第9話『天候無関係』
ガヤガヤと、休日らしい喧噪の中を律花たちは歩いていた。
本日の律花は、白ベースに赤いラインの入ったゴツめのスニーカーに、黒いスキニーパンツ、上半身はこれまた白いオーバーサイズのパーカーを着て、頭には黒ベースに紫のラインが入ったキャップを被ったボーイッシュスタイル。本人のお気に入りだ。
千里はフリルのついた花柄のワンピースに黒いローカットスニーカー、玲は黒いスキニーパンツにベージュのブラウスを合わせて厚底のサンダルを履いていた。三者三様のファッションセンスと言える。
天候は絶好のお出かけ日和で、左右の友人らと駄弁りながら休日を満喫していた。エスは今日もヘアピンに化けているが、やけに静かだ。恐らく昨日(というか今日)の律花と有真たちの夜更かしに付き合ったせいでまだ寝ているのだろう。
本日の予定は昼食のち映画のちショッピング、時刻は午後一時を回ったあたり。すでに昼食を済ませた律花たちは目的地である大型複合商業施設「モーニングモール」へと向かって居る最中だ。
複合商業施設とつくだけあってモール内には様々なお店が入っており、一階は大型スーパーとフードコート、家電などのフロア、二階や三階はファッション関係のお店やアクセサリーショップにカフェ、靴屋に簡易的なゲームコーナーや書店に映画館などなど、ここだけで一日過ごせそうな位にはバラエティに富んでいる。それに休日なだけあって今日は人で混み合うだろう。
今日見に行く映画は、玲が前々から見たがっていたアニメ映画だ。元は育成ゲームのシリーズらしく、アイドルとして活動する女の子たちが、トップアイドルを目指して同じ事務所の仲間たちと、時に喜びを分かち合い時に挫折を覚えながらも、それらを乗り越えて成長していくストーリーらしい。
「玲ってこう……ハマるジャンルがいまいち固まってないよね。クソ映画ハンターかと思ったら普通にメジャージャンルのアニメとかドラマとかにも詳しいし」
「多趣味って言いなさい。それとも、小一時間くらいこの前読んでた本の話でもしましょうか? タイフーン・シャークって種類のサメが―――」
「あーあーあー、いいですいいですー。ごめんって玲」
律花は普段からアニメを見るタイプではないが、別に嫌いなわけではないし、面白い作品を見つけたら有真に布教したりすることだってある。ちなみに千里に関してだが、すでに玲本人によって布教済みな上にアニメ本編も全て視聴済みとの事で、コンディションは上々だ。なんなら結構楽しみにしている。
モール内の映画館に着いた三人はチケットを購入し、ジュースと、千里に関してはポップコーンも売店で買っていた。入場時間の案内がスタッフによって告げられ、お目当ての入場特典を手にした玲と千里は始まる前からすでにホクホク顔だった。
指定されたシアタールームに入り、座席についてゆっくりしていると程なくして上映のアナウンスが始まり、照明が落とされる。
予告編に上映時のマナーアナウンス、律花が映画館で映画を見るときに密かに楽しみにしている映画盗撮防止のアレ。
それらが終わって数秒の静寂の後、キャラクターの女の子が語るモノローグから映画は始まった―――。
およそ二時間後、映画館から出てきた律花ら三人。会話の切り出しは律花からだった。
「玲、千里」
「なに?」
「さっきの映画のやつ……アプリある?」
「元々アプリゲームよ! 律花!」
「は、ハマったんだ……! 律花ちゃんも」
「だって……純文学みたいなストーリーしてたじゃん! そりゃライブパートも凄かったけど、BGMなしでピアノの伴奏だけ入るとか……」
想像を超えたストーリーと演出に、律花は口を開けながら食い入るように見ており、上映後には二人が席から立ち上がる中、一人動けなくなるくらい衝撃を受けていた。
「さて、と? 映画の感想は歩きながら語るとして……どこから回りましょうか」
「とりあえずぐるっと見て回って、それからまとめて買うのでいいんじゃない?」
「私も、それが良いと思う……!」
「じゃあ一階から攻めて行きましょうか」
フロアマップを確認して、玲を先頭に律花たちは一階からブラブラ歩きながらモーモーの散策を始めた。
やがて律花たちは千里の提案により、若者に人気のあるブランドの店へと足を運び、服を選ぶことにした。
「いらっしゃいませー!」
と、いかにもアパレルショップの店員と言った具合のお姉さんが、服を畳みながらにこやかに挨拶を飛ばした。
店内は洒落たアップテンポの洋楽が流れ、カップルや女子同士で来ている客がほとんどだった。
入店して各々見たいところへ適当にばらけたのだが、普段近場の安価な服屋で買い物を済ませる律花としては、こういういかにもなところで買い物をするというのはどうにも不思議な感覚だった。
(まぁ……これから暑くなるし、それっぽいシャツでも選ぶかなぁ……)
手近な服を漁っていると、背後から声がした。
「律花ちゃん」
名前を呼ぶ声の方へ律花が振り向くと、何やらニコニコしている千里が立っていた。カゴには洋服が一着入っている。
「なに? 千里」
すると千里はカゴに入っていた洋服を取り出して、律花に広げて見せた。それは深い赤色でスカート部分に縦のラインが入っているノースリーブワンピースだった。
「可愛いと思うけど、千里が着るにはおっきくない?」
「えっと……これ、律花ちゃんが着たらどうかなって思って……!」
「……私?いやいや、似合わないって」
「大丈夫。絶対可愛いから、律花ちゃんスタイル良いし、美人さんだから絶対似合うよ!」
「えと、千里、顔怖いんだけど……?」
普段の千里からは想像できない謎の迫力に気圧される律花の元へ、玲がやってきた。これ幸いと助けを求めようとした律花だったがその考えは一瞬にして打ち消されることになる。玲のカゴには決して本人が気ないであろうこれまた女の子らしい服が入っていた。律花は嫌な予感がした。
そしてその予感を裏付けるように、玲は持っていたカゴを律花へと向けて言った。
「律花、その服着たらこっちもお願い」
「…………まさか始めからこれが目的!?」
「実はね律花、私はもうちょっと身なりを女の子っぽくすればかなり化けると思ってたのよ」
「え、えぇ~…………」
△▼△▼△▼△
「有意義な時間だったわ」
「こっちは疲れたんだけど」
「でも可愛かったよ律花ちゃん」
「ありがと、千里」
一時間ほど玲と千里の着せ替え人形にされてあれやこれやといろんな服を試着させられていた。
途中から店員さんのおすすめの服なども混じりながらおよそ十着以上は着たであろう律花は、くたくたになってモール内にあるカフェのテーブル席で項垂れていた。頼んだアイスティーの氷がカランと音を立てる。
「何よ。不服だった?」
玲はホットコーヒーを啜ってスマホを弄りながら、いじける律花にそう聞いた。
「別にそういうわけじゃないけど」
律花はアイスティーを一気に吸い上げると、自分の足下にある紙袋へちらりと視線を送った。そう、決してどれも気に入らなかったというわけではなく、なまじ二人のファッションセンスがそれなりにあるものだから、結局おすすめされた服を二着ほど買ってしまっていたのだ。
「んで、次どこ行くの?」
「そうね、決めかねているんだけど――」
「それならここのソフトクリーム屋がいい、ミルクの味が濃厚で美味しかったよ」
「わぁ! ソフトクリー……ム?」
三人が次の行き先の会話をしているところに自然に混じった第四の声。
あまりにも自然に混じったその声に一瞬気づきが遅れながらも顔を向けると、見知った顔の男女と薄ら見覚えのある壮年の男性が立っていた。緒島、有真、昼日中のボランティア部三人組である。
「なんで律花がここに?」
「なんでって普通に遊んでただけだけど……そっちはどういう集まり? 緒島先輩居るし、部活?」
「あー、まぁ、そんなところ」
「やぁやぁ、陽咲のお姉さん。この間ぶり」
にこやかに手をヒラヒラと律花に振る緒島、律花は軽く会釈してすかさず有真に「ボランティア部なのに校外活動? 土日に?」と今の有真たちの行動理由の答えづらい部分を的確に突いた。といっても、大体の人に聞かれそうなことではあるのだが。
有真が返答に困っていると、後ろから昼日中が「あー、まぁチャリティ募金の手伝いをな」とフォローを入れた。
実際はそんなことをしていないのだが、このモールでは度々チャリティー活動が行われていることは事実だった。そのため律花たち三人は特に深く考えることなく納得してしまった。
さて、ボランティア部から突風事件の調査に打って出た有真たちの成果はというと、一言で片付けるなら「空振り」だった。有真と緒島のアナログな聞き込み調査から、確かにここ最近急に風が強く吹く事があったらしいのだが、そう長時間吹いていたわけでもなく、物が吹き飛んだという事件性のある出来事もなかった。
二時間ほど粘ってみたものの、調査していた有真たちが件の突風にさらされることが無いどころか全くの無風であった。
それ故、これ以上の収穫は厳しそうだという理由と、部活動の休憩時間という名目―――を振りかざせると緒島が言い出したことによってモーモーの中でショッピングと洒落込んでいたわけだ。そうして偶然律花たちと居合わせて、今に至るらしい。
「なぁ昼日中よぉー、チャリティー終わったんだし、あたしらも解散で良いんじゃないのか?」
「お前なぁ……まぁ、いいか。陽咲――は二人いるのかややこしいな。有真、お前はここで解散って事でお疲れ」
「えっ、あ、はい。お疲れ様です……」
「ぃよっし! んっじゃぁあたしもゲーセンにでも行ってこよっかなー」
「緒島、お前はもうちょっと付き合ってもらうぞ」
「おいおいおいおい? あたしだけなんでだよ。遊び盛りのうら若き乙女を独占する気か」
「マジで洒落んならん誤解を生むからその言い方はやめろ。後片付けがあんだろ」
「……はいな。ってことでお疲れ有真。また来週」
頭の後ろで手を組みながら緒島は昼日中の後ろをついて行った。
やがて四人から姿が見えなくなるところまで来ると、緒島は姿勢をそのままに昼日中に問い始めた。
「で? 何か気になることでも?」
「あー……勘だけどな、出るぞ。今日」
「奇遇。あたしもそう思う。理由としては――」
「風が吹いてなさ過ぎる。人が感じないほどの無風ってのはざらにあるが、草も葉っぱも、時間が止まったみてぇに動かないのはちと、な」
「同感。じゃあ動くタイミングは、次に風が吹いたとき、だな」
「頼むぞ。多分、もうそろそろだ」
「合点承知」
△▼△▼△▼△
まさか二人がそんな会話とアクションを起こしているとは思っていない律花たちは、ポツンと一人取り残された有真を交えて四人行動へとフェーズを変えた。女子三人の中に飛び入り参加、というのは少々億劫な有真であったが、一人は姉でもう二人とも普通に話せるレベルの友人だった。何よりここで一人別行動というのもまた寂しい。
「有真君、これ、さっき私たちが着せ替え人形にした律花なんだけど……」
「ちょっ!? 玲!」
「……これは、また、なんというか、女の子してるね」
「あ! その写真、律花ちゃんが気に入った服のやつ!」
「~~~~~~~~~!!!!!!」
律花は素早く玲の手元からスマホを奪い取り、流れるような動作で写真をゴミ箱へぶち込んだ。
「あぁ!? 折角可愛く撮れたのに!?」
残念がる玲をよそに、基本の表情はあまり変えぬまま、律花は頬を膨らませてぷんすこ怒っていた。
「ソフトクリーム奢ってくれたら許す。さっき緒島先輩が言ってたでしょ」
と律花は和解の案を出して玲はそれを呑んだ。
「多分ここのテラス席あるお店だよね」
「ほらほら行くよ。有真、服持って」
「オレは荷物持ちかよ……」
やれやれ、とため息をつきながら有真は律花の買った服を持ち、四人はぞろぞろと緒島のおすすめしていたソフトクリームの店へ向かうことにした。エスカレーターで一階へ降りた先にあった件の店は、丁度タイミング良くお客さんの少ない時間だったのか並ぶことなく注文をすることが出来た。
それに加えてテラスにあるテーブル席も空いており、折角ならとそちらで食べることにした。風はなく、ポカポカとした天気がほどよくソフトクリームの表面を溶かし、艶を出す。
荷物を置いて席に着き、さていざ実食―――としたところで、先ほどまでの穏やかな天候が一変した。暖かな日差しはどこへ行ったのか空は陰り、草や木々の葉すら揺れないほどの無風だったはずなのに突風が吹き荒れたのだ。
「うわっ!? 風つよ……!」
有真の呟きもかき消されるほどの風、突風というよりは暴風という表現が近かった。風が目に入らないように視線を落とした有真だったが、そこである事実に気がついた。テーブルに投影されていた空の影がうねりをみせていることに。ハッとして頭上を見上げる有真、三人も釣られて上を見る。
するとそこには、頭部から上半身にかけては立派なサメに酷似した見た目だが、下半身からはもやのようになっていて不透明、その代わり風が渦を巻いて可視化出来るほどの実態を持っているという、なんとも奇妙奇天烈な生物が泳ぐように浮遊していた。
空を泳ぐサメは有真たちの視線に気づいたのか身体を反転させ、何見ているんだと言わんばかりにじろりと睨み付けていた。千里は怖がっている様子で有真も言葉を失う中、玲と律花の二人はガタッと椅子から勢いよく立ち上がり、タイミングを同じくしてこう、叫んだ。
「タイフーン・シャークだわぁああああああああああああ!!!!!!!!」
「タイフーン・シャークだぁああああああああああああ!!!!!!!!!」
珍妙なその生物の姿に、タイフーン・シャークの面影を見た二人。
どうやら玲の読んでいた作品は、あながちフィクションでもなさそうだった。
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