第6話 クラスメイトの幼馴染はバカップル
「なんでだよぉ……」
「……」
「なんでなんだよぉ……」
「若槻うるさい。あと邪魔」
教室に入って席に着くなり、晃晴の1つ前の席に座っている
鬱陶しいことこの上ない茶髪の無造作ヘアを見下ろしていると、咲ががばりと顔を上げる。
犬系と称されている人懐っこそうな端整な顔立ちと至近距離で向き合うことになってしまい、晃晴は軽く顔をしかめながら、椅子を引いて距離を取った。
「なんだってせっかくのゴールデンウィークに台風が被るんだよ!」
「熱帯低気圧がそういう気分だったんだろ」
咲の嘆きの原因は明日から始まる大型連休に被る台風らしい。
その存在自体は、今朝やっていた天気予報で晃晴も知ってはいた。
しかし、咲ほど連休を楽しみにしていなかった晃晴にとっては嘆くほどのものではない。
地元を出てきたばかりで交友関係が狭く、基本的に自分から人に関わりにいくようなことはしていないので、連休に遊ぶような友達なんていない。
唯一交友のある咲と咲の彼女も他の友達と遊んだりデートに勤しんだりするはずだ。
その為、台風でいくら休日が潰れようと晃晴にはノーダメージ。
精々、天気が荒れるのは走ったり出来ないし、それはちょっと面倒だな程度にしか思わなかった。
「というわけで休みの間に晃晴んとこに泊まりに行っていい?」
「……なにがというわけだよ」
「いやー、楽しみが減る分、別の楽しみを放り込んでしまえ、みたいな?」
「……お前、台風が来ようと来まいと、元々泊まりに来るつもりだっただろ」
「あら? バレた? さすが親友。オレのことよく分かってんね」
誰が親友だ、と文句をこぼすが、からからと邪気のない笑みを浮かべる咲の前にはまるで意味を成さない反論だった。
「どうせ断っても来るんだろうから、好きにしろ」
「おーし、言質取った。ココも呼ぶけどいいよな?」
「部屋でイチャつかないと約束するならな」
ココというのは咲の彼女の愛称だ。
2人は仲の睦まじいバカップルとして有名であり、2人揃えば周囲への被害を考慮せずにイチャつき始めるというテロ行為に等しい行為を行うことでも有名だった。
「や、それは約束しかねる。可愛い彼女とイチャつかずしてなにが彼氏だ」
「お前のポリシーは知らないけど。場所は選べって言ってるんだよ」
ただでさえでも普段から目の前でイチャついているのを見せつけられているというのに、どうして自分の部屋で、それも休日にそんなものを見せられないといけないのか。
「晃晴も彼女が出来ればオレの気持ちが分かる。はよ彼女作れ。そんでダブルデートしようぜ」
「作ろうとして作れるならとっくにやってる。模型作るみたいな手軽さで言うな」
それに興味ない、とぶっきらぼうに言い放った。
異性そのものに興味がない、というよりはとある出来事のせいで恋愛にも苦手意識が出来てしまっている。
正確に言えば、人を好きになるのは怖いという恐怖心と自分なんかが人を好きになったところで好かれることはないという自信の無さが、晃晴を恋愛という単語から遠ざけていた。
侑の不意打ちの笑みを見て、見惚れたりはする程度には異性への興味もあるが、自分が恋愛をしようというのとはまた別問題だ。
わざわざ言うことでもないので、咲が恋愛絡みの話を持ち出す度にそれらしいことを言ってお茶を濁していた。
幸い、普段からあまり異性に興味を示していない態度と変化に乏しい無愛想な表情のお陰で特に疑われていることもない。
もっとも、知り合ってから1ヶ月程度の関係だが、咲が妙に鋭く意外と人を見ているということは知っているので、なにかワケあり程度には気付かれているのかもしれないが。
「で、その愛しの彼女はどこに行ったんだ」
「自販機行くってよ。そろそろ戻ってくるんじゃね?」
「――おぃーっす! おはよー!」
「いっで!?」
噂をすればなんとやら。
背中に走る痛みに、振り返った。
「有沢お前ふざけんなよ……!」
じんじんと響く痛みを堪えながら、手を振り抜いた体勢の
大きなくりくりとした目にはいたずらな色が宿り、明るめの髪色をしたショートポニーが晃晴をからかうように揺れていた。
「やー、ごめんごめん。晃晴の背中が曲がり気味だったもんでさ。つい」
「ついじゃねえよ……」
晃晴の背中にもみじを作ったこの少女は
小柄な体躯に見合わないパワフルさを持ち、明朗快活を体で表す咲の彼女だ。
「ほら、ジュースあげるから許してよ」
「絶対割に合わねえ。100円程度の痛みじゃねえぞこれ」
「まあまあ。んで、なんの話してたの?」
納得のいっていない晃晴はもっと文句を言おうとしたが、これ以上食い下がっても時間の無駄になると思い、不満を受け取ったジュースで喉の奥に押し戻した。
「どうにかして晃晴に彼女を作ろうぜって話。オレの分は?」
「なにそれ面白そう。はい、これでしょ」
人の話で勝手に盛り上がりつつ、阿吽の呼吸を見せる2人を見て、晃晴はオレンジの香りのため息を吐いた。
この2人、聞いた話によるとどうやら幼馴染みらしく、それがまた息の合ったバカップルぶりを発揮する要因の1つとなっているのだ。
「お、さすが。分かってんじゃん。褒めてつかわす」
「ふふん。ま、咲のことだしね。もっと褒め散らかせい」
「よーし苦しゅうない。もっと近う寄れい。褒美として頭を撫でてやろう」
「きゃーっ♪」
頭をわしゃわしゃとする咲と楽しそうに悲鳴を上げる心鳴。
晃晴はげんなりしながら視線を逸らした。
(場所は選べってさっき言ったばかりだろうが……ん……)
胸焼けのような感覚を味わいながら、視線を逸らした先。
そこには男女問わず、クラスメイトたちに囲まれている侑の姿。
口元はわずかに弧を描き、誰が見たって柔らかな表情と呼べるものを浮かべていた。
(こうして見ると……逆に誰も自分に踏み込ませないようにしてるみたいに見えるな)
昨日見た侑の姿。
いつもの微笑を崩し、要所で頬を赤らめたり、むすっとしたり、今見せている笑みとは違うようにはにかんだり。
それを見てしまった今、今の侑はどうにもちょっとした壁があるように思える。
多分だが、自分に見せたあの表情こそが本来の浅宮侑なのではないか。
確信はないが、なんとなくそんな気がすると人知れずそう思う。
視界の端でイチャつくバカップルを捉えながら、頬杖をついて侑の方を見ていると、蒼色の瞳がこっちを向いた。
自然と目が合い、見つめ合うような状況になってしまう。
すると、なにを思ったのか浮かべていた微笑をほんの少しだけ引っ込めて、小さな動作で会釈をされた。
一瞬どうするか迷ったものの、目礼をするだけにとどめ、ふいっと侑から目を逸らした。
「晃晴、浅宮さんとなにかあったのか?」
イチャついていたくせして目敏く2人のごくごく最小限のやりとりを見逃さなかったらしい咲が興味深そうに顔を向けてきた。
「……別に、なにもない。お前らから目を逸らした先に、たまたま浅宮がいたからなんとなく見てただけだ」
「その割にはなんか親しげなものを感じたけどな」
「気のせいだろ。俺と浅宮じゃ色々と釣り合わないし」
もちろん自分が下で、侑の方が上という意味。
容姿も能力も、なにもかもが向こうの方が遥かに上。
いわば、自分は物語の中で言うところのモブで、侑はメインヒロインといった立ち位置になるだろう。
そんなメインヒロインとモブの自分。
どうやったって、隣に並び立つことはない。
晃晴はそう結論付けた。
「えー。晃晴も素材はいいんだし、髪とか色々と整えれば絶対カッコよくなるっしょ」
「そうそう。そうすれば絶対モテるぜ?」
「俺は別にモテたいわけじゃない。……ほら、先生来たぞ。若槻はともかく有沢は早く自分の席に戻れ」
話を切り上げるのにちょうどよく教室に入ってきた担任を顎で指すと、心鳴は咲と晃晴に軽く手を振って、ショートポニーをぴょこぴょこ揺らしながら去っていく。
咲は席の移動の必要がないので、なおも絡もうとしてきたが、晃晴がしっしっと右手を振るうと、軽く肩をすくめながら前を向いた。
(そもそも俺がちょっと容姿整えたところでモテるわけないよな)
咲と心鳴がお世辞を言っているわけではないだろうが、根付いてしまった卑屈さはちょっとやそっとのことで払拭出来ない。
晃晴は無自覚に、そっとため息を吐いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます