第6話 僕が超えるべきもの

 蝸牛にザントマンの魔石と上水流から譲ってもらった魔石を食べさせ、痛みが落ち着いてきた所でまた探索を再開する。

 夜帯に入ったせいか結構な数の人とすれ違った。


 狩り場が被らないよう比較的奥に進んで、トングでスコーピオンをつまみ上げ抹殺する。


「こんなに狩ってもカードをドロップしないなんて。それにスコーピオン以外エンカウントしない」


「そー焦るな。まだ20数匹程度しか倒してねえんだから当たり前だって。人が増えて狩られちまってるのもあるだろーし」


 上水流に宥められるが、僕の心には焦燥と怒りばかりが募っていく。

 ハイター水のバケツは魔石の重みが増すばかりで、一向にカードはドロップしなかった。底がハイターの色と混ざって、赤黒く見える。


 腕時計が指し示す時刻は18時55分。帰りを考えると、狩れるのは最大残り35分。


「ねえ、オアシスには沢山魔獣が集まるんだよね」


「まあな。でもこの時間じゃ、誰かとバッティングするかもだぞ。それにマンティコアでも出たら…他の奴らでも夕の手に負えなくなるぞ」


「何が出ても倒すよ。もう時間もない」


「なりふり構っていられねぇってか。いいぜ、のった!」


 スマホで地図を開き、ひたすらその方向へ走る。


 途中から水の糸にバケツを奪われた。そして背後から抜かれ、その背中を追う形になる。


 上水流の好意的行動が逆に、僕の神経を逆撫でする。ドロドロの感情が湧き上がる。


 強くなりたい、速くなりたい。オアシス全ての魔獣を倒せるほどに!!


 願望が止まらない。願うばかりではどうしようもないというのに!!


※※※※※


 砂漠にぽつりと浮かぶ湖、オアシスに着く。

 何種類もの魔獣が水を飲んだり、泳いだり、その上空を飛んだりしていた。


 湖の畔に生えた草木にもトカゲやスライム、猿のような魔獣がひしめいていてそこだけ別の世界であるかのように活気に溢れている。


「混沌なる世界に死の花咲かせん。殺しの花吹雪フラワー・デス・スパイラル

「風刃の舞!!」


「グェェェェェ」


 当然、狩っている人もいた。鳥と蛇を掛け合わせたような魔獣コカトリスと激戦を繰り広げている。


「対処しきれなかった魔獣は全部俺が狩る。夕は安心して突っ込め!」


「いってくる!!」


 バケツとトング、リュックを砂地へ放り、木刀一本で疾走する。


 手近にいた赤色スライムに突きを放って二撃目で仕留める。光の粒子が散った。


「ウキーーー」


 休む間もなく、樹の上から落ちてくる猿ファイアーモンキーの心臓に木刀の先を合わせて串刺しにする。腕に衝撃が走って、剣先がその背中を突き破る。


「「ギャキキキキ」」


 二匹、三匹とファイアーモンキーが僕を切り裂こうと爪を構えて次々に樹から飛来してくるのを上水流の水の糸が宙で受け止めてくれる。


 剣先にファイアーモンキが刺さったままの木刀を地面に叩きつけ、その銅を踏んで動きを押さえる。

 木刀をズルリと引き抜き、何度も木刀をファイアーモンキーの心臓部に向かって振り下ろす。


「ギァ…」


 ファイアーモンキーは一円玉サイズの紅い魔石を残して消滅した。


 血ぶりをして木刀についたドス黒い血を払った刹那、獣の雄叫びが耳をつんざく。


「「「「「「ギギャギギギギギギィ」」」」」」


 振り返ると、いつのまにか六匹のファイアーモンキーに周囲を取り囲まれている。


ファイアーモンキーの毛先が紅の火花を纏っては散りを繰り返している。六匹は全員、恨みに満ちて怒り狂った表情を浮べていた。


 ファイアーモンキーは群れで行動し、一匹でも仲間を殺した者には集団になって報復する習性をもつ。完全に臨戦態勢に入っている。


「まとめて相手になってやらあああ」


「「「「「「ギャギャギャギャギャ」」」」」」


 一番体高の低いファイアーモンキーへと突っ走る。

 

「ギャギャ?」


 助走そのままにファイアーモンキーの頭上を飛び越え、ポケットから指輪を手に取る。


 ここなら、コカトリスと戦う彼らまで雨は届かない。邪魔にはならないはずだ。


「雨雲よ来い!この猿どもを濡らせ!!」

 

 指輪をはめた手を空に掲げ、すぐさま足を軸に回転をかけて奴らに向き直る。ゴロゴロと上空から雷音が鳴って、雨粒が大地に降り注ぐ。ファイアーモンキー達の毛先が雨とぶつかって爆ぜた。


 両手でしっかり木刀を握りしめ、奴らと対峙する。


「「「「「「キーーーーーー」」」」」」


「づぅっ!!!」


 ギィンッ。


 リーダー格らしい一番体格のいいファイアーモンキーが真っ先に剣で斬りかかってくるのを、木刀で応戦する。しかし、武が悪い。

 相手の方が身長が低いのに筋力は上で押し返される。おまけに、相手が持つのは刃こぼれしてボロボロといえども、刀身の長い金属剣であった。下手をすれば迷宮素材の木刀といえどこっちが折れる。

 

「残りは俺が引き受ける! 夕は目の前の敵に集中しろぉ!!」


 ハッとリーダ格の後ろを見やると、追随しようとする5匹のファイアーモンキーの体に水の糸が絡みついて、あっという間に血しぶきが上がる。


「助かる!!」


 後ろへバックステップを踏み、相手の剣の間合いギリギリの距離を取る。

 リーダー格の剣筋は僕には当たらずに、すんでの所で宙を切った。


「やぁあああああ!!!」


 間髪入れず、頭部を狙って渾身の突きを放つ。しかし刀身に弾かれ、つばぜり合いになる。


「負けるもんか。木刀だって十分やれるんだよ。なまくら剣なんかには折らせない」


 リーダー格の毛先が雨とぶつかって爆ぜた。


「ギャキキキキ」

 

「ぐううううう」


 力の押し合いになるのを、木刀を握りしめて受ける。水のデバフがかかればこちらのものだ。


 しかし、いつまで経っても力が弱まる様子がない。拮抗したまま互いにずぶ濡れになっていく。ふと、リーダー格と目が合った。


 僕の焦りを余所に、ピンク色の顔に笑みが浮かぶ。黄色の瞳が細まって心から笑っているのが分かった。その視線に射貫かれて、ゾクリと背筋が粟立つ。


 ここはオアシス。砂漠で唯一水のある場所。


「まさか水に耐性があるのか」


 そう呟いた瞬間リーダー格側の空中から突如火球が現れ、袖から剥きだしの肌を火が掠めた。


「あ゛っっつ゛ぅ゛」


「ヴキー♪」

 

 こいつ、火の攻撃魔法もちか!!!


 咄嗟に木刀に角度をつけて剣から離す。そのまま大きく後退して、バケツを置いた所へ走った。がむしゃらに腕を振り回し、地を蹴って疾走する。

 

「キ゛ア゛ァ゛ッ」


 四足で地を駆けるリーダー格はすぐ僕の後ろまで迫り、獣の唸り声が轟く。


 しかし、僕の方が速かった。木刀を投げ捨て、バケツを掴む。


「くらえ目潰し!!!」


 そのまま足を軸に体を捻って、勢いのままに中身を全部ぶちまける。


 リーダー格の顔面にハイター水が直撃した。


「キャ゛キャ゛キャ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」


「立ち止まってはいられないんだ」


 バケツを放り、リーダー格が落とした剣を拾う。ズシリと重たい感覚が腕に伝わってくる。


「はぁっ!」


 両目を押さえて地を転がるリーダー格に、接近する。


「死んでくれ!!」


 大きく剣を振りかぶって、その心臓に突き立てる。


 剣は軌道を逸らされることなく、火花弾ける毛を貫き、肌を貫き、心臓を貫いた。


「ギャアアアアアアアアアアア」


 切り裂かれた肌から止めどなく鮮血が流れ、鬼のような形相でリーダー格がこちらを睨みつける。その瞳をじっと受け止めて剣を振り上げる。


「ウタの為に…僕のために死んでくれよ!!」


 再度、その心臓を穿つ。


 リーダー格は呻き声すらあげず、こちらを睨んだまま剣と共に散った。

 ゴトリと、拳半分ほどの魔石が残される。カードは。


「うひゃああああ!!F級がドロップしたぞおおおお」

「マジで!?うおーーー!!これで俺っち達は大儲けだ」


 声の主を追うと先ほどコカトリスと対峙していた片方の男性。たしか花の魔法を使っていた方の手に真新しいモンスターカードが握られている。それに対して、刀を鞘に収めた男性がカッツポーズを決めてよっしゃあ!と飛び跳ねていた。


「うそだろ……」


 火に炙られた右腕の肌がヒリヒリと痛み、雨粒が体を滑って地面の染みを深くしていく。


 紅い魔石を拾い上げる。魔石の下にも、周囲を見渡してもどこにも、モンスターカードは落ちていない。


 指輪を外すと、雨が止んで雲が虚しく霧散した。

 バケツを拾い、水気を切って中に魔石とトングを放る。


 木刀を腰に収めて、ぶちまけてしまったスコーピオンの魔石を拾い集める。魔石はしっとりと湿り気を帯びていて、暗赤色を煌めかせた。


 熱気と周囲の喧騒がやけに大きく耳に響く。濡れた砂地を踏む足音がゆっくり近づき、隣に影が差す。


「残念…だったな」

 

「くそっ」


 上水流が持ってきてくれたリュックを受け取って背負う。上水流は先ほどの二人組に目をやり、ゆっくり首を左右に振った。そしてふと、思い出したようにこちらに手に持っていた何かを差し出してくる。


「これ、お前の分の」


「……。ありがと」


 最初に倒したファイアーモンキーの小さな魔石一つを手渡され、バケツに放る。

 カランと無機質な音がバケツから上がった。


 無言のままに砂漠を駆ける。スマホが示す時刻は19時30分。走れば何とか間に合う時間だ。

 スマホの地図が指し示すゲートの方角へとひたすら二人で走る。


 灼熱の空には雲一つなかったけれど暑いせいか、頬を水滴が伝った。


※※※※※


「スコーピオンの極小魔石×46個が460円、ファイアーモンキーの小魔石×1で20円、合計480円になります」


「ありがとうございます」


 買い取りカウンターで百円玉四枚と五十円玉一枚と十円玉三枚を受け取る。やっと片道の電車賃に近い額を稼げた。


 隣のカウンターでも、同じような抑揚の声だけれども違う内容の聞こえてきた。


「ファイヤーモンキーの小魔石×5個で100円、サンドトカゲの極小魔石×2個で20円、ラミアの小魔石×3個で900円、砂かけ婆の魔石×500円で計1520円から探索者税152円を引いて、合計1368円となります。現金でお受け取りになりますか」


「全部チャージで頼んます」


 お金を受け取った上水流と合流する。


「デカいファイアーモンキーの魔石、売らなかったんだな」


「蝸牛の育成に使おうかと思って。魔獣を倒させる時間はあげられないから。それより、僕がファイアーモンキーと闘ってる間に沢山倒したんだね。ごめん」


「気にすんなよ。俺だけ手持ち無沙汰で暇だったしな。んじゃあ、俺休憩室で水飲んでくるわ。ちょっくら調べたい事もあるし」


「分かった。それなら先に更衣室で着替えてくるね」


「おー、ロビーの待合で集合な」


 上水流がエレベーターへと消えていくのを見送り、そのままエレベーター前を通り過ぎて更衣室へと向かう。


 男とかかれた方の簡易扉をスライドさせると、中はそこそこ人で賑わっていた。殆どが十八歳未満の一般人と付添いの保護者か探索者ばかりである。


 空いているロッカーにリュックを押し込んで、着替えを取り出す。


 どう倒しただの、何々をドロップしただの、命懸けだっただのと、銘々に話の花を咲かす声が耳に響いてくる。人々の喧騒が今ばかりは鬱陶しく、羨ましく感じた。


「強さが欲しい。豪運が欲しい」


呟いた言葉は喧騒に呑まれ、重苦しい感情だけが残った。


「イタッ」


 袖を脱ごうとすると、火球を浴びた肌が赤く腫れていて擦れただけで痛みが走る。けれど構わず、一思いに脱ぎきってしまう。


 脱いだ服は砂と雨水と血で汚れていて、腕がずくずくと痛んだ。


※※※※※


 ロビーで屍のように微動だにせず待っていると朗々とした男性の声が流れてくる。


 待合の天井に吊されたテレビジョンに重厚な鎧装備を着た男性が映っていた。


「我々は迷宮を冒険するだけにあらず。未知と人類の生存方法を探索しに征くのである。私、国際探索者連盟団長ルーカス・ハワードはここに宣言する。第33回デトロイト迷宮攻略レイドを結成することを!! 日本の同志よ集まれ。決行の時は今年の6月5日、集いたし者は国際探索者連盟世界支部までご連絡あれ」


 流暢な日本語でルーカス・ハワードが熱弁を振るう。ルーカスは最後に握り拳を突き出して締めくくった。


 彼はアメリカ人であるが、世界中の言葉を話せる逸材。特に日本語は現地人顔負けクラスで、今聞いた言葉もイントネーションになんら齟齬を感じなかった。

 若返りのポーションで身体を維持しており、御年は確か155歳だったか。


 一方のデトロイト迷宮は今だ未踏破のダンジョンで、最深部の深さは100層を超える。迷宮ランク付けはSで、ドラゴンも出現するほどやばいエリア。


 けれど屈強な探索者たちはそこに集い、魔獣を倒しに行くのだ。


「何故彼らに出来て、僕に出来ない」


 テレビジョンに八つ当たりの言葉を放った所でウンともスンとも返事はない。

 

 しかし突然、目の前に影が差した。見上げると、着替えた上水流が瓶を片手に立っている。


「待たせたな。何も言わずにこれを浴びろ」


 その瓶の中身は淡い黄緑色で、レベルⅠの回復ポーションだと一目で分かる。


「使えな…」


 言葉を言い切る前に右腕を捕まれてポージョンを振りかけられる。

 一瞬ひんやりとした感触がしたあと、痛みが治まる。赤く腫れた肌は元の色を取り戻し、傷は跡形も無く綺麗さっぱり消えた。


「火傷は痕が残るからな。完全に俺の監督責任だから礼はいらん」


「……」


 瓶を鞄にしまう指先を思わず追いかける。今振りかけたポーションは三千円もするのに、それを。


「お? 感動して言葉も出ないか」


 ブルーの瞳が優しげに細まり、白い歯を見せて上水流が笑った。


「ありがとう」


 僕はこんなに醜い欲望に呑まれているというのに、上水流はそんな僕を気遣う余裕すらある。

 心持ちも、金も、力も、何もかもが僕と違う。それはあまりにも歴然とした差だった。僕の尊敬する友人は遥か上の世界にいる。


  だけど、上水流を超えたい。


 リュックを抱きしめて、下を向く。目尻に力を入れ、歯を食いしばった。


「泣き虫だな。もー、夕は! こんくらい気にすんなって」


 バシバシと肩を叩かれ、上水流が隣に座った気配がした。

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