第9話 メインヒロインと風呂上がり。そして彼女は語り始める
「……やっぱデカいな、服」
頭を冷やすべく、傘を差した状態での出来る限りの全力疾走でコンビニで必要なものを買って戻ってきたあと。
晃晴は風呂から上がってきた侑の姿を見て、呟いた。
「そう、ですね。こんなに違うものなのですね」
侑は目の前で余っている袖をしげしげと眺め、感心した様子だ。
男子の平均的体型の晃晴のものでも、やはり女子にとっては大きかったらしい。
服を着ているというよりは、服に着られているといった感じ。
しかし、それでもどことなく品があり、絵になってしまうのは美少女が故になのだろう。
「動きづらそうだな」
「まあ、それは袖と裾を捲れば大丈夫なのですが……その……自分のものではない匂いが……」
「もしかして臭かったか?」
「いえ、そういう意味ではなく……いい匂いなのですが落ち着きません」
侑が袖を自分の鼻に近づけてすんすんと嗅いだ。
「わざわざ嗅ぐなよ……恥ずかしいだろ」
「あ、す、すみません。つい……」
またもや2人の間に気まずい空気が流れてしまう。
「あの、先程は本当にすみませんでした。取り乱してしまって……」
言葉に詰まり、なにを言おうか迷っていると、侑が先に切り出してきた。
先程、というのはもちろん停電時の抱きつきのことだろう。
羞恥からなのか、顔も赤く、晃晴からは微妙に視線が逸れており、パーカーの腹部をぎゅっと握りしめている。
「あ、あー……いや、風呂入ってる時に停電は怖いだろ。仕方ないって」
釣られて、背中に柔らかな感触が蘇ってきて、そっと目を逸らした。
「お、お互いになにもなかったってことにして、気にしないようにしよう」
「そ、そうですね。その方がお互いの為ですね」
「じゃ、じゃあ……俺も風呂入ってくるから」
侑の言葉を待たずして、晃晴は逃げるように着替えを取ってきて、脱衣所へと駆け込んだ。
とにかく一度落ち着かないといけない。
そう思いながら、浴室へと足を踏み入れたのだが……。
「——なに作ってるんだ、それ」
ゆっくりすることなく、手早くシャワーだけを浴びて風呂を出ると、侑がキッチンに立って料理の準備をしていた。
手元を覗き込みつつ、尋ねる。
「パエリアとサラダです。随分とお風呂、早かったですね」
「……普段からあまり長風呂はしないんだよ」
嘘だった。
あまり長風呂をしないというのは本当だが、いつもはここまで早くない。
さっきまで侑が湯船に浸かっていたり、身体を洗ったりしていたというのを意識してしまい、落ち着かなくて、入浴どころではなかったのだ。
ただでさえ、裸体の感触を味わった……もとい、押し付けられたばかり。
浴室に残っていた誰かが使用したあとや、残り香が生々しくて、とてもじゃないが、平静を保つことが出来そうになかった。
(……というか、あまりにも非現実的すぎたし、自分で言ったことだったからなのか……俺、平然と女性用下着を買ってるよな)
コンビニで売ってあるものなんて、色気もへったくれもないもの。
しかし、思い返せばとてつもなく恥ずかしいことをしているような気がする。
「パエリア? 炊飯器、壊れてるから米は……」
色々と気のせいとすることにした晃晴は、炊飯器のことを伝え忘れていたのを思い出した。
「大丈夫ですよ。フライパンで作れるものなので」
「へえ、そうなのか」
てっきり炊き込みご飯的なあれで、炊飯器で作るものだと思っていた。
「手伝いたいところだけど、自炊始めて1ヶ月の男子高校生が手を出せる領域じゃなさそうだな」
晃晴の中の辞書にある自炊関連の文字は、チャーハンとパスタのみ。
弱者は黙って待ちに徹しておくべきだと悟った。
「今日のお礼なので、私に作らせてください。日向くんは寛いでいてください」
「ああ。そうさせてもらう」
言われた通り、ソファに身を沈めた。
そのまま、ちょこちょことした動きに合わせて揺れる真っ白な髪を眺める。
(なんか、落ち着かない光景だな)
少し前まで話したこともなかった女子が、自分の部屋に泊まることになり、自分の服を着て、料理を作っている。
恋愛ごとに苦手意識出来てしまったといえど、晃晴も男。
こういったことは何度も妄想したことはある。
しかし、実際こうしてみれば、どうしても違和感が勝ってしまう。
ついでに、なにを話せばいいのか分からない。
「日向くんはなにか部活はやらないのですか?」
脳内でトークデッキを探っていると、侑の方から話しかけられた。
「俺? 入らないぞ」
「そうなのですか?」
背中を見せているので、表情は見えない。
だが、声音が意外だ、というニュアンスだったので、晃晴は怪訝に思いながら口を開いた。
「そんなに意外か? 別に高校で部活に入らないやつなんてそこまで珍しくないだろ」
「だって、かなり鍛えてるみたいでしたから。見た目だけじゃなくて、感触もがっしりしてた感じで」
「……そっちが蒸し返すのかよ」
「えっ、あっ……!」
脳裏に上半身半裸を見せてしまった時のことや、お姫様抱っこをしたこと、抱きつかれたことが一気に蘇ってきてしまった。
それは恐らく、侑も同じ。
またもお互いの間に気まずい空気が生まれてしまう。
「……俺の方は、昔バスケをやってたから。あと、ヒーローになりたかったって話しただろ。もう習慣づいてるんだよ、鍛えたりするのが」
「そうなのですか……すみません。言いづらいことを聞いてしまいましたね」
「気にしないでくれ。……言ってしまえば、苦手だからな。人間関係とか、集団の中に入るのとか、だから入らない」
これから先のことは分からないが、少なくとも、今は集団に属する気にはならなかった。
「浅宮は? なにかやらないのか」
「私も入りません。特にやりたいこともありませんし……日向くんと同じで集団が得意ではないので」
「ああ。そんな感じする」
納得出来る、と頷く。
「それに……人に頼ったりするのは、もっと苦手ですから。部活なんて無理ですよ」
「さっきも言ってたよな、それ」
忘れていたわけではないが、踏み込んでいいものか分からなかったので、晃晴からは改めて聞けなかったことだ。
「……はい。あの……」
「話したくなければ、それでいいよ」
「え?」
侑が作業の手を止めてこっちを見てくる。
「誰にだって話しづらいことの1つや2つ、あるもんだしな」
晃晴だって、全てを侑に話したわけではない。
成り行きでこうしているだけであって、侑とは親しくなったわけじゃない。
混み入った話をするには、お互いに信頼度が足りていないだろう。
「それにさ、人に踏み込むのも踏み込まれるのも、すごい怖くて勇気のいることだろ」
その言葉に、侑の目がわずかに見開かれた。
そして、こくこくと小刻みに頷く。
どうやら共感を得られたらしい。
「だからまあ、無理に話さなくてもいい」
言いながら、ソファから少しだけ身体を起こす。
侑はそんな晃晴の姿を真面目な顔で見つめ、なにかを考えている様子だった。
(なに考えてるのかは分からないけど、これ以上俺から言えることはないよな)
現段階で言えることは言った。
あとは侑がどういう答えを出すのか、だ。
「日向くん」
ゲームでもしようと身体を動かしかけて、短く呼ばれた名前に、顔だけ侑の方へ向けた。
「その……聞いて、いただけますか……?」
控えめにこっちをチラチラとうかがってくる。
ただ話を聞いてもらうことを頼むのも、侑にとってはかなり勇気をかき集めないといけないものらしい。
「浅宮がいいなら聞くけど、本当にいいのか」
「……はい。そもそも、私も日向くんのお話を無理矢理聞き出したようなものですし、私だけ言わないのは、不公平、ですので」
さっきまでためらっていたくせに、侑が急に鹿爪らしいことを言い始めたので、思わずちょっと吹き出してしまった。
「なっ、どうして笑うのですかっ」
「いや、真面目かって思ってさ」
拗ねたように睨んでくる侑に平謝りして、話をちゃんと聞く為に身体ごと侑に向き直った。
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