第2話 水のダンジョン 1

5月29日(日) 

習志野迷宮(F級水のダンジョン)【第1階層】


 午前中は動物病院に行っていたので、午後からダンジョンに潜ることとなった。

 中一以来だから、約二年ぶりのダンジョン探索に思わずテンションが上がってしまう。


「我々は迷宮を冒険するだけにあらず.

未知と人類の生存方法を探索しに征くのである.byルーカス・ハワード」


 顔の前に手を当て、人差し指をピンと真上にのばし親指と中指を左右に広げた決めポーズをとり、声を潜めた低音ボイスで言い放つ。


 唯一の友で同級生、上水流かみずるれんは同じく三本の指を顔の前にかざし、ドヤ顔で僕の悪ノリに便乗してくれる。


「時は満ちた.スマホ×マナによって迷宮探索は新時代を迎える.さあ、君も手にしよう.byアーク・リー」


 上水流は喉から気持ち高めの高音を絞り出して右手に持っていたスマホを顔の横にかざす。


 お互いに見合って、どちらからともなく笑い出した。


 今真似した二人はその名を知らぬ者はいないほど有名で偉大な探索者であった。


 どのダンジョンでも入り口かロビーの待合でこの二人のプロモーションを流している程だ。


夕陽ユウヒの…ぶふっ…めっちゃ似てたな…」


「ぷくく…上水流もね!」


 春を思わせる温かな気候に、柔らかな雑草が一面に生えた草原地帯。その所々にはたわわな果実を身につけた樹木が根を生やしている。そんな自然豊かな大地を僕たちは歩いていた。


 やがてぷるんっと震えるスライムが一匹、前方に見え始める。


「色は水色か。夕陽」


 上水流は顎でしゃくって、眼前のスライムを討伐するよう僕を促す。

 

「うん。やるよ」


 スマートフォンをポッケにしまって腰に下げた木刀に手をのばす。

 硬い感触が右手に当たり心臓が早鐘を打って、冷や汗が背中をつたう。さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返る空気に、緊張が最高潮になる。


「大丈夫。ユウならやれる」


 背中をそっと叩かれて覚悟を決める。そうだ。


「俺は探索者になるんだ。抜刀!!」


 木刀を高く掲げて、一気にスライムの元へ駆け出す。

 青く丸い流線を描いたフォルムの、両手にすっぽり収まってしまうほど小さい体格の魔獣。クラスはF級とされ、日本の迷宮において最弱の部類に分けられている。


「イアアアアアアアア」


 気合い十分に木刀を振り下ろす。木刀はスライムに向かって一直線に襲いかかるが、突如軌道を無理矢理曲がられたかのように何もない草地へと木刀は直撃する。

 スライムは、ぴょんぴょんと跳びはねてどこかへ行ってしまう。


「くそっ。また!!」


 カランと木刀を地面に落として膝から崩れ落ちる僕に、大きな影が差す。見上げると、そこには至極真面目な顔つきの上水流が仁王立ちしていた。

 

「スライムの魔法すら跳ね返せないなんて、夕もしかして防御低い?」


「魔力防御はーで空欄だった」


「あちゃー発現すらしてない。でも、レベルは2なんだよな?」


「うん。派遣職員さんが親切でレベルが2になるまでスライム捕まえて、俺が倒しやすいようにしてくれたんだ」


 木刀を拾って立ち上がる。


「何匹かかった?」


「29匹」


 上水流が頭を抱える。それもそのはずだ。上水流はたったスライム1匹倒しただけでレベルアップしたのだから。


 人は全員ステータス値がレベル1の状態で生まれてくる。レベルは迷宮の魔獣を倒せば倒すほど上がっていくのだが、その上がり方には個人差がある。

 最初は迷宮でスライムを1~35匹倒せば、もれなく全員レベルが2になれる。


 僕はレベル2になるまで29匹もかかったから、ビリの方だ。


「ま、まあ今日は考えもなしに来たわけじゃないから早く2階層にいこう」


「スライムすら倒せない状態で上へあがるなんて不安しかないぜ」


 上水流と共に2階へ向かう。上水流はプロ探索者なんだから何が怖いというのか。


※※※※※

 

 スマホが表示する位置情報を元に、2階層へ続く階段を登る。


 2階層では常に小雨が肌を濡らし、所々霧が発生する雨の草原地帯であった。


 2階層に出てくるモンスターは主に蝸牛かぎゅうとフロッグである。さて、僕のステータスでは当然蝸牛もフロッグもまともに倒せないので。


「ちょっと待ってね。準備するから」


「準備?」


リュックから折り畳みバケツを出して組み立て、そこにペットボトル500ミリの水を注ぐ。

 さらに塩をたっぷり加えて木刀でかき混ぜ、即席の塩水を作る。


「フロッグは無視して蝸牛だけこの中に入れてこうと思って。ダンチューブでさ、塩水に浸した蝸牛がじゃんじゃか死んでくの見たんだぁ」


「なんとも恐ろしいことを。弱点を突くならその通りだな」


 木刀と塩水バケツを手に草原を進む。すると、岩の影に張り付いている蝸牛の群れをすぐに見つけた。


「おー集まってるね」


「それじゃ夕さんのお手並み拝見といきますか」


 蝸牛は体高10㎝を超えるまでは、野生生物のカタツムリとほとんど違いがない。

 強いて違いを挙げるとすれば、10㎝未満が人を襲うことはなく、普通のカタツムリより激弱で塩ですら浴びれば途端に死ぬレベルであるという違いぐらいだ。


 当然、素手で触っても問題ない。


 バケツを近くに置き、空いた手でペリペリと岩に張り付く蝸牛を剥がしていく。


 ここにいるのは、どれも2~3㎝の小さな蝸牛で岩と同化した色をしていた。剥がしたらそのまま、塩水の中へドボンッと投入していく。


 蝸牛はバケツの中でその身をくねらせてしばらくダンスを踊っていたが次第に無抵抗となり、終いには光のホログラムとなって散っていった。


 バケツの底に死骸のように砂粒ほどの魔石が残る。


「我ながらえげつなかったかな」


「お手軽でいんじゃね? じゃんじゃん狩ってこーぜ。29×29×29匹分狩らなきゃならんのだから」


 手当たり次第に見つけた蝸牛をバケツに放り込む。



 気付くと底が魔石で見えなくなっていた。


「どーよ。レベルアップした?」


「うーん。とくにそんな感じはしないなあ。ステータス!」


 眼前に半透明の液晶画面と文字が表示される。


<ステータス>


名前:月代ツキシロ 夕陽ユウヒ             

種族:ヒューマン Lv.2

体力:10

魔力:ー

魔防:ー

攻撃:8

耐久:21  

敏捷:20

器用:14

知力:46  


 相変わらず低い。

 僕の取り柄と言えば、本当に知力が人よりちょっとだけ(+6ぐらい)高いというところしかない。


「ステータスクローズ」


 半透明の表示画面が姿を消し、眼下に広がる葉がそれぞれに水滴を煌めかせてその存在を主張しだす。


 自分の年齢と同じレベルまでは、初回レベルアップ時にかかったスライム討伐数の累乗(上げたいレベル+1の数分)を目安としてレベルアップしていく。だだし、自分の年齢より上のレベルを上げるにはその限りではなく、もっと莫大な討伐経験が必要となる。


「レベルは2のままです。ごめん。スライム2万4千匹分だからね」


「気長にやるっきゃねえなー。それじゃ、フロッグも倒してみようぜ」


「フロッグはなんの準備もしてないよ!?」


 手持ち無沙汰で暇そうに両手を振り回す上水流を見やる。上水流は、意地悪そうな顔で僕たちの後ろを指さした。振り向くとそこには。


「ゲッッゲロゲー-」


 イボイボの体に派手な赤い体色のカエル。いやカエルというには大きい化け物、フロッグが口を開けていた。


「ヤバいッッ」


 口を開けている。もうヤツの戦闘準備は整っているのだ。

 バケツの水をフロッグにぶちまけて時間を稼ぎ、大きく横に逸れる。上水流はというと、僕と反対側の所に退避していたが、射程外ギリギリの所で立ち止まっている。


「あちゃー魔石がもったいない」


 のんきな上水流の声が聞こえた刹那、フロッグの口から強烈な液体攻撃が放たれた。さっきまで居た場所の草がジュウゥ…と音を立てて溶け始める。


「よく避けれたな。ま、当たってもちょい火傷するぐらいだけど」


「ちょい火傷じゃないよ。ビックリしたよ!!もっと早く教えて!?」


「それは悪うございました。じゃ、倒してみて。ダンジョンじゃこんくらいよくある事よ? ハンデとして動きは鈍くしてあげるから」


 当然倒せるよなと言わんばかりに、上水流の目は据わっていて至極真剣で、片手をフロッグに向かって振り降ろす。


 その瞬間、その手先から小さな水の糸が出現してフロッグの両足に纏わり付く。ブロックはバタバタとするが跳躍できず囚われの身になった。上水流のユニーク魔法スキル『操りの水』だ。


 これからダンジョンに潜るなら魔獣に襲われる事も当たり前、むしろE級からはエンカウントしたら即戦闘が当たり前になる。

 これぐらいその場で対処できなければ探索者になんてなれない。


「上水流ありがとう、やるよ」


 覚悟を決めてリュックから護身用のスタンガンを取り出す。今日は使うと思っていなかったが、1回分の充填はしてある。水と塩を被せたこの状況なら電気は良く通るはず。

 問題は当たればだが、上水流がおさえていてくれている。今なら試せる。


 スライムはおさえていれば初撃も当てられた。つまりは迷宮または魔獣全体にかかっている魔法ではなく、何らかのスキルかもしれない。蝸牛は素手で触れたし。

 

 フロッグに向かって、リュックから出したカラのヘットボトルと水が入ったヘットボトルを投げる。水の入ったペットボトルが物理法則に逆らい、触れてもいないのに投げ返される。


 しかし、カラのヘットボトルはフロッグの体に当たった。


 その瞬間を逃さず、スタンガンをフロッグの胴体に当てる。刹那スイッチを押すと、バチィっと電撃がフロッグの体を伝った。


「ゲゲッッ」


「やっぱりっ!! 初撃だけ躱せるスキルだ」


 スタンして麻痺状態のフロッグに、木刀を突き立てる。ブニュッと鈍い感触がしてドス黒い血が周囲を染める。


 ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ。


 何度も突き刺してやっとフロッグが光のホログラムになる。


「やった!」


 水の糸が上水流の元へと戻り、霧散した。あの魔法、凄いなあ。僕も使いたい。と、上水流と目が合う。


「よくやったじゃねーか! もっと早く気づいてくれれば簡単に倒せたけどな」


「へっ?」


「だって木刀連続で振れば、上級回避スキルでも確率で何発かは当たるよ」


 思わず木刀を落としてしまう。

 なんだったんだ、今までの苦労は。


「それ…」


「?」


「それを早く言ってよ〜」


 クシュッと、上水流がくしゃみをして早く魔石を取るよう促してくる。


 蝸牛の魔石は散ってしまい、草原の土と見分けがつかなくなってしまっていた。

 一方でフロッグの魔石は小指の爪の半分の大きさで何とか見つける事が出来た。


 腕時計をみると時刻は夕方に迫っており、夜は来週分の前借りで上水流に勉強を教える事になっている。


「そろそろ切り上げようか」


「は~勉強やだな」


 帰りがけに蝸牛とスライムを討伐しながら今日の探索はお開きにした。

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