。


 和解したと言っても、やはりすぐには完全に元には戻らないらしい。


(それも時間の問題だろうけどな)


 自分の少し前を歩く侑とひまりを見て、晃晴がこっそりと口元を緩めていると、表通りの道に出た。


 ——ププッ!


 途端に道端に停まっていた車にクラクションを鳴らされ、意識と視線がそっちに吸い寄せられる。


 視線の先、存在をアピールしてきた車の窓から、顔を出し、ひらりと手を振ってきたのは、


「お母さん!?」

「叔母さん!?」


 侑とひまりの保護者である、姫川雪その人だった。


 その人に好かれそうな柔和な笑みは初めて会った時からそんなに時間が経っていないので当たり前なのだが、会った時のまま、記憶にあった通りだ。


「な、なんでここにいるの!?」

「なんでって、2人の大事な娘のことが気がかりだったからだけど」


 言いながら、「ねっ」とこっちに向けてウィンクを飛ばしてくる雪に、晃晴は意外そうな目を向けた。


「てっきり公園まで様子を見に来るものだと思ってました」

「んー、それも考えたんだけどね。……やっぱり、大人がいたら話せないことだってあるでしょ? 今回のことは特に」


 なるほど、と得心の声を出しながら、晃晴は一昨日の夜、雪に電話をかけた時のことを脳裏に浮かべる。


 端的に言って、雪はひまりと侑がぎくしゃくしていることには気がついていたのだ。


 しかし、親が仲良くしろと言ったところで、はい、分かりました、なんてことにはならないだろうし、表面上だけ上手くやるようになられても困ることになる。


 デリケートな問題なだけあって、踏み込むのを躊躇している間に、ひまりが海外へ留学に行ったりなど、事態が悪化してしまったらしい。


「ね、ちょっと2人で話さない?」


 物思いに耽っていると、いつの間にか車から降りてきていた雪が、そう提案してきた。


「……分かりました」


 断る理由は無いので、素直に提案を呑む。


 2人はここで待っててね、と言い、歩き出す雪のあとを遅れてついていくと、車から少し離れた所で雪が立ち止まった。


「改めて、ありがとね。晃晴クン」


 柔和な笑みを向けられて、晃晴は居心地の悪さを感じ、視線を逸らす。


「……焚き付けるだけ焚き付けておいて、結局は肝心な部分を侑たちに丸投げしただけですよ、俺は。頑張ったのは侑とひめか……ひまりです」


 言い訳でも探すように走っていく車を目で追いながら、「それに」と続ける。


「上手くいったからよかったものの、もしかしたら関係をもっと悪化させていた可能性もあったんです」


 人の家族の問題に首を突っ込んでおいて、手放しに褒められ、感謝を伝えられるのは、どうにも決まりが悪かった。


「だから、免罪符が必要だった。だよね」

「……はい」


 免罪符という単語に、晃晴はまた、雪との電話のことを思い浮かべる。


 弱い自分が人の家族の問題に首を突っ込んでも許されるように、晃晴は雪に免罪符が欲しいと口にしたのだ。


(保護者からの許可。それが、侑と姫川のことに首を突っ込む上での分かりやすい免罪符だったから)


 思考の海から抜け出すように、ふっ、と浅く息を吐く。


「ごめんね。本当なら、これは保護者の私が責任を持ってやらないといけないことなのに、押しつけちゃって」

「いえ、俺が勝手に首を突っ込んだだけですから」

「……このことだけじゃなくて、約束のことも。ちゃんと守ってくれてるのにも、感謝してるんだよ?」


 ぽふん、と頭に手を置かれ、ニッと歯を見せて笑う雪に面映くなるが、振り払うわけにもいかず、結局されるがままに撫でられ続ける。


 それから、「約束、ですから」とそっぽを向いた。


 雪は満足そうに声を上げて笑い、心ゆくまで晃晴の頭を撫でてから、


「よし、そんじゃそろそろ戻ろうか。お姫様2人を待たせ過ぎて文句言われそうだし」

「……ですね」


 こっちを見る侑とひまりに視線を向けた晃晴は、苦笑を零す。


「なんか頭撫でられてたけど」

「叔母さんと一体どういう話を?」

「……話したらわざわざ離れた意味無いだろ」


 肩を竦めながら言葉を濁すと、なぜか侑が少しむっとした顔になった。


 それに気づかない振りをする為にスマホを取り出して時間を確認するようなポーズを取ると、視界の端で侑がもっとむくれたのが映る。


「……ひ、日向」


 震える声で呼ばれ、顔をそっちに向けると、ひまりが腰の後ろに手を隠すようにそわそわとしていた。


「どうした?」


 聞き返すと、ひまりは眠た気な瞳を泳がせたあと、スマホを握った手を眼前に突き出し、潤んだ瞳の上目遣いで見つめてくる。


「わ、わたしとも友達になってくれる……?」


 晃晴はその申し出に少し、ぽかんとして、


「ああ、もちろん」


 ふっと頬を緩めた。


 ホッと胸を撫で下ろしたひまりと、連絡先を交換すると、ひまりは緊張したように、口を開いた。


「……色々とありがとね。……こ、晃晴……っ!」

「……ああ。これからよろしくな、ひまり」


 名前で呼ばれ返されたことに、ひまりが安堵の微笑みを浮かべる。


 それから、晃晴とひまりのやり取りをにこにこと見守っていた雪が「さーて」と声を上げた。


「それじゃ、皆でご飯でも行く? 晃晴クンも。お姉さんが奢ってあげよう」

「……やめて、お母さん。友達の前で。実の母親が自分のことをお姉さんと自称してるとか恥ずかしいから」

「まったく持ってその通りです」

「娘2人が冷たい!」


 オーバーなリアクションで肩を驚き、肩を落とす雪を見て、ひまりと侑が肩を揺らして笑う。


 釣られて晃晴も頬を緩めてから、


「せっかくのお誘いなんですけど、俺は遠慮させてもらいます。久しぶりの家族水入らず、ですから」


 晃晴がそう告げると、雪はほんのわずかにきょとんとして、「……それもそうだね」と相好を崩した。


 晃晴を除いた3人で食事に行くことで話がまとまったように見えたが、ふと、侑がちらちらとこっちをうかがっていることに気がつく。


「……行きたいんだろ? いいから行ってこい」

「あ……は、はいっ」


 晃晴が柔らかい声音で促すと、弾んだ返事が返ってきた。


「じゃ、行くとしましょうか。ほらほら、車に乗った乗った」


 雪が侑の背中を押して、車の方へ歩いていく。


(さて、俺はどうしようかな)


 一旦荷物を置きに部屋に戻ってどこか食べにでも、と考えていると、袖の辺りが控えめにくんっと引かれた。


 そっちを見やると、ひまりがまだそこに残って、こっちを見上げてきていた。


「なんだ? まだなにかあるのか?」

「うん。あのさ、ひな……晃晴は結局なんでわたしたちのことに関わろうと思ったのか、聞いてもいい?」


 ちらり、と車の方を見ると、雪と侑は既に車に乗り込んでいた。


 あまり待たせるわけにもいかないだろう、と晃晴は目を空に向けて、少し考えてから、


「……俺さ、一応主人公志望してるだろ?」

「うん」

「だから、自分の為にやったんだよ」

「……どういうこと?」


 小首を傾げるひまりを一瞥し、晃晴は片手で頭を雑に掻いた。


「お互いが想い合ってるのに、言葉足らずですれ違って終わるなんて……そんなバッドエンド、俺は見たくなかったんだよ」

「えーっと……つまり……?」

「あーもう要するに俺がただ単に放っておけなかったんだよ! 悪いか!」


 気恥ずかしさに早口で投げやり気味に言い終わると同時に、晃晴がぷいっとそっぽを向くと、一白置いてから、


「あは、あはははははっ」


 弾けたような笑い声が耳朶を打つ。


(臭いセリフだと自覚はあるけど、そこまで笑うかよ……!)


 否応無しに、顔に熱が集まってきて、晃晴は笑い声が収まるまで、そっぽを向き続けることで抵抗の意を示した。


「あーもういいだろ、早く行けよ。2人が待ってるだろ」

「……うん。改めてありがと。またね」


 去っていくひまりの背中に晃晴はまたなと返そうとしてから、少し逡巡し、


「ひまり!」


 背中に向かって名前を呼びかけた。


「……? なに?」


 呼び止められたひまりは、誰かにそっくりなきょとんとした表情で、首を傾げる。


「俺、昔はヒーローを目指してたんだよ」

「……ヒーロー?」

「ああ。んで、割とつい最近まで抜け殻みたいになってたんだよ」

「うん」

「だから、俺もまた歩き出せたんだからさ、ひまりにも出来る。それだけ最後に伝えときたかったんだ」

「……そっか。うん、ありがと」


 ひまりが晴れやかに笑い、改めて別れの挨拶をしたのち、車に乗り込んでいくのを見送る。


 車の中から控えめに手を振ってくる侑とひまりに片手を軽く挙げて答え、姿が見えなくなるまでその場で眺めてから、晃晴は空を見上げ、そう言えばと思い出した。


 ひまり、という名前の由来は恐らく陽の葵。


 太陽と、その光に向かって伸びていく花やひだまりという言葉を連想する名前だ。


(……なるほど、ぴったりだな)


 さっきひまりが浮かべた笑顔は、ひだまりの中で花開く、大輪の向日葵を連想させるものだった。






 そして、時間は経ち、クラスマッチ当日になった。


 侑が見つめる先にはバレーに興じている自分のクラスメイトたちと、相手チームの姿。


 侑の隣には心鳴が座っていて、同じようにコートを眺めていた。


「……あの、有沢さん」

「んー、なにー」

「聞きたいことがあるのですけど……」

「んー……ダメ」

「……え!?」


 まさか断られるとは思っていなかったので、侑はコート内に向けていた目を思わず心鳴の方に向けてしまう。


「……ゆうゆ。実はあたし、まだ1人になろうとしたことに対して、若干怒っています」

「あ、す、すみません……」


 そのことに関しては完全に自分の暴走なので、返す言葉も無い。


「……あ、あの……どうすれば許してもらえるのでしょうか……? 私に出来ることなら、なんでも……」

「名前」

「え?」

「名前で呼んでくれたらゆるーす」


 ニッと口角を上げる心鳴に、侑はぱちり、と瞳を瞬かせてから、きゅっと唇を引き結んだ。


「……こ、こな、ちゃん」

「よし、許した! んで、聞きたいことってなに?」


 希望が叶ってご満悦の心鳴が、改めて聞き返してきた。


 侑はわずかに緊張した面持ちで、恐る恐る口を開く。


「あり……心、鳴ちゃんは、どうやって若槻くんと付き合うことが出来たのでしょうか」


 侑の質問に、心鳴はまじまじと侑の顔を見て、視界を別の場所に向けて「ふーん」と呟く。


 心鳴が向けている視線の先には、咲と颯太と話している晃晴がいた。


 再び侑の方に視線を戻してきた心鳴が、


「なるほどなるほど」


 とイタズラっぽく笑う。


「な、なんですか、その顔は」

「いやーべっつにー。それはゆうゆが1番よく分かってるんじゃないかなー?」

「も、もうっ、あり……心鳴ちゃん!」


 侑が赤面しながら狼狽えるのを見て、心鳴が笑い声を上げた。


「話してあげたいところなんだけど、長くなりそうだしここじゃちょーっとね? それに、ほら」


 心鳴が指を差した先で、侑を呼んでいるクラスメイトが立っている。


 どうやら、出番のようだった。


「この話はまた今度、ね?」

「……分かりました。ひとまず、行ってきますね」

「んー、行ってらー」


 クラスメイトと交代でコートの中に入っていく侑を笑顔でひらひらと手を振って見送り、心鳴は独りごちる。


「——ごめんね、ゆうゆ。どうやったら付き合えるのかは、あたしにも分かんないや」


 ——だってあたしたち、本当に付き合ってるわけじゃないからね。


 呟いた言葉は、どこかから響いてきたブザーの音に掻き消された。






***

 

本文とは関係のないあとがきになります!


これにて第2章は終了となります!

皆さんの応援のお陰でこの小説も、なんと日間で50位内、週間でも50位内にランクインすることが出来ました!

本当にありがとうございます!


引き続き頑張っていきますので、この小説が面白い、続きが気になると思っていただけた方は、


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