第10話 スキルの覚醒

 長い夢の中で僕はこれが夢であると確信していた。


 円形の盤上に立っていて、円盤を中心に放射状に無数の道が延びている。道の端は炎炎と燃え盛って紅蓮に輝いている。


「僕は一つの道を選ばなくてはいけない」


 口をついて出た言葉だが、何故かその事を深く理解していた。すうっと息を吸って吐き、目を瞑る。これは儀式なのだ。朝焼けは雨、夕焼けは晴れの儀式。


 身体が馴染んできたのか流れが感じられた。一様にならずずっと揺らぐ流れは、所々薄かったり濃かったりしている。そして、僕の体にも流れは流入して全身を巡っている。


「流れとはつまり魔素」


 右手の甲に刻まれた魔法陣を起点として、身体を魔素が巡る。その魔素を今は目へと集中させるべきなのだと、右手の魔法陣が告げていた。


 力を込めると魔法陣から目に魔素が集結していく。ゆっくり目を開くと幻想の雨が炎をかき消し、燃える道が一つばかりになった。


「この道を進めってことね」


 すたすたと、残された道を進むと行き止まりに燃える宝箱がある。熱さはない。


 宝箱に右手を伸ばして触れた刹那手の魔法陣が夕焼け色に照らされ宝箱が開いた。


「これはオーブ? 見た目からしてスキルオーブかな」


中身を手に取ると、それは丸い水晶球で重さは無く透明だった球内に文字が浮かび上がった。


『火の雨』


 その文字を読んだ瞬間パキンっとオーブが砕け、破片が光の粒子となって僕の身体に吸収された。


 瞬間、炎が全てを燃やし尽くして緩やかに意識が覚醒していく。夢から現実へと飛んでいく。


 目を開けると、黄ばんで幾つも染みの滲んだ天井。左腕に繋がれた点滴と白い掛け布団が見えた。


「何処だここ。さっきのは夢だった。それならここは病院…いや治癒ルームか」


 思考がクリアになって慌てて起きようすると、背中に鋭い痛みが走った。


「つ゛ッ!!」


「ご明察の通りだぜ」


 ゆっくり上体を起こして、掛けられた声の元を辿るとベットの横でパイプ椅子に座った上水流がいた。彼の背後の窓はすっかり暗くなっており、星が瞬いている。


 上水流は力なく笑い、貧乏揺すりを始める。それから唇を尖らせて、ぶっきら棒に言葉を放った。


「夕はやっぱすげーな。死を想わせる存在デットリィバースに勝つなんてよ」


「……。勝ったわけじゃない。ただ、面白そうだから生かされてだけだよ」


 右手の甲を見る。ここは迷宮内より魔素が薄く多少霞んではいるが、魔方陣はその姿を宿し続けていた。夕焼け色の太陽を模した魔方陣だ。


「それ呪いだろ。ユニークの」


「うん。朝焼けは雨、夕焼けは晴れ。僕だけの契約だ。迷宮で闘って勇姿を見せる度に力が与えられるっていうね」


 迷宮の彼女の言葉を思い出す。目覚めたばかりにしては不思議なぐらい、頭が冴えている。


「すまねえな。俺がもっと上手く立ち回れてれば、夕だけ残されることは」


「それは言いっこなし」


 続く言葉を遮り、上水流へと視線を戻す。あの状況で退避しようと行動していた上水流には一欠片の落ち度もない。


 けれど深い溜息が彼の口から零れていた。


「ところで今、何時かな?」


 空気を切り替えるように、そう聞くと。


「もう二十一時を回っているよ。少年」


 唐突にシャッと個室のカーテンが開いて、白衣を着こんだふくよかな恰幅の中年男性がカルテを持って姿を見せた。


 僕の全身をゆっくり眺めて、眼鏡の奥の緑を帯びた瞳が優しく細められる。


「起き上がれる位には回復したようだね。良かったよ」


「貴方が治療して下さったんですか」


「そうだよ。ボクは治癒医の今治いまばりだ。よろしく。それでここは習志野迷宮3階の治癒ルーム。治癒代は君たちの入場料の積立てから賄われてるから安心してね。

それにしても、君の怪我は背中が凄かったねえ。だけど、服が焼け焦げている割に右腕に火傷はない。その魔方陣のせいかな」


 今治治癒医が再度僕を凝視し、それからカルテに目を落とし何か書き込んでいる。


「すみません。治療ありがとうございました」


 腕の火傷、彼女の手が触れたときに治してくれていたのかもしれない。


「全く! 気をつけてね。その背中に刺さっていたプラスチック片取るの大変だったんだから。元は何かな?」

 

 カルテをボールペンでペンペン叩くが、その顔に怒りはなく呆れや苦笑が浮かんでいる。


「えっと、バケツです。折り畳み式の。魔獣に吹っ飛ばされた先に偶々あってグシャッと」


「うへー痛そう」


 上水流の野次が飛び、今治治癒医が光景を想像したのか首を左右にプルプル振ってカルテに何か書き足している。


「それは災難だったね。うむ。受け答えもしっかりしてるし、破片は全部取り除いたから点滴が終わればもう帰って大丈夫だよ。今は無理やり皮膚を活性化させて傷を塞いでるから引きつるような痛みがあるかもだけど、それも明日にはとれる。病院に行かなくて済む程度には回復させたけど不安なようなら受診してね」


「はい。ご迷惑をお掛けしました」


「ダチがすんません」


「うんうん。あ、言いそびれる所だった。これから調書を取る職員が来ると思うからボス部屋での出来事を詳しく聞かせてほしい。上水流君に聞こうと思ってたけど、意識が戻ったなら月代君が話してくれると助かる。よろしく頼むよ」


「分かりました」


「じゃあね。また点滴終わった頃に戻ってくるよ」


「はい、ありがとうございます」


 シャッとカーテンが閉められ、今治治癒医が別の負傷者へと対応する声が聞こえてくる。


 ユニークの呪い、か。

 随分仰々しい呼び名がついている。


「ねえ、上水流はさ。魔獣は俺たちの明確な敵だって言ってたけどダンジョンもそうだと思ってる?」


「あん? 何当たり前の事聞いてんだよ。敵に決まってんだろ。夕にこんな怪我と呪いをかけてさ」


「そっか」


「はー、何辛気くさい顔してんだよ! まあ、敵だけじゃねーわな。俺の活躍の場でもあるし、そこにあるから潜る以上に深く考えた事なかったな。あー強いて言うならあれなんじゃねーの。希望の象徴!」


「うん。僕にとっても奇跡を起こせる唯一の希望かな」


「そりゃそーかもな」


 上水流がパイプ椅子の傍に置いていた僕のリュックの中から、片手サイズの紅の魔石を出して僕の方へと投げる。


「ぉわっと」


「これで探索者申請する条件は揃うんじゃねーか」


 慌てて右手で受け取ったそれは大炎海蝸牛の魔石であった。蛍光灯の光を反射して、紅く輝きを放っている。


「これ!!」


 驚きに目を見開くと、シャッとカーテンが開けられて長身の女性が姿を現す。


「お話中の所すみません。さきほど今治治癒医から聞いたと思いますが、私、日本探索者協会習志野迷宮支部所属の西野が調書を取り調べることになりました」


 受付で見た、赤い眼鏡をかけたショートヘアの理知的な印象の女性職員が申し訳なそうに何度も頭を下げた。彼女の手にはアタッシュケースとパイプ椅子がそれぞれ握られている。


「月城さんがボス部屋で体験した事について聴取を取りたいのですが、大丈夫でしょうか」


「はい。どこまでお話しできるか分かりませんが宜しくお願いします」


「ありがとうございます。ではお隣、失礼します。本日はよろしくお願いしますね」


 職員はパイプ椅子をベットの傍に置いて、膝にアタッシュケースをのせた。

 そりゃ、当然取り調べされますよね。治癒ルーム行きの人は必ず調書があるって、授業で軽く習ったような気がする。

 

「改めまして、日本探索者協会習志野迷宮支部の職員、西野と申します。君たちは月代夕陽さんと上水流連さんのお二人でお間違えないですよね」


「はい」


「ああ」


 僕と上水流それぞれに目礼をして、西野職員はアタッシュケースを開いた。

 ケースの上部が開き、計測器と細々とした道具が中に揃えられているのが窺える。中から筆談具を取りだして、西野職員は僕らに向き直った。


「月代さん達は今日の18時過ぎにここを訪れ、ゲートをくぐったそうですね。そして、19時過ぎに上水流探索者から協会へ救助要請がありました。イレギュラーの魔獣が現れてボス部屋に月代さんが一人で取り残された、と。

それは火の高ランク蝸牛であったことから我々は死を想わせる存在の出現だったとこちらは推測しているのですがお間違えないでしょうか」


 メモ帳とペンを手に、彼女はよく響く声で問う。


「はい。僕もそうだったのではないかと思っています。上水流は通れたのに僕だけ扉をくぐれなくて、最初は火の蝸牛と闘っていました」


「最初は、というのは?」


「途中で蝸牛が人型へ変わったんです。えっと、自分は水の迷宮に精神の拠り所がある存在だと」


「なるほどなるほど」


 僕の言葉を聞いて西野職員は素早くペンを走らせていく。しばらく調書が続き、事のあらましを全て話す。


話し終えると今度は測定器でステータスを測定され、別の魔道具を用いて紙に印字した物を渡される。


「詳細な鑑定結果となります。こちらも控えを残させて頂きますね」


<ステータス>


名前:月代ツキシロ 夕陽ユウヒ             

種族:ヒューマン Lv.2

体力:8/10

魔力:10

魔防:10

攻撃:8

耐久:21  

敏捷:20

器用:14

知力:46 


スキル:火の雨


貴方の契約:朝焼けは雨、夕焼けは晴れ



《火の雨》

 火を雨の如く地に降り注がせる事が出来る。


《貴方の契約》

 魔獣等の強者と闘い、その勇姿を披露する度に何らかの力が与えられる。何の力が与えられるかは分からず、スキルやステータス値・武器・マジックアイテムなど多岐に渡ると推察される。迷宮に潜らなくなった場合のペナルティは不明。


 スキルと魔力が芽生えてる!! 


 僕が紙に釘付けになっているのを見て、西野職員が困り顔を浮べ言葉を発する。


「実はダンジョンで契約をしてしまう者は毎年結構な数いるんです。その誰もがユニークな契約名で効果も様々なのですが、それらは全て呪いの契約と言われます。契約した者の半数以上がペナルティとして命を落とすか力を奪われてしまう末路を迎えてしまうからです。月代さんが「曇れば全てが消える」と言われたという言葉もきっとその類いと思われます」


「やっぱりそうですよね」


 強大な力には代償がつきものっていうもんなあ。ペナルティはちょっと怖いな。


「月代さんは探索者になりたい、と言っていましたね。けれど残念ながら、呪いの契約の持ち主はスキルや魔力、魔防が発現しても覚醒者として認定されず探索者のライセンスは発行されません。そういう規定となっていますのでご了承ください。一般探索者条件を達成した者には契約者でも発行される決まりですが、そうしている意図をお分かりになられますか?」


 全ての道具をアタッシュケースに仕舞い終え、西野職員が真剣な眼差しを向けてくる。


 しばし逡巡して、答えを口にする。


「危険性と力の消滅の可能性を考慮してですか」


「その通りです。呪いというのは非常に恐ろしい力です。力に飲まれて身を滅ぼす者も珍しくありませし、突然迷宮内で力を手放す事になって危機に陥る方もいらっしゃいます」


「ご忠告の言葉ありがとうございます。ですが、もう決めたことですので。僕には大金が必要なんです。その金を稼ぐには力がいる。呪いであろうと僕には必要なものなんです」


「月代さんの意思は揺らぎそうにないですね」


 ふっと苦笑を浮べて、西野職員はアタッシュケースを床に置いた。


「夕陽はやれるやつだ。一人でイレギュラーからも生き残った。立派な探索者になれるに決まってる」

 

 横から、上水流の力強い声が飛んでくる。

 上水流へと視線を向けて西野職員は深く頷いて、それから僕へと視線を戻す。


「お待ちしていますよ。月代さんが探索者になるのを」


 お世辞かな、と思ったが真摯な眼差しにそうではないと分かりお礼を言う。


「それでは先ほど鑑定させて頂いた魔石、換金なさいますか? 換金されるようでしたら今手続きをしますが」


「換金します!!」


 すぐさまガッツいて西野職員に魔石を出して換金してもらった。魔石は200万の値がつき、点滴も終わって僕らは帰途についた。万札200枚は、鼻の下が伸びるほどぶ厚く重かった。


 条件はほぼ揃いつつある。覚醒者認定されなかったのは痛いが、それならば自力で条件を揃えてやる。さしあたっては、脱出系カード含む支度だ!!

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