第6話 帝国からの使者

 17歳の誕生日を迎える少し前のことだ。


 今日も今日とてティアラに振り回され、買い物に付き合わされて、荷物持ちをしながら城に戻る。


 これがここ数年の日常だった。


 ティアラは、暇さえあれば私を連れ回す。


 それなりに王女としての風格が出てきたように見えるのに、私の前では相変わらず子供じみた振る舞いをして困らせることを忘れなかった。


 それで、息抜きができて御機嫌な様子のティアラをエスコートして城内に入ると、中は騒々しい空気が広がっており、城勤めの者はみな、浮き足立っていた。


 何があったんだ?


 謁見の間にただちに行かなければならないと、ティアラが呼ばれたのはそれからすぐのことだ。


 シレっと後ろについて行き、重厚な扉が開けられると、重々しい空気の謁見の間では、誰よりも、王よりも尊大な態度で立っている男がいた。


「この国の王女に会いに来た」


 扉が閉められると、リーンロイド帝国からの使者だと名乗る男が言った。


 リーンロイド帝国は、位置的にはこの国の隣国であり、北方ではガルバン帝国と隣り合っている。


 で、使者の男は白銀の髪に薄い水色の瞳の、やたら目を惹く年若い男だった。


 まだ、どことなく少年の面影は残っているのに、背はそれなりに高いな。


 体も鍛えているようだから、軍関係の者なのかもしれない。


 ただ、使者と言うには私と歳が変わらないようなのにと、疑問は抱く。


 そんな観察を行っていた。


 王女に会いに来たって、ティアラの噂を聞いたのか?


 今はティアラの護衛子守りの必要はないけど、どさくさで謁見の間に入って、目立たないように広間の隅に立っていた。


 私がここにいる事を気にも留めないくらい、この場の空気は緊張したものだ。


 突然やってきた帝国からの使者は、帝国の公爵家の者らしい。


 という事は、一国の王家に匹敵する身分にはなるが、この男が公爵家の直系の者なのかはわからない。


 さらに観察する。


 斜め後方から見ると、身に纏っているものに家紋が入っているのが見える。


 脳内の情報と照らし合わせる。


 あれは、デファー公爵家の家紋ではないか?


 デファー公爵家の家紋は、三日月と狼だ。


 そうなら、皇帝の弟……?


 年齢的に本人ということもあり得るか?


 だとしたならば、獣人なのか?


 帝国には獣人の自治領があって、そこの影響力は強い。


 彼は、公爵家出身の帝国の使者としか名乗らなかったな。


 名を告げない事を許された者……


 この場の主導権を握りたい王が、口を開いた。


「我が国の王女であり、王太女のティアラだ」


 ティアラは、年の近い使者を見て、色めき立っていた。


 目を輝かせている。


 けど、その使者の視線は、挨拶を済ませた後からずっと私に向けられていた。


 王の前で堂々とよそ見する奴があるかと、呆れる。


「ロージェの国王よ。今さら、帝国からの使者を欺くな」


「欺くとは、とんでもない話だ。国王の名において、リーンロイド帝国の使者殿には誠意をもって対応しておる」


「では、別の言い方をしようか。王女はもう一人いるだろ。そんな、適当に見繕って据えたような女ではなく」


「なっ、ちょっと、未来の女王に向かって、なんて口を利くのよ!!」


「ティアラ!!今は弁えよ」


 王は、帝国の使者の機嫌を損ねないように必死だ。


 けど、使者は自分のペースで用件を話し始めた。


「以前から伝えていた通り、俺は、エリスを帝国に連れていくために来た」


「は?」


 それには、気配を消して壁の石像になっていたのに、誰よりも私が驚きの声を上げていた。


 以前から、伝えていた?


「貴殿には、アレが王女に見えているのか……?」


 そして、王が呻く様に苛立つ事を言う。


「ああ。見えている。デファー公爵家当主は、エリスとの婚姻を望んでいる」


「はぁ!?」


 謁見の間にいた多くの者の視線が私に向けられたが、もう、大人しくしておくことはできなかった。


 当主って、お前のことじゃないのか!?


 婚姻って、なんだ!


 婚姻って。


「使者殿が何と言おうと、アレは王女などではない。女でもない。余の子供として認めていない。よって、婚姻などできぬものだ」


「王がどれだけ拒もうと、これは帝国皇帝も認めた決定事項だ。よくもこれまで、こちら側の要求を無視し続けてくれたな。彼女をみすみすこの王国で毒殺などさせるつもりはない」


 それに顔色を変えたのは、宰相と王だった。


 そんな二人を母が睨みつけている。


 ティアラは話についていけないようで、キョトンとしていた。


 これで、誰が何を考えていたのかは知る事ができた。


 目の前で私の事を話しているはずなのに、第三者の立場で眺めている気分で、これから一体なにが始まろうとしているのか予測できるわけもなく、妙な緊張を強いられていた。







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