第15話『白兵』

 生徒らを放課後へ誘う鐘の音が、校舎に満ちる。

 次々と教室のドアが開いて生徒たちが廊下へと溢れだす、部活動へ向かったり帰路に着いたり、とにもかくにも自由を謳歌できる時間帯だ。それが金曜日ともなれば尚のこと、学生たちの自由に対する熱は増していく。

 至極いつも通りの学校模様、全体として見れば何も問題のない日常のはずなのだが、実は律花たちの近しいところでとある問題が発生していた。


 その問題とは、紫がこの一週間、学校に姿を現していないということだ。

 風邪を引いてそれが長引いているのであれば「仕方のないこと」で済むのだが、どうにもしているというのが難儀なところ。

 紫はザ・模範的生徒というくらいには真面目で勤勉な子だった。学業は勿論のこと、先生との関係も良好で、とてもではないが無断欠席をするような学生ではなかった。それ故に、生徒会副会長という役職にも就いている。

 お堅い生徒会副会長が無断欠勤した、という話はすぐに学校中に広まった――などということはなく、せいぜい紫のクラスメイトたちの話題に上がる程度のものだった。

 彼女は堅苦しい役職に就いているが、生徒たちがそもそもそういったことに関心がないというのが、悲しいかな現実である。現に律花も、当初は紫の名前も顔も覚えていなかった。


 加えて紫の交友関係は広い方ではなく、知れ渡るとすれば、せいぜいクラスのお喋りな奴が外部にぽろっと漏らす程度。当然、この話が広まるには火種が小さすぎた。

 かといって交友関係が全くないというわけではないのもまた事実だ、律花と有真がこの話を聞いたのは少なからず彼女のことを知っていた玲からだった。


 「紫先輩、どうしたんだろ。メッセージも全然既読着かないし」

 「クラスの人たちも無断欠席してるって事しか知らないみたいよ。というか、いつの間にか仲良くなってたのね」

 「明日、大丈夫かな……? 燈山先輩」

 「会う約束でもしてるの?」

 「まぁ、ちょっとね。教えてくれてありがとう氷見」

 「どういたしまして。じゃあ私は用事あるから帰るわね。お先に、律花、有真君」

 

 放課後の教室、玲の後ろ姿を見ながら、有真はこの前の部室でのことを思い返していた。落ち着きを無くした状態で帰り、そしてそれから一週間学校に来ていない。何かあったことは明白だが、何があったのかは分からない。


 「燈山先輩が無断欠席って……本当にどうしたんだろう。この前も慌てた様子で帰って行ったし」

 「さぁ……? 身内に不幸があったとか?」

 「可能性としてはなくはない、かも……」

 「まぁまぁ、考えていたってしょうがないんだしさ、気晴らしにどっか行こうよ。今日部活休みでしょ?」

 「うん。大友もバイトだからって断られた」

 「じゃあゲーセン行こ、ゲーセン」

 「いいけど」

 「よーし。じゃ、出発」


 ひとまず明日紫と無事に会えることを祈りながら、有真は律花に連れられてゲームセンターへと足を運んだ。


△▼△▼△▼△


 駅前広場から、モーニングモール方面へ進み、少し歩くと見えてくる大きめのゲームセンター。今日が金曜日ということもあり、学生服姿の若者が客層の大半を占めていた。

 自動ドアが開き、メダルゲームやらクレーンゲームやら音ゲーコーナーから鳴る、複数種の騒音が律花と有真を出迎えた。

 律花は迷うことなく音ゲーコーナーへと向かうと、丁度良く空いていたダンスゲームの筐体へ有真を誘った。

 画面上を流れる上下左右の矢印に対応するフットパネルを、タイミング良く踏んでいくという内容のリズムゲームだ。

 有真はこのゲームをやったことはないし律花もないはずだが、えらく自信満々な律花に煽られ、有真は百円を筐体へ入れた。

 選曲画面が流れ、一曲目が決まったところで律花はこう言った。


 「スコア負けた方ジュースおごりね」

 「は?」


 無慈悲に一曲目が始まり、二曲目、三曲目と続くも、結果は有真の全敗。

 そうして有真は思い出した、律花は何でもそつなくこなす天才肌タイプだったということを。

 なまじ整った律花の顔立ちやスタイル、そして華麗にフロアを舞う女子高生の姿にギャラリーが数人集まっていたが、当の本人は気づいていないようだった。

 気分を良くし、ちゃんと有真にジュースを自動販売機で奢らせた律花はゲームセンター内の片端から遊び回った。

 姉弟きょうだいとはいえ、血の繋がりのない二人は、端から見れば放課後にゲームセンターで遊ぶ高校生カップルと間違われるだろう。

 お互いに勝ったり負けたりを繰り返し、初めて体感する騒がしさに少々グロッキーになるエスのことなど露知らず、大体遊び回った二人が次に目を付けたのは格闘ゲームの筐体が並ぶコーナーだった。


 「あんまこっちこないけど、凄いあるね。種類」

 「格ゲーか。ゲーセンで遊んだことはあんまりなかったな」

 『みぃは疲れたにゃ……やかましいのにゃ』

 「もうちょい我慢してよエス……お、有真、あれ、あの人」

 「ん?」


 めっちゃイケメン、と律花が指さす先には、二人が通う日彩学園中等部の制服を着崩した、中性的な顔立ちの女生徒が筐体の椅子に座っていた。

 茶色のブレザーを羽織り、本来は着けているはずの学校指定のネクタイを外し、ワイシャツの第一ボタンを開けた彼女は、ニヒルな笑みを浮かべながら、筐体のレバーとボタンをせわしなく操作していた。

 気分が乗っているのか、頭の動きに合わせてアシンメトリーのショートカットヘアが靡き、後ろ髪に入ったインナーカラーの青が、彼女の格好良さと綺麗さを引き立たせている。

 向かいの筐体には律花たちと同い年くらいの他校の男子高校生三人組が苦悶の表情を浮かべていた。そのうちの一人が彼女と今戦っているのだろうが、恐らく絶望的に負けているのだろうと、律花たちでも推測できた。


 「おいおいおいおいおい~~~? 野郎が三人挑んでこんな可憐な女の子に三タテされるとか恥ずかしくなっいんっすか~~?」

 「まじか強すぎだろ……」

 「やーっぱ陰キャ君は家に帰ってネット対戦に籠もってた方がいいんじゃねぇの?」

 「ば、馬鹿にするのもいいかげんに――!」

 「こぇー! ゲーセンで知らねぇ男たちに犯されちまうー!」


 ゲラゲラ笑いながら誰の目に見ても愉快そうに対戦相手の三人を煽る謎の少女、有真は変に絡まれる前に退散しようと律花に声をかけたが、一瞬遅かった。

 手を頭の後ろに組みながら何の気なしに顔を横に向けた彼女と、運の悪いことに有真の目がバッチリ合ってしまった。


 「あ、やっべ」

 思わず声に出してしまった有真、そして完全に狙いを定めた少女がまたも不敵な笑みを浮かべて有真に声をかけた。

 「へいへいそこの彼氏さんよぉ! 女の子ボコって彼女に良いとこ見せたくない?」

 有真はさっさと立ち去ろうと律花の手を掴んだ。

 「行こ、律花」

 その様子を見た少女は一つため息を吐いて言った。

 「……つれねぇなぁ、ダッセ」

 彼女の一言にムッと来たのか、律花は自分の腕を掴んでいた有真の手を振り払い、つかつかと格ゲーコーナーへ向かいながら、その少女へこう言った。


 「あー、こいつ彼氏じゃなくて弟。よく間違えられるの」

 歩きながら、視線は少女を捉えつつ、律花はさらに続けた。

 「あと、ダサくないよ。うちの弟」

 律花は男子三人組を手でしっしとどけさせ、筐体前に立つと最後にこう言い切った。

 「私が勝ったら、さっきの訂正して。負けたらジュース奢る」

 そうして、筐体前の椅子に座り、百円を投入した。


 少女は思わぬ挑戦者チャレンジャーの出現に、ニタニタと嘲るような笑みから愉悦の口角へと変化させ、こちらもまた、百円を投入した。

 始まる第1ラウンド、慣れた手つきでコントローラーを操作する格ゲー少女に対し、律花は探り探りでおぼつかない操作をしていた。

 有真が記憶する限り、律花がゲーセンに赴くことは滅多にない、ましてや行くとしてもやるのは音ゲーかクレーンゲーム、アーケードの格ゲーなんてやったことないだろう。

 攻撃を数発ヒットさせるものの、律花が操作するキャラの体力はあっという間に削られ、案の定このラウンドの勝者を格ゲー少女に譲ることとなった。


 「あっっっっれ~? 手加減してます?」

 「……ま、大体分かったかな?」

 「そう言って分かった奴いないんすよねぇー!」


 第2ラウンド、これまた序盤は劣勢に立つ律花だったが、中盤、悉く格ゲー少女の攻撃をガードしていった。しかもジャストガードだ。


 「おっ」

 「さっきまで中々タイミング掴めなかったんだよね。ジャスガ」

 「面白っ」


 レバーとボタンを弄る音が大きくなる少女、それに対し淡々と手元を操作してガードとカウンターを繰り返す律花。いつしか互いのキャラの体力は逆転し、なんとこのラウンドを制した。

 まさかの敗北を喫したことで、さっきまで余裕綽々で煽り散らかしていた少女の口元は固く結ばれていた。

 そうしてこの勝負の行く末を決める第3ラウンドが始まった。

 格ゲー少女は今度はフェイントをかけ、若干のディレイをかけるという初心者殺しのムーヴを行うものの、完全に少女の扱うキャラの特性を見抜いた律花はわざと引っかかった振りをして攻撃キャンセルを行い、逆に少女のペースを乱した。

 今度は第1ラウンドのお返しと言わんばかりに終始優勢に立つ律花、反対に少女の操作音はパチパチという音からバチバチと煩くなり、端から見ても焦って、追い詰められているのが分かった。

 連続で攻撃をヒットさせたことで、一定時間のスタン状態になった格ゲー少女のキャラ。頭にはひよこがピヨピヨと回っている。

 そうして律花は鮮やかに、そして的確に必殺技のコマンドを入力し、放たれたエネルギー弾によって格ゲー少女のキャラの体力ゲージは底をついた。


 「はい。勝ち」

 決して大げさに喜ぶことなく、あっさりとした態度で格ゲー少女に歩み寄り「約束」とだけ言うと、格ゲー少女はわなわなと肩を震わせて勢いよく立ち上がった。

 そして、彼女は切れ長の涼しげな目元で、有真の方をキッと見つめて「さーせん!」と言った。

 次に律花の方を「これでいいか!?」という表情で見ると、今度は律花が有真の方を見て「オーケー?」と聞いた。

 有真はやれやれといった具合で、ため息混じりに「おーけー」と返した。

 

 一応のわだかまりはなくなり、格ゲー少女は負けたままではいられないと再戦を律花に申し込む。

 が、そこで待ったをかけたのはここまで口数の少なかったエスだった。

 今日も今日とて猫型ヘアピンに擬態しているエスは、ネガシグマニオンの反応を感じて律花と有真に即座に伝えた。


 『向こうの方にゃ! さっさと行くにゃ!』

 「……ごめん、そろそろ帰らないといけないから、リベンジはまた今度で。行こ、有真」

 「あ、じゃあ名前聞いといて良いっすか? おんなじ学校っすよね? 先輩面白そうだし、からかいに行きますわー」

 「陽咲律花。あなたは?」

 「あー……降坂おりさか 夕日ゆうひです。夕日ちゃんって呼んでくっださーい!」

 「じゃあまたね、夕日ちゃん」

 「うぃ、んじゃお疲れ様ですー」


 終始マイペースなまま、ヒラヒラと手を振る格ゲー少女と別れ、二人と一匹はゲームセンターを後にした。


△▼△▼△▼△


 ゲーセンの裏路地を抜けた先、そこには初戦のアイツほど巨大ではないが、そこそこ大きめなネガシグマニオンが暴れていた。

 腹がでっぷりと出ている。ファンタジーで例えるならトロール系のモンスターに似ている。もしかしたらゲームセンターにあるゲームから模倣してしまったのかもしれない。

 律花、有真、エスは一旦人目につかない場所へと身を隠し、互いに顔を見合わせると「変身!」と叫んだ。

 眩い光が彼等を包み、弾け、ピンクと黒のコスチュームを身に纏った魔法少女の律花が顕現した。

 

 「じゃ、ちゃちゃっと片付けますか」

 『一応夕方だけど、まだ日は高い。燈山先輩の言葉の通りならそこそこの力出せると思う』

 『動きも遅そうにゃ! やってやるにゃ!』


 拳を突き合わせ、彼我の距離をつめるべく、物陰から一気に駆け出した。

 一方のネガシグマニオンは、凶暴な見た目の通り、兄弟らしき子供たちを襲おうとしていた。数m先では子供らの両親であろう大人が子供らの名前を呼んでいる。

 父親が子供たちを救うべく駆け出すも、今にも振り下ろされんとするネガシグマニオンの攻撃の方が早い。

 そして、ネガシグマニオンの攻撃が無慈悲にも子供たちに襲いかかる———。


 「おおおっっっっりゃあああああああ!」


 寸でのところで、律花の飛び蹴りがネガシグマニオンの顔面にクリーンヒットし、ネガシグマニオンは無様に吹き飛び、ゴロゴロとアスファルトの地面に転がった。


 「大丈夫?」

 「うん……うん……!!」

 

 律花は子供たちの安否を確認し、すぐさま父親が子供たちを抱き抱え、律花にお礼を言った。何度も何度も、ありがとうございます、と。

 父親は子供たちを抱き抱えたまま母親の元へ戻り、全員が逃げたことを確認すると、先ほど蹴飛ばしたネガシグマニオンの方へ向き直った。

 それなりに効いたのか、見るからに重そうな体でフラフラと立ち上がり、明確な敵意を律花へと向けていた。

 しかしながらいくら図体がデカくても、陽の光がある状態でなおかつ戦闘にも段々と慣れてきた今の律花の敵になるほど、今回のネガシグマニオンは脅威ではなかった。

 攻撃の振りは遅く単純、精神内では有真とエスがサポートを行なってくれている。はっきり言って負ける要素がなかった。

 あっという間にネガシグマニオンをボコボコにした律花、先の格ゲー少女のキャラを追い詰めた時と同じように、ネガシグマニオンはぴよぴよとふらついていいる。


 「行きますか、必殺技バスター・インパクト

 『もしかしてちょっと気に入ってる? 律花』

 「癖になってきた」

 

 律花は一足、地を蹴り、ネガシグマニオンの顔面に右ストレートを叩き込んだ。

 飛び蹴りの時とは比較にならないほどの威力に、空中に体を浮かせて吹き飛ぶネガシグマニオン。


 『やったにゃ!?』

 『フラグ立てるなゴンザレス』

 『フラグってなんにゃ……?』


 蘇生魔法「やったか!?」を無意識に唱えてしまったエス。その言葉は見事なまでに効力を発揮してしまった。

 バスター・インパクトを食らい、後は爆散してシグマニウムに還元されるだけだったネガシグマニオンの体が大きく膨らみ、弾け飛んだ肉塊がなんと小さいネガシグマニオンとなって分離復活を果たしてしまったのだ。

 今度はゴブリン系のモンスターの姿となったネガシグマニオンらはするりと律花の脇を通り抜けて人通りの多いゲームセンター側へと走っていった。


 『しまった!』

 「追いかけるよ」


 後を追いかけようと体を反転させる律花。

 その直後、ゴブリン軍団の上空から降ってきた白い影が、一瞬のうちに彼等を切り刻んだ。

 まさに電光石火、雷鳴の如き速さでネガシグマニオンを一掃したその人物は、着地でしゃがんだ体勢から、立ち上がった。

 後ろ髪に水色のインナーカラーが入った、雪のように真っ白で綺麗な白髪の少女———おそらく律花より年下であろう彼女は、左手には片手斧ライトアックスを、右手には片手剣ライトブレードを手にしていた。

 ノースリーブの白いインナーに、丈が太もも辺りまであるサイバーパンクの世界観にありそうなオーバーサイズのジャケットを羽織り、ごつめのロングブーツを履いている。魔法少女というにはあまりにも異質な格好だった。

 

 「うぃー、おーわりっ」

 軽く伸びをする彼女の元へ、律花は変身を解除して駆け寄った。

 「ありがとう」

 彼女は律花の姿を見て、僅かに驚いた顔をすると「……ふぅ〜〜〜〜ん????」と、どこかで見た覚えのあるニタニタとした笑みで律花の顔をまじまじと見つめた。

 「……えっと」

 急に至近距離に顔を近づけられた律花は珍しくたじろいた。少女は満足したのか律花から顔を離し、別れ際にこう残した。


 「じゃ、お疲れっす!


 直後、空気を弾くような音が鳴り、少女は一瞬にして遠くまで去って行った。

 有真とエスに知り合いかと尋ねられるも、全然分からないと律花は返す。

 明日紫に会ったときに彼女を知っているか聞いてみるかと、二人と一匹は帰路へ着いた。



 ――そうして、約束の日がやってくる。

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