第3話 水のダンジョン 2

5月30日(月)

 今日も学校終わりの放課後、習志野迷宮に来ている。

 上水流かみずると共に、ロビーの一般者受付に並ぶ。平日の夕方であるせいが、人はまばらですぐに番が来る。

 赤い眼鏡をかけたショートヘアの理知的な印象をもった女性職員が受付をしていた。


「探索をご希望ですか?」


「はい!」


 身分証を確認します、と言われて生徒手帳を見せる。上水流は付き添いで、と探索者シーカーライセンスを提示した。


「プロ探索者の同行を確認しました。こちら、ご返却します。お客様は十八歳未満ですので、同行ありでも二十時までのご帰宅をお願いします。

 入場料が300円、防具レンタルが1000円となっていますがどうなさいますか?」


「入場だけでお願いします」


「では300円になります。こちらの通行証は万が一の時にお客様の位置を知らせる物となっており、お帰りの際にゲート職員が回収いたしますのでなくされないようお願いします。なくされますと、300円の追加徴収となりますのでくれぐれもご注意ください」


「はい。ありがとうごさいます」


 僕の分の入場料を払い、細長い紙の入場証を受け取る。材質はただの紙のように思えるが、中央に小さな黒の魔方陣が印字されていた。


 ちなみに上水流はライセンス持ち探索者なので入場無料だ。いいなあ。300円とはいえ、地味に痛い。


 受付を離れ、迷宮入り口に設置されたゲートへと向かう。ゲートの横にいる男性職員に通行証を見せる。


「確認致しました」


 上水流は職員が差し出した機械に探索者ライセンスカードをかざす。ピッと音が鳴って機械の一部が点滅した。


「それではいってらっしゃいませ」


 制服を着用した男性職員がゲート横のボタンを押し続けると、ゲートの扉が開く。


「うおぉ。いってきます!」


夕陽ゆうひはしゃぎすぎ」

 

 ゲートをくぐると、そこは昨日見た景色と同じ、太陽が燦々と降り注いで何処までも続く青空の下に柔らかな草地の草原が広がっていた。


 リュックからスマホを出してダンジョンアプリを起動させる。


 彼のアーク・リーさんが開発した偉大な事業の一つだ。コレ一つで、自動マッピングから世界各地の迷宮・魔物の情報アクセス、SNS連動まで何でも出来てしまう。

 

 習志野迷宮と設定して、自動マッピング機能をオンにする。あとはリュックに突っ込んでおけば勝手に歩いたルートをマッピングしてくれる。


 まあ、F級迷宮の造りは単純で大体が洞窟型かテニスコートのような四角の構造になっているのでそんなに迷うこともない。


 E級からは迷路のように入り組んでいて、マッピング無しではすぐ迷子になるらしいが。


 リュックに刺しっぱなしだった木刀を手に取り、早速スライムがいつ来てもいいように構える。スライムは魔石が小さすぎて見えないので倒すだけ丸損であるがレベルアップの経験値になる。


 準備を終えた僕に、上水流から声がかかる。


「それじゃ行こか」


「おー!今日もよろしくお願いします」


 上水流は僕と違って着替えず、制服のままで通学リュックを背負っていた。上がりに勉強会するよって言ったけどそのままって、汚れない自信しかないんだろうなあ。

 僕はというと、レインコートにリュック姿で少し動きづらい。


「二十時までしか潜れないから、今日は余裕をもって十九時上がりにしようと思う」


「ま、二時間潜れれば上出来じゃん。昨日のプリントやったけど半分も正解してなかったわ。勉強道具は一式もってきたけど、今日はマック?」


「千円貰ってきたからそうしよ」


「またポテトSだけ頼んで残りは着服する気だろ」


「しょうがないじゃん。大赤字なんだから! それしても、正答率半分以下かぁ。学校休みすぎ。小テストは明後日だよ?」


「しゃあない。レイド参戦するとどうしても泊まりになるからなー。あ、おるで」


 上水流の指さす先には草をついばむ青色スライムがいた。のんびりと葉を取り込んで体内で溶かしている。

 忍び寄り、その体に木刀を突き刺す。


 ドスッ、ドスッ、ドスッ。


 一撃目は相も変わらず躱されてしまったが、二撃と三撃で仕留めた。


「どうよ。だいぶ手慣れてきたでしょ」


「ああ。昨日とは大違いwww」


「笑うな!」


 茶化されつつ、スライムを倒しながら階段を目指す。今日の目的は2階層だ。


※※※※※


 上水流に折りたたみ傘を差していて貰い、昨日と同様塩水バケツに蝸牛をドボンししまくる。

 

 樹を登っていた7㎝ほどの大きな蝸牛を捕まえて、手に持つバケツに放り込む。

 これで20匹目だ。


「みてみて。結構でかいの捕まえた」


 僅かに水が跳ね、蝸牛は身を捩らせてもがく。


「凄い凄い(棒読み)」


 上水流は流れ作業に飽きてしまったようで、バケツを覗くもその瞳はどこか上の空だ。

 先月に「もうすぐB級ライセンスの試験受けるんだわ」と言っていたぐらいだから、さぞかし高ランクの魔獣を狩っているのだろう。


 蝸牛なんて普段は見向きもしないんだろうな。


 バケツに放り込まれた蝸牛は、体をくの字に曲げたのを最後に光の粒子となる。フロッグの時よりもずっと小さい魔石が底に残った。


「よし、ここらで一旦休憩にしよっか」


「え。もう?」


「うん。準備しなきゃだから」


 近くにフロッグがいないのを念入りに確認してからレジャーシートを敷き、その上に二人で座り込む。


 スプーンでバケツの底に貯まった魔石を掬い、ティッシュで水気を取ってからフラスチックケースにしまう。ケースは青色一色になった。

 

「これだけあれば30円くらいには…ならないなぁ」


 調べた所、蝸牛はすぐ捕れることと砂粒~小石程のサイズであることから大きい物でも単価数円の相場である。シブい。思わずため息が零れ、上水流に苦笑を返される。


「今日は思い切ってボスに挑もうと思うんだ。ここのボス、大蝸牛でしょ」


「そーだけど、さすがにバケツの塩水だけじゃ倒せねえぞ?」


「それはどうかな」


 リュックから昨日百均で買い揃えた漏斗(小)と水風船を取り出す。そして用意していた高濃度の塩水を入りペットボトルを漏斗にセットし、先を風船につなぐ。


 慎重に水を注いで膨らませていけば、40個分の即席塩水風船の出来上がりだ。


 バケツの水を空いたペットボトルに戻し、代わりに水風船を入れる。


「水風船懐かしすぎるw」


「これだけぶつければかなり動きは弱まると思うんだ。次からは道具買わないで行こうかと思うけど、初回はさすがにね、足止めして弱体化させないと」


 着々と風船を膨らませていく。これだけあれば、十分に戦えるはずだ。

 全ての水風船が出来上がり、バケツは結構な重量になったが持てない程ではない。


 スマホでボス部屋の方角を確認する。


「さっきの樹からまっすぐ歩いて行けばその先にボス部屋か。じゃあ、早速ボスを倒しにいきます」


「頑張れよ」


 上水流と握手を交わす。濡れた手に少し苦い顔をされたが、まあしょうがない。


 マップの示す方角へ進むと、行き止まりの壁が眼前に見えてくる。その中央には重厚な扉があった。美しい女神が雲の上に寝転び、下界に棲む幾多もの魔獣を見下ろす精緻な絵が扉に描かれている。その中には、地を這う蝸牛の姿もあった。


 習志野迷宮は2階層までしか存在しない。

 だから、この迷宮のボスが扉の先にいる。


「じゃあ、行くよ」


「おうよ。健闘を祈る」


 扉に手を当てた途端、扉が内側にゴゴゴ…と開いていく。風が室内へと吸い込まれて不気味な音を奏でた。


 意を決して部屋へと入る。左右の壁際から炎が揺らめいて、一瞬のうちに暗かった室内の様相が見渡せるようになった。

 円形の空間が眼前に広がる。四方の壁には松明がかけられており、その炎がチロチロと仄暗く揺らめいて厳かな雰囲気を醸し出す。火はあるのに冷気を帯びた空気に、思わず身震いする。


 天井はそれほど高くなく、部屋の最奥に目を向ける。そこには迷宮のボス…僕より遥かに大きな躯体の大蝸牛だいかぎゅうが首をもたげて佇んでいた。

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