第12話 迷宮専門店2 

 続いて6階の同じフロアにある迷宮雑貨店を訪れる。お目当てはポーション、ポーチ、脱出系カード、カードホルダーである。


 ちょっくら買いたいもんあるから別行動で、と言い残して上水流は店の奥へと入っていた。ここはフロア全部を使った店構えでかなり広い店舗となっている。


 店内を把握して居るであろう上水流と違って、僕はゆっくり見て回ることにした。


「ポーチにしても素材で値段が違う。どれが良いんだろ」


 革製、樹皮製、合成素材、魔獣素材など何個かある。


 実際に付けてみて一番良く、値段が破格の5000円の品は、片耳豚カタキラウワの皮から繕われたスベスベの手触りの火耐性ポーチだった。

 中は幾つか仕切りがしてあって、物を整理しやすい構造となっている。


 値段の安さの理由は片耳豚というその名の通り片耳の豚の姿をした妖怪の、不名誉な伝聞のせいだろう。スマホで調べたダンジョン情報によると片耳豚に股の下をくぐられると不能になるか、魂が抜かれて死ぬとされている。だから、その素材を使った者も不能になるんじゃないか、という。


「実際はそんな事はなく迷信に決まっている。けど、これはお手頃価格だなあ。値引きのシールが三つも貼られている。うん。君に決めた」


 僕は醜聞など気にしない。気にしない。気にしない……。


 カゴにポーチを入れ、次はカードホルダーを見るかと移動した時、上水流が足早に駆けてくるのが見えた。


 手には茶の紙袋が握られている。上水流は側まで来ると、その顔にニンマリと悪い笑顔を浮かべた。


「これ、少し早いがお前にクソデカ誕生日プレゼントを渡す」


 紙袋を差し出され、慌てて受け取る。


「え、ありがとう! 中見ても良いかな」


 おうよ、と上水流は頷く。カゴを床に下ろしそっと中を開けると、Ⅲと刻まれた濃緑色の瓶二本とネックレス?が入っていた。


 ネックレスの方を袋から出して全容を確認すると、それはネックレス型スマホケースであった。値札タグは付いていないが明らかにマジックアイテムらしく、ネックレスの部分は緑の小粒宝石があしらわれたチェーンだ。


 袋の底に四つ折り鑑定書が入っている。


「これ……高かったでしょ。ねえ絶対高かったでしょ!!」


 開いた口が塞がらない。レベルⅢのポーションは一本7万。スマホケースの方はタグが取られていて分からないが、こちらも数万以上はするだろう。母さんの月給を超える合計額だ。


「まーな! 夕は施しとかすげー嫌がるけどさ、誕生日ぐらい奮発させろよな。

 昨日の金、半分はウタに回すつもりでいるんだろ。となると、夕は自身の回復代を削るよな。万が一の最低治療費分は残しといて、普段はポーションレベルⅡまでに抑える。んで、機敏性重視の紙装甲で潜るつもりだったろ」


 その通りすぎてぐうの音も出ない。


 ウタの一ヶ月のポーション併用治療費が100万円に対して、新米探索者の月稼ぎは数万~30万円程度。おまけにE級ダンジョン以降の治癒費は全額自己負担となる。

 

「探索者ライセンスを取ったら防具は買うつもりだったよ。中途半端な性能の安物じゃあかえって危ないし、それなら経費計上されるようになってから高めの物をって。勝田台迷宮での怪我ならレベルⅡでも行動に支障ない範囲まで治せるし…(ごにょごにょ)」


 ある程度までポーションで治して、後は自然回復を待つのが貧乏探索者のセオリーであった。


「支障ない程度、ならな。俺は傷跡が残るような治療をさせたくねえんだよ。

本当なら、E級迷宮に潜るようになった後も夕をサポートし続けたかった。夕がソロで十分に闘えるようになるまで、俺が……それが出来なくなっちまった今俺に出来る事ってたら、これしかなかった」


  上水流の手がチェーンを伸ばされ、僕の首にスマホケースがかけられる。ヒンヤリとした宝飾の感触の後、フワッと身体が軽くなった。


「疲労軽減……?」


「そうだ。このスマホケースのチェーンは疲労軽減(中)、初級回復(大)の効果があるマジックネックレスを元に作られてる。ダンジョン内ならもっと効果を実感できるだろうぜ」


「貴重アイテムの逸品じゃないか! しかも回復系」


 慌てて鑑定書を読む。上水流の言った事と同じ効能であった。


 <<回復のスマホケース>>

 効能:初級回復(大)5以上体力が減少時に発動。回復上限は1日3回。

    疲労軽減(小)魔素状況に応じて常時発動。

   

「夕にはまだ話してなかったな。俺の探索者としてのセオリー。仲間を傷づけない、っていうのが俺のセオリーだ」


 ブルーの瞳に強い光が宿り、精悍な顔つきへと変わる。数年前の、探索者パーティ『天空の覇者』に所属して祝勝インタビューを受けていた時と同じ表情だ。


「うん。ありがとう……上水流の思い受け取ったよ」


「おう。当面は一緒に潜れねえ。だから、明日は俺と潜る最後の探索だと思って気張れよ」


「もちろんだよ。頑張る」


 深く頷いて、上水流が差し出した拳を拳で返す。持つべき物は友であった。

 他にもカードホルダーやレベルⅡのポーション、ポーション用緩衝材も買い、7階へとエレベーターであがる。


 7階はフロア半分がカード専門店、もう半分がマジックアイテム専門店となっていた。

 

 二人でカード専門店へと向かう。今日の大本命脱出系カードを購入するために。


 店内には数十円~百万程度までのカードが棚一面にズラリと飾られていた。


 高額モンスター/マジックカードはガラスケースに仕舞われ、低価格のモンスターカードは棚に飾られて手に取れるようになっている。中には10枚入りパックになっている物まであった。


「パックは止めとけよ。大概が元を取れねえ構造になってやがる」


「そうなの?」


 パックの前で立ち止まった僕に、横から上水流が声を掛ける。


「ああ。数百万単位の確約パックセットなら、まだいいがな。それは駆け出しや一般人をカモにするやつだ。ま、すんげえラッキーな奴が宝くじに当たる確率を引くこともあるがな。夕陽には無理だろ」


「ドロップ率も悪い位ですから。それに彼女が……いや。でもこれ『転移系カードが当たるかも!?』だって。5万円」


 迷宮の彼女の事を言いかけて、慌てて話を逸らす。パッと目に付いたカードを指さして適当に言葉を言い放つ。


 上水流がどれどれ、と見るが首を振った。


「止めとけ。そういうのは十分に稼げるようになってからだ」


「分かってるよ。博打ほど金をスルものはないって父さんも言ってたから。今はまだその時じゃない」

  

 いつかは買ってみたいな。ダンチューバーがよく爆死配信してるのを見るとなんとも言えなくなるけど、神回で勝利しているDチューバーもいるからなあ。

 

 剥きだしの棚からガラスケースへと歩みを進める。


 低価格のF級モンスターカードは魅力的であったが、迷宮の彼女が望んでいるのはそういったモンスター使いの戦闘ではなく純粋に、僕が魔獣と直接対決するのを見たがっている気がした。


 ガラスケースを目で追っていくと目的の脱出系カードのガラス棚があった。


 脱出系カードには大きく分けて3種類がある。

 ・階層移動 ・ランダム転移 ・ゲート転送


 階層移動はそのカードに書かれている数の階層へ転移する事が可能で、ランダム転移はランダムでどこか違う階層へと転移する。ゲート転送はその名の通り、使用するとゲートへ転送される。


 階層移動は移動する層が深い毎に上がっていく。

 低層階なら1階層カード→1万円、2階層カード→2万円と1万円ずつ程度で上がっていくらしい。高層階のカードは此処にはないな。


「ランダム転移は一律3万円か」


 一方でゲート転送カードは、白紙のマジックカードにスキルを保った人が魔法で印したカード。人の手が加わる為めっちゃ高い。ゲートもまた、人のスキルを用いて作られた物。そこへ転移するカードが人工物であるのは至極当然であった。


「にしても、お値段30万円は高いなあ」


「しゃあねえわ。便利さが桁違いだからな」


 僕の溜息に、上水流がくっくと笑う。確かにその通りだ。


 値段が高いもう一つの理由。

 確実に1階層の入口『ゲート』へと辿りつける便利さ。


 階層移動は、その階層へと転移されてくれるものの階層入口へと確実に転移はさせてくれない。階層の真ん中や、魔獣の群れの前へ飛ばされてしまうこともある。ランダム転移も転移先が同様に不確実な為、比較的安価である。


「無難に階層移動かな。1階層カード」


「それがいいんじゃねえの。数枚買っとけよ」


「うん」


 ひとまず、三枚買っておく事にして店員を呼びにいく。蝸牛の30円カードも強化用に10枚購入することに決めた。


 時刻はとっぷりと暮れ、20時になる数分前に滑り込みで迷宮に潜って、探索証明書をもらう。

 昨日はもらい損ねてしまい、通行証はただの紙切れになってしまって引き換えが出来なかった。けれど、これで探索証明書は4枚揃った。


これで探索者ライセンス申請の条件はあと2つ。次の目標はレベルアップだ。


・日本在住で満15歳以上で犯罪歴無し→明後日クリア

◎ステータスがレベル3以上→未達成

・F級迷宮ボス討伐経験→クリア

◎F級迷宮探索5回以上経験→未達成 あと1回

・脱出系カードもしくはE級以上のモンスターカード一枚を有する事→クリア

・現金10万円→クリア


 

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ダンジョンに潜ってお金を稼ぎたい お腹がぽよよん @NOMA

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