第7話 出国

「ただちにエリスを帝国へ連れて行く」


 皇帝の勅命とも言えるものは、問答無用で私をリーンロイド帝国に連れて行くといったものだった。


 謁見が終わると、“ついて来て”と一言告げられ、その足で私は帝国の馬車に案内されていた。


 帝国が絡んでいるのなら私に拒否権なんか無く、抵抗したところで無意味なものだ。


 いったい、これからどうなるのか。


 婚姻など、できるはずもないのに。


 今の状況を把握するのが精一杯だったわけだけど、この国を堂々と去れるの良い事だと思う事にした。


 どうせ私は、廃棄された存在だ。


 王達は私の存在を認めないと、どこかへ消えたし。


 唯一見送りに来てくれたのは、私のナニーをしてくれた人だった。


 もう結構な歳で、幼い頃からばぁやと呼んでいた。


 足も悪くて、こんな所まで一人で出てきて大丈夫かと、こっちが心配になる。


「ひー様」


 懐かしい呼び方をされた。


「この場に来れない母君のお気持ちを察してあげて下さい。貴女様の事を案じております。どうか、お身体を大切にしてください」


 そう言って、私が使っていたお包を手渡してくれた。


 真四角の大きな布に、母が大輪の花の刺繍を施したものだ。


 今でも膝掛けとして使えるだろう。


「オレの事は心配しなくていいから。ばぁやこそ、風邪ひかないようにね。母にも、オレはどこに行っても大丈夫だと伝えて」


「ひー様……どうか、ひー様を……」


 使者の男に向けて、膝につきそうなほどに腰を折って頭を下げている。


 その姿を見ると、まだ、私の事を思ってくれた人がいたのかと、少しだけ胸が熱くなった。


「エリスは、誰よりも幸せになれる。心配しなくていい」


 感動的なシーンと言えるのに、使者の男の言葉に、いや、心配しかないよと内心突っ込む。


 とてつもなく信じられない言葉だな。


「よろしくお願いいたします」


 それでも、ばぁやの声は涙ぐんでいた。


 危ないからと、ばぁやを下がらせてから馬車に乗り込もうとステップに足を掛けた。


「待ちなさいよ!!」


 そこで今度は甲高い悲鳴のような声に呼び止められる。


 ティアラのものだ。


 騎士達に止められながらも、出入り口から姿を現したところだった。


「待ちなさいよ!!」


 私を睨みつけるように見ている。


「自分だけ、どこに行くつもりよ!!」


 怒りを露わにしながらも、目には涙を浮かべて。


「私にこんな国を押し付けて、自分だけ逃げるつもり!?嘘つき!私を守るって言ったじゃない!!嫌よ!!私を一人にしないでよ!!」


「エリス、聞かなくていい。乗って」


 最早、私が何を思ったところで、私やティアラの意思など関係ない。


 そんな言い訳をしながら、馬車に乗り込む。


 そして、ゆっくりと動き出す馬車。


 次第に速度が上がると、すぐにティアラの姿は見えなくなった。


 顔を覆って座り込む姿は。


 ハッと、息を吐き出す。


 現実逃避のように馬車の中に意識を向けて、とんでもなく座り心地の良いものに感心する。


 さすが帝国だなと。


 私は、使者の男と向かい合って座っていた。


 改めて見ると、王国に来た一団の中で、こいつが一番地位が高いのだろう事はわかる。


 しかし、若いな。


 間近で見ても、やっぱり私と歳は変わらないようだ。


 お互い、無言だった。


 目の前の男は、腕と足を組んで座ったまま、視線はずっと座席の端の方を見つめている。


 つまり、こっちを全く見ようとはしていない。


 何なんだ、一体……


 窓枠に肘をついて、外を眺める。


 行儀が悪かろうが、何だろうが、関係なかった。


 流れ行く景色を眺めた所で、気が散って、心に残るものは何もない。


 国内を猛スピードで走り抜けて行く帝国一行だったが、


「おい、見ろ」


 思わず目の前の男に、自分から声をかけていた。


 王都を出て、人の往来のない森に入った所だ。


「……」


 野盗らしき者達が、ぐるりと囲んでいた。


 あの愚王は、私を帝国には行かせない気だ。


 よくもまぁ、これだけの短時間でこれだけの刺客を差し向けたな。


 呪いと、それに至った顛末が露呈するのを防ぎたいのだ。


 ベランジェールを王が裏切っていたことが露呈すれば、多くの国民から反感を買うのは必至。


 往生際が悪い。


 悪足掻きが過ぎる。


「帝国から連れて来た者達は精鋭だ。あんな寄せ集めどもにこんな所でやられる奴はそのまま捨てていく。だから、エリスはこのまま乗っていていい」


 目の前の男は随分と落ち着いた態度だった。


 いまだに足を組んだまま、微動だにしていない。


 そんな間に、外からは悲鳴と怒号が響いていた。


「何人か残しますか?」


 外から指示を仰ぐ言葉がかけられれば、


「皆殺しでいい。エリスの耳に余計なことは入れたくない」


 そう返していたな。


「そろそろお前の正体を明かせ。名を名乗れ」


 この混沌の中、今は騒いだところでどうにもならないから、腹を括る。


 そこで、やっと男はこっちを見た。


「イザーク・アルド・デファー。エリスに命を捧げる者だ」


「は?」


 いやいや、会って数時間のやつが何を言ってる。気持ち悪い。


 もっとマシな言葉はないのか。


 で、デファー公爵家当主御本人様だと?


 私と同じか、一個下とかじゃなかったか?


 15か16でほぼ子供だろ。


「初対面の奴に命を捧げるって、どれだけ安いものなのかと、疑うしかないだろ」


 そんな会話の間にも、馬車の周りは物騒な声や物音が響いている。


 カーテンで視界が遮られているから、確認は出来ないけど、ほぼ鎮圧されつつあるようだ。


「この後、帝国の最端にある町まで一気に行く。もう、これ以上の邪魔をされないためにも。そこで、エリスにはゆっくり説明する」


 イザークは、再び視線を座席の隅に向けて、それを告げていた。






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