第10話 メインヒロインの過去

「——実は私、小さい頃に両親に捨てられたんです」

「………………は? ちょ、ちょっと待て」


 話を聞くつもりでいたはずだったが、侑がさらっと口にした言葉に、思わず話を遮ってしまう。


「なんですか?」

「いや、なんですかって……そんな大事な話、俺なんかにしていいのかよ」


 それなりに重い話がくると覚悟はしていた。

 だが、予想していたより遥か上。


 真正面からの衝撃に備えていたら、背後から別の衝撃に襲われたような感覚だった。


「構いません。私は日向くんにワガママを言って、話を聞いてもらっている立場です。それなら、きちんと話すべきですから」

「でもな……」

「最初から話した方が、私も説明しやすいのですよ」


 優しく澄んだ蒼色に見つめられてしまい、晃晴はもうこれ以上なにも言えなくなってしまう。


(けど、本当になんで俺なんかにそんな重要な話をする気になったんだ)


 この話を聞くのは、もっと相応しい人物がいるはずだ。


 ——それは決してお前じゃない。

 根付いた劣等感が、そっと囁いてくる。

 

 晃晴はそんな囁きに気付いていたが、侑の話に集中することで、聞こえない振りをしてやり過ごす。

 

「……親に捨てられて、今は……?」

「今は、叔父と叔母の家にお世話になっています」


 親に捨てられたということに、なにも感じていないわけがないだろう。


 しかし、本人の無表情と声音が普通すぎて奥にある感情までは読めない。


「幸い、叔父と叔母のお家は裕福だったので、私が1人増えても生活に支障が出ることはありませんでした」


 ただ淡々と語られていく話。

 晃晴は相槌を打たず、頷くだけに留めておいた。


「叔父と叔母は行き場を失くした私にとても良くしてくれて、本当の家族のように接してくれました」


 侑が軽く目を伏せる。

 

「でも……私は幼いながらに、せめて迷惑になることだけは避けて、いい子でいようと思ったのです」


 侑は目を伏せたまま、言葉を紡いでいく。


「そうやって人の迷惑にならないようにと今まで生きてきたので、いい子でいるということに、もうすっかり習慣になってしまっていて……」

「……なるほどな」


 形は違えど、それは晃晴と同じ。

 

 要するに、それ以外に生き方を知らないということだった。


「だから、あそこまで人の世話になって迷惑がかかるのを避けたがるわけか」


 事情を知ってしまえば、これまでの侑の頑なさにも合点がいく。


「はい。まあ、このことも関与しているとはいえ、人に頼れなくなった理由はまた別のお話なのですが」


 続きを話しても? と目で問うてきたので、頷いた。


「日向くんには前にもお話したと思うのですが、私が困っていて助けてくれた異性はその見返りを求めてくる人たちばかりだったのです」

「ああ。聞いたな」


 見返りの内容がなんなのかは聞いていない。

 だが、なんとなくは想像がつく。

 

「交際を求められたり、連絡先を聞かれたり、だよな?」

「はい。私を好いてくれることは嬉しいのですが、そういう弱味につけ込んだようなやり方は嫌です」


 侑が眉を軽く顰めて、不快感を示す。


「……モテすぎるっていうのも大変なんだな」

「もう慣れましたよ。私の容姿が整っている、というのは客観的に見た事実ですから」


 否定も謙遜も嫌味にしかならないというのが分かっているのか、侑は口角をわずかに上げ、苦笑してみせた。


「私は自分の容姿、あまり好きではないのですけど」

「……そうなのか」

「良くも悪くも目立ちすぎますし……そのせいで同性からも色々と言われてしまいますから」


 言われるだけじゃなくて、晃晴が知らないだけで、この間の靴を隠す以外のこともされているのだろう。


「普通に過ごしているだけなのに、一挙手一投足、常に注目されてしまうのはストレスです」


 ヒーローになりたかっただけであって、晃晴も元々目立ったりするのはあまり好きではない。


 それは常に見張られているようなもので、自分がその立場になったら、と想像するだけで顔が若干引き攣ってしまった。


「少しお話は逸れてしまいましたが……とにかく、異性からは見返りを求められ続け、同性からは全員ではないですけど、反感を買ってしまうことも多いので……」

「そんな環境で生きてきたせいで、異性同性どちらにせよ、人を頼ることに苦手意識が出来てしまった、と」


 言いたかったことであろうことを汲んで、先回りして言うと、「はい」と短く呟いて、侑は頷いた。

 

「そりゃまあ……そうなるか」


 家庭環境から始まり、人に迷惑はかけたくないと育ち、いざ手を差し伸べてきた異性に頼れば下心ありきで。


 同性に頼ろうとすれば、一部からのやっかみを受けているせいで、同性であろうとも簡単に信じることが出来ないときた。


「それでよく人を突き離さずにあんなにこにこしてられるな」

「私は人に嫌われたいわけでも、敵を作りたいわけでもないですから」


 学校で見せている侑の姿は生きてきた中で身についた処世術だったらしい。


 晃晴が感じ取った、壁がある、という印象はやはり正しかったようだった。


「——人と関わるのって、怖いよな」

「え?」

「だけど、完全に1人きりになるのも怖い。だから、突き離したり出来ないんだよな」


 侑が言ったことを耳にして、気が付いたら口をついて出てしまっていた。


「あの……?」

「あ……わ、悪い。知ったようなことを言って」


 話を聞いただけで、相手のことを分かった気になるなんて何様なんだと、自分を戒める。


「い、いえ。私も同じことを思っていたので……ビックリしてしまっただけです」


 侑がぎゅっと胸の辺りを握ると、


「そうですか。――日向くんもなのですね」


 ふにゃりとはにかんだ。

 

 いつも学校で見せている作り笑いではなく、昨日晃晴に見せたものに近い。


 しかし、決定的になにかが違う。

 

 似たような笑みではあったが、今、目の前で見せているそれは、まるで……信頼のおける相手を見つけたと言わんばかりのもので。


(……そんなわけないか)


 自惚れ、勘違い、気のせい。

 

 そういった類の言葉が、ほぼ無意識に思考を埋め尽くした。


「それはもう、ちゃんと信頼出来るやつを見つけて、人への頼り方を覚えていくしかないんじゃないか」


 大した解決策じゃないけど、と付け足して、侑からの返事を待つ。


「そうですね」


 言葉を区切った侑は、ジッとこっちを見つめて、


「日向くん」

「……なんだ?」

「ありがとうございます」


 また、柔らかくはにかんだ。


「………………ああ」


 結局、3度目の笑みにも見惚れてしまった晃晴は、ぶっきらぼうに呟きながら、片手で雑に頭を掻いて誤魔化すことしか出来なかった。

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