第7話『マジカル☆フレンズ』

 ファニー・ハニー・スタンピー。

 その言葉を聞いて律花は口を半開きにしてポカンとしていた。

 もうちょっと酷ければ「アホ面」という言葉がお似合いなほどに、一体何の話をしておられるのでしょうか、と顔に出ていた。


 「あ、あれ……? 覚えてない?」

 「ふぁにぃはにぃすたんぴぃ……?」

 「…………あ……ぁああごめんなさい! そう言えばフルネームで言ってなかったわね、わたし。うっかりしてた!」

 「え、あ、いえ、はい?」

 

 なんだかまだよく分かっていない律花とは反対に、互いの認識の内に齟齬があることに気づいた紫。

 こほんと一つ咳払いをすると、若干顔を赤らめながらポーズを取った。

 足を肩幅に開き、右手を上げて肘を曲げ、何かを肩に担いでいるような、そんなポーズの後に紫は先ほどの自己紹介より声を張ってこう言った。


 「う、ウチはハニー!! 覚えてるっ!? かな!?」

 「はっっっっっっっっっっ!!!!?」


 ぴしゃり、と。

 全身を電撃が駆け巡るような錯覚に陥るほどの衝撃に見舞われる律花。さっきまでの呆けた表情から一変、目を口を大きく開け、お手本のような驚愕顔だった。

 紫もそれに気づいたが、自分でやったことがよっぽど恥ずかしかったのか、頬を赤らめてポーズをそのままに硬直していた。やや震えながらも左手でメガネをかけ直した紫は、右手を下げ、ポーズを解いた。


 「思い出してくれた、よね?」

 「キャラ変わりすぎじゃありませんか!?」

 「それはわたしだって思ってるけど、仕方ないって言うか、なんて言うか。ともかく、覚えててくれたなら良かったわ」

 

 そりゃぁ忘れるわけ無いだろうと心の中で律花は思った。

 ハニー、もとい紫は律花にとって命の恩人と言っても過言ではない。たとえそういう覚え方ではなくとも、昨日の今日ではとても忘れられないくらいのインパクトを、紫は律花の脳に刻んでいる。


 「私以外に魔法少女、いたんですね」

 「魔法少女ならこの街にもまだ十人以上はいるわ。でも、まさか私も、同じ学校に魔法少女がいるだなんて思ってなかった」

 

 とりあえず座ってお話ししましょう? と紫に促されて、カウンターではなくテーブル席に向かい合うように座った。

 運動部が外で練習しているかけ声が微かに聞こえ、廊下からも生徒の話し声が遠くから僅かに聞こえる。

 しかしこの部屋には紫と律花のみ、その静けさから、隔絶された空間のような雰囲気があった。

 何から話しましょうかと紫が口を開き、律花がすっと手を上げる。


 「えっと、なんで私呼ばれたんでしょうか……?」

 と、もっともな質問を紫に投げかける。

 「まぁ、やっぱりそこからよね」

 と、紫は律花の方を真っ直ぐ見てこんなことを聞いた。

 「陽咲さん、ICDPのことは分かるわよね?」

 と、陽咲律花.exeは再び動作を停止した。


 「えっと、国際刑事警察機構の―――」

 「それはICPOね。なんでそっちは覚えてるのよ。面白い」

 語感が似ているだけの全く非なる組織の略称を答えた律花に対し、口元に手を当てて、くすくすと笑ってしまう紫。

 律花はどこか育ちの良さそうなその笑い方を見て、やっぱり昨日の魔法少女の正体が彼女であるとは、先ほどの照れながらの自己紹介を見た後でも信じられなかった。いや、逆に見た後だからギャップで余計に、ということかもしれない。

 ひとしきり笑い終わった紫は、笑い過ぎちゃったと顔を手で仰いでクールダウンすると、話を本題に戻した。


 「ICDP―――Iorizaka伊織坂 Cigmaシグマニウム・シグマニオンDisaster Protection災害専門警護の略。活動内容としては主にネガシグマニオンによる……って、ネガシグマニオンっていうのも分かるかしら?」

 「なんか、悪いシグマニオンでしたっけ?」 

 「今度は正解ね。ネガシグマニオンやシグマニウムそのものによる事故や災害から人々を守ったり、街の修繕などを行っている伊織坂家の警備グループ。一昨日の商店街での事件の時も、ICDPが修復作業や怪我人の手当など行ってたわ」

 「へぇー。いつも誰がそういうのやってるのかと思ってたら……」

 「で、ここからが本題なんだけど、実は私……数日前にそこからスカウトを受けたのよ。うちで一緒に戦いませんか? って」

 「え、凄いじゃないですかそんな有名な場所から声がかかるなんて………………あれ? 先輩いま、戦いませんか、って言いました?」

 

 紫が最後に言った「戦いませんか」のフレーズに、律花は頭に疑問符を浮かべた。

 おかしい、なぜ警備グループのスカウトの文句としてそんな言葉が出てくるのか。普通そこは「働きませんか?」というのが正しいはずだ。

 ―――いや、それもおかしい。紫は雰囲気こそ落ち着いているが顔立ちはそこそこ幼い、加えて、律花よりもやや低い背丈と顔のそばかすが幼さを引き立たせている。大人と間違って求人案内をかけたとは思えなかった。

 紫も自分の容姿のことは把握しており、スカウトの謳い文句も合わさって律花と同じ疑問を思っていたようだった。

 

 「その話を聞いた瞬間、わたしはある噂を思い出したの」

 「噂……ですか?」

 「そう。なんでも伊織坂家にはお抱えの魔法少女がいるって噂が実は前からあったの」

 「でも、それって結局は噂なんですよね?」


 律花の問いに、紫は首を横に振って「いいえ」と真剣な目つきで答えた。

 紫曰く、戦闘後、紫がまだハニーの姿の状態の時に彼らが現れ、そう言ってきたらしい。

 勿論怪しく思った紫だったが、彼らの間を割って一人の女性が現れたというのだ。

 見た目は20代前半、凛とした顔立ちで、水色の髪を一本の長い三つ編みにまとめていた。170cm後半はあろうかという高身長で、これから舞踏会にでも行くのかという水色と白を基調にしたパーティードレスに似た衣装を身に纏っていたという。一目で分かるスタイルの良さが、ドレスのコルセットにより助長されていたらしい。


 「その時わたしは確信したわ。伊織坂家の魔法少女の噂は本当だったんだ……って」

 「……それで、どうなったんです?」

 「彼女からも同じことを言われたわ。一緒に戦いましょうって。でもその場ではあまりに急すぎて、しばらく考えさせてもらうことにしたの。期限は設けないから、決まったら教えてね、って」

 「……どうするんですか?」

 「実はまだ決まっていないの。同い年くらいの魔法少女の知り合いもいないし、誰かに相談することも出来なくてね……でもそんな時、たまたま同じ学校に魔法少女がいるって分かって、この話を相談できる良い機会だと思ったの」

 

 紫は続けて、「あなたはこの話、どう思う?」と律花に尋ねた。どうやら今日ここに律花を呼び出したのはこのためだったらしい。

 律花は腕を組んで宙を仰ぎ見た、そしてここまでの話を頭の中で整理しながら、濁点の付いた立派な唸り声を上げて長考を始めた。

 率直に言って、そんなこと聞かれても分からないというのが律花の本音であった。が流石に学校の先輩の目の前で、しかも真面目な相談事の返答がそんな適当な返しではダメだろうとも思っていた。


 「うーん……そう言われても、私この前魔法少女になったばっかりなんですよね……」

 「どれくらい前?」

 「一昨日です」

 「わ、じゃあ本当になったばっかりなんだ。ごめんねこんな相談して、そんな直近だとは思わなかったから……」

 「いえ……それは別に―――」

 「というか、それで昨日くらいに戦えるって……結構凄い事よ?」

 「でも昨日は一昨日ほど力でませんでした。もっと大きいのを一撃で倒せたんですよ」

 「一昨日……もっと大きいの…………ねぇ、もしかしてだけど、商店街のネガシグマニオン倒したのって陽咲さん?」

 「あ、はい、そうですけど―――」

 「嘘っ!? 本当!?」


 突然大声を出す紫に身体をビクッと震わせて律花は驚いた。紫は自分でも凄く大きな声を出してしまったと気づき、やがてゆっくり椅子に座ると、先ほどの自己紹介よろしく顔を手でパタパタと仰いだ。

 

 「ごめんなさい、大きな声出しちゃって……びっくりしちゃったもんだから」

 まだ驚愕の色が顔から抜けないまま律花はいえいえと相づちを打つ。

 紫曰く、一昨日に倒したあの巨大ネガシグマニオン―――あれは並の魔法少女なら苦戦するような強敵であるという。しかもそれを初変身、拳一発で倒したとあれば、異例中の異例なのだという。


 まさかまさか、自分がそれほど凄い魔法少女だったとは思っておらず、つい口角が上がってしまう。

 そんな折、律花の頭に妙案が思いついた。

 「あ、じゃあ燈山先輩、こういうのはどうですか――――」


△▼△▼△▼△


 「はぁ!? 伊織坂家の魔法少女と会う!?」

 「うわ、声でっか」

 「うるさいにゃ」


 その日の夜、有真の部屋ではがなり声が響いていた。

 「そんなに驚くこと?」と言う律花の疑問に対し、「そりゃそうだろ!?」とこれまた騒々しいアンサーを返す有真。

 階段下から届く、母親の疑問の声に、律花とゲームをしていて白熱していたとその場をやり過ごした有真は、ため息混じりにここまでの経緯を順を追って整理し始めた。


 「えっとまず? 二年の燈山先輩が実は昨日の魔法少女で、伊織坂の警備グループからスカウトを受けたと思ったら、実はお抱え魔法少女が居て? んで一緒に戦わないかって話をどうしたら良いか迷ってたらたまたま律花が居たから相談した、と?」

 「いえすいえす。あ、紫先輩と連絡先交換して一緒に写真撮ってきたよ、見る?」

 「後で見るから、話逸らさないで」

 「あ、見るには見るのね」

 「で、だ。その相談に対して律花はなんて言ったって?」

 「じゃあ私も一緒に行って話聞くんで、もう一回会ってみましょうって言った」

 

 有真は唇を口内に巻き込み、眉間に皺を寄せ、律花でも見たことがないような苦悶の表情を浮かべていた。

 実際この提案を聞いたとき、紫も驚いた顔をしていた。

 

 「確かに律花はそういう思い切りの良さは昔からあるけど……せめて決める前に一言ないのか?」

 「あー、うん、考えてなかったわ。ごめん」

 「まぁこれは律花が悪いにゃ。どうするにゃ? 有真」

 「どうするも何も……そう言う話になっちゃったんだったら、そうするしかないだろ」


 本当は行って欲しくないくせに、という言葉をエスは口に出さず心の中に押し込めた。

 先日の有真の告白から、直接的な戦闘以外にも、こういった危険な目に遭う可能性が少しでもあるものに対しては、なるべく首を突っ込んで欲しく無いと言うのが彼の本音だろうとエスは理解していた。

 きっと本人の心の奥底には、自分自身でも整理の立ちゆかないもっとドロドロした考えや思いがあるには違いないが、本人がそれを言わない限り、余計なことを言わないでおこうというのが今のエスの考えるところであった。


 まぁあとは単純にエス本人がまだるっこしいことを考えるのが面倒くさいと思っているからである。

 そしてそんな弟の考えなど知る由もない脳天気な姉は、指をパチンと一つ鳴らして有真を指さした。

 

 「さっすが我が弟。話が早い」

 「た・だ・し!! オレもついて行くからな!」

 「りょーかいりょーかい」


 またもため息を吐きながら、有真はベッドに倒れるように寝転がる。

 思い返せば一昨日から今日まで、シグマニオンの噂と喋る猫を探す目的出商店街に向かい(後者は半ば巻き込まれた形だが)そこでエスと出会い、ネガシグマニオンが現れ、あれよあれよという間に律花が魔法少女になってそいつを倒して、次の日には殺されかけたり別の魔法少女に出会ったりと、非常に濃い内容のオンパレードだった。

 有真はまだ、エスに吐露した「律花にこのまま戦い続けて欲しくない」という願いも打ち明けられないままでいる。それで今度は律花がまた厄介ごとに、自ら首を突っ込もうとしている。有真にとっては、考えただけで頭が痛くなるほどだった。

 しかしながら、律花にも有真にもましてやエスにも分からないことが多すぎる。今は流れに身を任せて、自分たちの置かれている状況や情報収集を優先した方が良いかと、有真はひとまず自分の気持ちに踏ん切りを付けた。


 「うっ!?」

 ぼーっと天井を眺めていると、何か重いものが腹部に降ってきたかのような衝撃に襲われた。

 「何辛気くさい顔してるにゃ有真」

 その正体はふてぶてしく有真の腹にのしかかっているエスだった。

 「おまっ……急に腹にのしかかるな」

 有真がエスにそう言った直後、今度は律花がじっと一人と一匹の方を見つめ―――

 「とうっ!」

 覆い被さるように飛び込んできた。


 「ぐぇっ!?」

 「おいおいおいそんなに心配すんなよ弟~。お姉ちゃんが危ない目に遭ったことなんてあったか~? ん~?」

 「昨日死にかけてただろアホ姉」 

 「アホって言ったな!? 姉に向かってアホって言ったな!?」 

 「ちょっ、やめっ、ぐりぐりするなって律花! お前もどさくさに紛れてパンチするなゴンザレス!」

 「にゃ!? 今ゴンザレスって言ったにゃ!?」

 「ゴンザレスに関しては本名だろうが!」


 なんだか考えるのも馬鹿馬鹿しくなってきた有真は、一転攻勢と言わんばかりに身体を起こして一人と一匹にのしかかった。

 結局その夜は次の日が休みと言うこともあり、お菓子とジュースを用意して、ゲームに興じ夜更かしすることとなったのはまた別のお話。



△▼△▼△▼△


 同時刻。

 有真の部屋で、二人と一匹の笑い声が響く一方。どこか分からないとある場所にて。

 

 「頃合いね。これくらい強けりゃ、今度はそう簡単にやられないでしょ」


 ある女性が、一人呟いていた。

 室内ではない。明らかに外だ。

 だが辺りの雰囲気は街の外れとも言いがたく、かといって森の奥とも言えないなんと不気味な雰囲気が漂っていた。


 「グルルルルルルル…………」

 「ふふっ、慌てないの。もうすぐ暴れさせてあげますわ……ふふ、ふふふふふふ……」


 ふふふ、と彼女の笑みは夜の空間に木霊する。

 だがそれを聞いている人間は一人もいない。

 それを聞いていたのは、数十のネガシグマニオンの群れのみだった―――。

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