第5話 砂漠の一階層迷宮
5月31日(火)
今日は5限終わりだったので、勝田台迷宮まで足をのばした。
「片道500円もした! 次はちょっと歩いてもJR使わないで京成線だけで行くかな」
「お小遣い制は大変だなー」
「上水流様の電車賃も出せなくて申し訳ございません」
「気にすんな笑」
たった3日で赤字総額は道具代を含めると2千円を超える。他にもカードホルダーともっとちゃんとした剣帯やらを揃えなくてはならないので、中学生にはかなり痛い。
受付で入場料300円を払い、昨日と同じようにゲートをくぐる。
砂埃を含んだ風が舞う灼熱の大地。
昨日の水のダンジョンとは打って変わり、呼吸する度に乾ききった空気が口の中の水分を奪っていく。半袖を着ていても体が汗をかいて暑さを訴える。
ここは直射日光が燦々と降り注ぐ、F級火土のダンジョン。
一階層しか存在しないこの迷宮は通称【砂漠の一階層迷宮】と呼ばれている。
「さて、戦略をお聞きするぜ」
「今日はね、手当たり次第エンカウントした魔獣を狩ります。カードがドロップするまでね」
「Oh…ジーザス。ここが地獄であったか」
F級魔獣からのE級モンスターカードのドロップ率はたったの0.01%。
一万匹狩って出れば御の字というほど、カードは手に入れにくい。
しかも、あくまで確率なので何万匹狩っても出ない人もいればビギナーズラックで一発で当ててしまう人も居るぐらい振れ幅が激しい。
モンスターカードの相場はF級であれば数十円~数十万だが、E級は安くても50万台~200万、大海蝸牛ですら昨日調べた価格は60万円だった。
「僕はとてもとてもE級カードを買えないからね。脱出系も手が出せないし、致し方なしです」
「高いもんな。俺でもロストした時はさすがにヘコむ」
「勝田台迷宮は習志野迷宮より、ドロップ確率が高いって言われてるけどどうなんだろう」
「まー、潜る人が多いからな。相対的にラッキーボーイ、ガールが出るんだろ。今日はお前がそのラッキーボーイだ。言霊を信じろ」
「うん! 僕は今日ラッキーボーイになるんだ!」
ダンジョンアプリを起動して自動マッピングをセットし、リュックのサブポケットに放り込む。
続いてリュックからトングと折り畳み式バケツ、水の入ったペットボトル、家から拝借してきたトイレハイターを取り出す。
バケツに水とハイターを注いで軽く混ぜれば、準備完了である。
「さて、それじゃ出発しよ!」
「らじゃー」
しばらく歩くと、砂地から不自然に突き出す黒い物体を発見する。
スコーピオンの毒針だ。
「もしも刺された時は援護してね」
「任せろ」
上水流に一声かけ、ゆっくりとスコーピオンへ近寄っていく。
かなり近づいてからバケツをそっと側に置いて、トングを構える。
よし、ダンチューブでやってた人がいるぐらいだから僕だって出来るはずだ。
トングを掴む手が汗で滲む。
大丈夫。F級スコーピオンの毒は刺されても少し痺れる程度。
毒針の尻尾をトングでつまみ、一気に引き上げる。
「ギチュッッ」
二本の大きなハサミ、左右に四本ずつ脚のある真っ黒な体に反して目だけが爛々と紅く光るスコーピオンが、砂地からその姿を現す。
僕の手より大きいスコーピオンは途端にジタバタと暴れ出し、ハサミでこちらをちょん切ろうとしてくる。
「ひぃあっ」
すぐさまバケツにスコーピオンを突っ込み、水没させる。ブクブクと水泡が浮かび、スコーピオンが脚を忙しなく動かす。浮上しようともがくスコーピオンをトングで押さえつける。
「ギイィィィィィ」
バチャッ、バチャッ、バチャッ。
「うわー」
ドン引きする上水流の声を余所に、トングに力を込めた。
スコーピオンは火属性。
火属性は樹属性に強いが、水属性には弱い。したがって、F級火属性のスコーピオンがハイターの湖に叶うはずもなく。
「ギュギュギュッ」
しばらく沈めたままにすると、やがて光の粒子となってスコーピオンは消え去った。
「ふぅ。スコーピオンに対してはこれで大丈夫だね」
「まともに戦闘出来んのかね。夕さんは」
仕方がないじゃないですか。
初撃避けられちゃうし、毒針を刺してくるんだから。
同様の要領で、砂地から生える尻尾をつまんではバケツに沈めていく。
しばらく進むとやっと、違う魔獣に出くわした。
バケツとトングを地面に置いて、腰の木刀を抜く。
向こうからこちらへと歩いてくる姿は黄土色の帽子と服に身を包んだ人間のようで、さながら黄土色版サンタクロースのようである。しかし、その身体は全て砂で構成されており、目も口も鼻もないのっぺらぼうの顔がこちらを凝視している。
「ザンザンザンッ」
そう不気味な獣声をあげて近づく魔獣には、見覚えがあった。
「サンドマンだね。ドロップしないかな」
「まー、頑張れっ」
ザントマン。
土属性でE級クラスからは悪魔属性と眠り魔法がプラスされる強力な魔獣。
そのためE級ドロップカードは末端価格で100万円の値がつくほど人気が高い。
対してF級のザントマンは素手のみで攻撃してくるという。そしてその体は脆く、まさしく"砂男"らしい。
木刀を上段に構えて、ザントマンに向かって疾走する。
ザントマンは拳で応戦する仕草をみせてきたので咄嗟に構えを解いて、腕に向かって横薙ぎを放つ。
一撃目は躱されてしまうが、勢いのままに切り返して往復分の横薙ぎをお見舞いする。
ザザザザッ。
軽い感触が木刀を通して伝わってきて、斬りつけた肘の一部が砂となって散る。
「ザンザンッ!!」
「うわっ」
ザントマンが顔面に砂を投げつけてくるのを咄嗟に躱す。
「ザンザンザンザン!!」
口もないのにどうやって喋っているのか分からないが、とにかく怒っていることだけは伝わってくる。
と、拳が飛んでくる。
「ザンザンザンンン!!」
「痛ったぁ!?」
避けきれず、腹を砂の拳が直撃する。そのまま地面に投げ出され、鋭い痛みが腹から全身へと伝播していく。
「ぐっ…くっそ…」
歯を食いしばって、木刀を支えに起き上がる。熱風が頬を撫で、砂が肌にまとわりついて気分が悪い。
「絶対倒す」
ザントマンの頭に木刀の標準を合わせて、突っ込む。しかし、顔をそらして避けられてしまう。それどころが、どてっぱらに再び拳をプレゼントされてしまった。
「ぐふっ」
ズムッと鈍い音と共に体が一瞬宙に浮遊して、重力に逆らえずそのまま地面に倒れ伏す。
「ザンザンザンザン」
「ぐぁああああ」
背中を踏みつけにされる衝撃を感じ、腹と背から苛烈な痛みが広がっていく。
「夕陽っ」
「手を、だ、さなぃ、で」
無理矢理声を絞りきるように上水流を制止する。僕が倒さなくちゃいけない。
木刀を握りしめる手に力を込める。
「ザンッザンッ」
「うぁあ゛」
強烈な足蹴りを食らって体が吹っ飛ぶ。
目を開けると、こちらへ歩み寄るザントマンの足が見えた。
身体に鞭を打って、ザントマンに向かって木刀を投げつける。
「ザァン」
忌々しそうにそれを振り払うザントマンに向かってタックルをかます。
「ザンッ!?」
「あああああああああああ」
砂の左足にしがみつく。ここで負けるもんか。
砂の手が服を引っ張って引き剥がそうとしてくるがかまわず、ザントマンの足を渾身の力で抱きしめる。ズボン越しに腕が砂足にめり込んでいく感触がして、片足が二つに分断された。
「ザンッ!?」
片方の支えを失って、ザントマンは仰向けに倒れ込む。
その隙を逃さず、木刀に手を伸ばしてのっぺらぼう頭めがけて振りかぶる。
「カードになれええええ!!!」
「ザァァァァァンンッ!!」
頭を突いた瞬間、ザントマンは断末魔を叫ぶ。抵抗虚しく、空を切った砂腕が散り散りになっていく。やがて身体全てが砂地へ還り、ザントマンの着ていた服が光の粒子となって消滅する。コトンと、黄土色の魔石だけが残された。
カードはない。くっそ。そう簡単にはいかない…か。
「うっ」
ズキズキと鈍痛がする腹に呻いて、思わず地面に膝をつく。アドレナリン効果が切れたのか、痛みが増していく。
声を出すほど腹に力を入れられず、心の内でステータスと唱える。眼前に半透明の文字が浮かび上がった。
<ステータス>
名前:
種族:ヒューマン Lv.2
体力:7/10
魔力:ー
魔防:ー
攻撃:8
耐久:21
敏捷:20
器用:14
知力:46
これならまだギリギリ軽傷の範囲。
体力4減りからは中傷の怪我で回復ポーションの使用が推奨される。
3減りならまだ。
すぐ後ろからバタバタと近づく足音がした。
「大丈夫か!! ポーション飲むか!? レベルⅠのやつ!!」
「い、らない」
「やせ我慢するなって!!」
「ダメ。このくらいで一々消費してたら破産する」
手にもったポーションの瓶と満身創痍の僕を交互に見て、上水流は困った顔を浮べていたが僕の意を汲んでくれて鞄に瓶を戻した。
「すまん。俺は日常的に飲んでたから感覚がバグってた。飲まなくても普通に自然治癒するよな。んでも、一旦休んで体勢立て直すぞ。さっきの一撃はまずい」
「うん」
腹を押さえてどうにか立ち上がる。
サンドマンは大して強い敵ではない、木刀ではなく金属製の刃物であれば砂の体も簡単に切り刻める。
しかし、一般人は金属剣を迷宮に持ち込めかった。薙刀(竹や木製)や木刀、弓、スタンガン、バールなど対人殺傷能力が低いモノしか武装が許可されていない。唯一許される刃物といえば、包丁ぐらいだ。
理由は一昔前に人間同士による迷宮内での殺人事件が多発した為。銃社会の国々に比べれば日本はまだマシな方であったがそれでも今ですら、毎年迷宮内傷害事件が発生し続けている。
けれど、木刀一本で太刀打ちするのにも限界がある。治安が悪くても銃社会が今は羨ましかった。
「ザントマンで互角だなんて」
「あんまり無茶するなよ」
フラつく体で荷物を片そうとするのを、水の糸に止められた。水の糸が全部の荷物をテキパキと片付けてリュック一つにしてしまう。
リュックを持とうとする手も止められて、仕方なく好意に甘えてされるがままにする。
平らな乾いた砂地まで重たい身体を引きずった。
※※※※※
僕が休んでいる間、近寄ってきた魔獣を全部水の糸で絡め取って上水流は圧殺していく。
「ははっ、あんなに簡単に」
再度ザントマンに急襲されるも、上水流は水で大剣を形取り、のっぺらぼうの頭を切り落としてしまう。それはもう瞬殺としか言い様のないほどあっさりと倒した。
上水流はパーティメンバーと共に高ランク迷宮を無双するような強者だ。それに加えてスキル持ちの覚醒者。僕とは比べ物にならない程強い。
覚醒者の足を止めるのは、その成長を阻んでいるようなものだ。
スキル、魔力or魔防のステータスが発現した者は俗に「覚醒者」と呼ばれる。
覚醒者には満七才以上の時点で探索者ライセンスが与えられる。魔獣と同等の強さを持つことが、潜れば潜るほど成長することが確約された選ばし存在。
僕のようにこんなに条件に縛られはしない。
スキル『操りの水』に加えて魔力も魔防も発現した上水流は、僕と同じ中三でありながらも、常に上位ランクの迷宮攻略に挑んでいた。
そばに居て、その様子を見続けてきて思わなかった事はない。けれど、それを深く考えてしまえば憧れと尊敬は消え失せて、嫉妬に塗れただけの醜い人間になってしまうようでずっと蓋をしてきた。
天と地ほどの差がある人なのだから考えちゃいけない、僕と比べるなどおこがましいにも程があるとずっと蓋をしてきた。
心の深くにしまわれていた言葉が沸々と言語化していく。
何故上水流はあんなにも魔力に適性があるのに、僕にはないんだ。
この差はなんだ!?
なんで生まれ持った才でこんなに違わなくちゃいけないんだ!?
学校でも迷宮でも、僕はずぅっと上水流に守られ続けるのか!?
僕はいつまで守られて潜ることになるんだ!?
「もっと強くなりたい」
僕にも寄越せよ、強さを!!
魔獣を屠る力を、スキルを、ドロップ運をくれよ!!
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