第12話 『光あれば影もある』
「っはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ? まーーーーーじあっりえないですわぁぁぁぁぁ!」
つい先ほど律花が飛び降りたモールの屋上。そこには、空サメの爆散を目の当たりにして、感情のままに子供じみた叫びをあげる人物がいた。
年の頃は律花とそう違わない。同じか、一つ下くらいだろう。少女だ。
少女は、くすんだブロンドのお下げを暴れ馬のように揺らしながら、まるで駄々をこねるみたいに地団駄を踏んでいる。
「あぁぁぁぁぁぁぁもうもうもうもう!! せっかく苦労して大きく育てたのに! 何よッあの女! あんな強い魔法少女がいるなんて聞いてないわよッ!!」
興奮し激高する少女。それは、明確な被害を被ったから、というよりは、自分の思い通りにことが進まず、癇癪を起こしてヒステリックにわめいているだけに見える。
一人、衝動のままに悪態をつき続ける少女のポーチが微かに振動した。それに気づいた少女は、勢いよくポーチに手を突っ込み、振動の発信原……今となっては懐かしい、折りたたみ式の携帯電話を取りだした。受話ボタンを押し、怒りのテンションのまま応答する。
「もしもし!? ……ちょっと、何笑ってんのよ! 何がおかしいってのよ! は? 失敗? 誰が!? あたし!? イヤイヤイヤイヤ、ばっっっかじゃないの!? 確かに
怒りのままに始まった通話は、怒りのままに打ち切られた。思い切り終話ボタンを押して携帯電話を黙らせた少女は、屋上のフェンス越しに街の様子を……いや、厳密に言うならばその上方、宙空に視線をやった。
そこには、目視できるほどに圧縮された、高密度の空気の塊が渦を巻いていた。
イータの爆散により、体内外に留めていた空気が爆心地に集まってきているのだ。
イータ本体が纏っていた暴風壁よりも小さいが、さらに圧倒的な速度で渦を巻き、収縮していく多層の空気。辺りの細かい瓦礫や飛来物をも取り込んで、小さく、小さくなっていく。
「なんもかんもあのピンクの魔法少女のせいですわ……。ぽっと出の新顔のクセに……
ぶつぶつと律花への怨嗟を漏らす少女。見る人が見れば、このときの彼女の姿は、まるで妖しげな呪文か何かを唱えているように見えただろう。
「……でも」
幽鬼のごとく呪いの文句を唱えていた少女は、ゆっくりと顔を上げた。。
くすんだブロンドヘアに見合わず、光をたたえた神々しくさえあるライムグリーンの瞳が前髪の隙間から覗く。その双眸は、まっすぐに渦を巻く空気の中心を見据えている。
そして、少女はゆっくりと唇の端を持ち上げ、笑みを浮かべた。
「本命はそっちじゃないですわよ」
暗く、妖しい、魔力をたたえた笑みを。
△▼△▼△▼△
「ズバリ、光による活性化! ……が、陽咲さんの能力なのね」
脳内での熾烈な中華談義から律花を現実に引き戻したのは、ハニーのそんな言葉だった。
『光による……』
「活性化?」
律花は小首をかしげる。見えないけれど、きっと有真も同じようなポーズをしていたに違いない。
律花がハニーの方に目を向けると、ちょうどハニーは閃光とともに変身を解除し、見慣れた紫の姿を現すところだった。
「ええ。きちんと説明してあげるわ。けど……」
紫は、あたりをゆっくりと見回す。
律花も、それにつられて視線をさまよわせた。
戦闘によって破壊・損傷した建物や道路。
風圧や余波で、あらゆるものがめちゃくちゃに飛散している惨状。
そして、空サメを倒して今なお、衰える気配を見せない強風。
紫は律花に目配せをすると、風に煽られた髪を耳にかけながら、肩をすくめた。
「落ち着いて話せるところへ行きましょうか。あなたたちのおかげで人的な被害はないようだし、すぐにICDPも駆けつけるわ」
律花は、一も二もなくうなずいた。
所変わって日彩学園、部室棟。ボランティア部の部室。
はじめは、紫が生徒会室を使おうと提案したのだが、土曜日の、それも夕暮れ時ということもあり、施錠されていて入ることができなかった。そのため、有真が合鍵を持っていて自由に出入りできる部室棟の教室を使うこととなったのだ。
「それにしても……」
姿勢良くパイプ椅子に腰掛けた紫は、有真を見、次いでエスを見た。
「まさか、変身に他の人間が必要、だなんて。こんな事、聞いたこともないわ」
「……まあ、そうでしょうね」
苦々しげにつぶやく有真。その膝の上に乗り、尻尾をピンと立てたエスが言う。
「あれは、合体事故みたいなもんにゃ。みぃが律花と初めて変身するとき、有真も近く……というより、一緒にいたのにゃ。だから巻き込まれて、有真は律花の変身中みぃと同じような状態……精神世界における思念のような存在になってしまったんにゃね」
「ふぅん……?」
「たぶん、律花の変身はその時の状態が『正常』なものであるとみなされて、以降の変身には初変身と同じ条件を満たさなければならにゃくなった……と、みぃは推測するにゃ」
「そんなケースが、あるものなのね」
滔々と語るエスに同意を示したのは、同じシグマニオンであるファニーだった。
『イエス。ミスター・キャット。確かに、変身幇助対象・陽咲有真には、高濃度のシグマニウム反応が確認されます』
このスマートフォンことファニーは、紫の契約シグマニオンらしい。常にスマートフォンの姿で、意思の疎通をするときは音声アシスタント機能のような平坦な声(音?)でしゃべる。エスとは違い、実際にスピーカーから音を発している仕組みのようで、契約していない律花たちにも何を言っているのかわかる。
机にスマホスタンドで立てられた画面に映るスマイルマークが、口を動かし喋っている仕草を見せた。
「誰がミスターキャットにゃ!」
『失礼いたしました。ミス・キャット』
「そこじゃないにゃ! みぃにはエスっていう……」
「はーい、エスはこっちね~」
「んみゃあああ」
憤って今にもその前足でスマホを倒してしまいそうな勢いのエスを、律花は抱っこして持ち上げる。想像以上に胴体が伸び、お尻を支えなければスライムか何かのように床ヘでろんと落ちてしまいそうだ。
エス、あなたはどこからどう見ても、正真正銘の猫だよ!!
律花は心内で猫としてのエスの存在を全力で肯定しつつ、会話に割り込んだ。
「まあ、変身の仕方についてはとりあえず大丈夫ですよ。だいたい、有真とは一緒にいますし。それより、私の能力って?」
「オレもそれは気になってました。コイツ、肝心なことは大体なんにも知らないみたいなんすよ」
有真は、律花の抱くエスの尻尾を引っ張っていじる。
律花の腕の中で、エスが不満そうに毛を逆立てた。後ろ足でげしげしと有真の腕を蹴る。
「ええ。陽咲さん……は、二人いるんだったわね」
どこかで何度も聞いたようなセリフを吐き、紫は咳払いをした。
「律花……ちゃん個人の能力の前に、魔法少女自体の能力について軽く話すわね。ファニー、説明を」
律花を下の名前で呼ぶことに照れを感じるのか、若干頬を赤らめながらもファニーに指示を出す紫。
『イエス、マイハニー。変身対象・陽咲律花、及び変身幇助対象・陽咲有真に対し、魔法少女における能力の説明を行います』
スマートフォンの画面からスマイルマークが消え、代わりに資料と思われる画像や文面がずらりと並ぶ。紫に「ご自由に」と言われたので、律花はスマートフォンを持ち上げ、情報を見ていく。
『魔法少女は、我々シグマニオンと、あなた方人間が契約を履行することにより誕生します。これによって、我々の【生き物の意思に反応し、その在り方を変える】というという特性が最大限に発揮されます。その結果として、構成されるシグマ体には副産物として2つの能力がもたらされます』
ファニーは、画面上に表示されている情報に沿って説明をしていく。それを追いかけるように画面をスワイプしていく律花。
「質問いいですか?」
『イエス。陽咲有真。何なりと』
「シグマ体ってのは、何なんです?」
『シグマ体とは、シグマニウムによって構成された仮の肉体。もっと端的に言うなれば、人間が変身した姿……すなわち魔法少女そのものと言い換えても良いでしょう』
有真は納得したように腕を組む。
沈黙を理解と捉えたか、ファニーは説明を続ける。
『変身した人間にもたらされる2つの能力。その1つ目が、【変身者由来の力】です。マイハニーの場合、【スタンプ】がこれにあたります。これは、変身者の才能や性格、思考、意識、感覚……その他多くの、その人間を形作る要素からはじき出される能力です』
「ふむふむ」
『2つ目が、【シグマニオンが変身者の適性を鑑み決定する能力】です。マイハニーの場合、【シグマ体への物理的な被害の大幅な減少】があげられます。この能力は初変身時にシグマニオンの一存で決定します』
「物理的な被害の大幅な減少……って、どういうことですか?」
いまいち飲み込めなかった律花が聞くと、紫が答えてくれた。
「簡単に言うと、『防御力が高い』。ただそれだけ。でも、結構すごいのよ? 大型トラックに跳ねられても、学校の屋上から飛び降りてもへっちゃらなんだから」
「それは……すごいですね」
律花は素直に感心する。
魔法少女になることで、身体能力が上がるのはこの身を持って体験済みだ。だからこそ、その身体能力の上昇には偏りがあることを理解していた。
律花が最も優れているのは、攻撃力。パンチ一発で大型のネガシグマニオンをもKOする威力がある。しかしその一方で、敵からの攻撃には脆い。先の戦いで、風をまとった小サメを弾いただけで拳に傷ができてしまったのが良い証拠だ。
ファニーが続ける。
『しかし、すべてのダメージを無くすことは出来ません。カットできるのは総衝撃の80%、というところでしょう。それに、物理以外の接触に対して能力は効果を発揮しません』
「物理以外?」
「そう。例えば、さっきのサメは風をまとっていたでしょう? それを撃ち出してきたり、防御に使ったり……あれは、特殊なシグマニウム反応によってもたらされているの。魔法少女の能力と同じね。ゲームとかで言う、特殊攻撃とか、魔力攻撃みたいなものかな。そういったものに対しては、魔法少女の体そのものの抵抗力しかなくなってしまうの」
もっとも、能力を持っているネガは珍しいんだけどね、と紫は補足する。
「なるほど、能力、とは言っても万能なわけじゃなくて、限界というか、一定の制約はあるんですね」
有真の言葉に、紫はうなずく。これまた、少々照れながら。
「ええ。陽咲く……ゆ、有真くん。どんなものにも限界はあるわ。もちろん、シグマニウムにもね」
律花としては、魔法少女の姿のときの、今とは似ても似つかない明るくポップな性格のほうが恥ずかしくない? と思わなくもないけれど……
あれはあれで個性的だし、今こうして恥ずかしそうにしてる先輩は可愛いからそれはそれでいいか。
「さて」
紫は気を取り直すようにぱん、と手を打つ。
その音に驚いたか、エスが律花の腕から飛び降りた。
「遅くなっちゃったけど、律花ちゃんの能力についてね。さっきも言ったけど、『光による活性化』が律花ちゃんの能力じゃないかって思うの」
「それって······『光があるほどパワーアップ!』するってことですか?」
「簡単に言うなら、そうなるわね。思い出してほしいんだけど、商店街に現れた大型と戦ったときと、雨の昼休みに小型2体と戦ったとき。出せる力が全然違ったんじゃない?」
言われ、律花は思い返す。
商店街に現れた、恐竜みたいなネガシグマニオンと戦ったとき。あのときは確か、一跳びでビルを越すほどの跳躍ができたし、あの巨体の怪物をそれほど苦戦もせずに倒すことが出来た。
一方、雨の日の戦いは、2体とはいえ小型の敵にこちらも紫と2人がかり。それに、倒すのにも比較的時間がかかった。
確かに、その時その時は必死に戦っていたけど、よく考えてみれば出せている力がぜんぜん違う。律花は頷いた。
「……はい、確かにそうです。でも、それがなんで光と関係あるってことになるんですか?」
「確信したのは今日よ。今日、昼間の天気は曇りだった。その状態で戦っていたあなたの攻撃は、雨の日よりも確実に強かったわ。そして、あのサメが最後の一撃を食らわそうと尻尾に大量の風を集めて、その影響で晴れ間が差したとき。あなたの正拳突きは、消耗していたとはいえ能力持ちのネガを雲散霧消させる程の威力だった。攻撃力だけ見れば、わたしの何倍もあるわね」
空サメを倒した最後の一撃のあの瞬間、商店街の大型と戦ったときと同じように、力が充実した感覚があった。
それを感じてはいたものの、まさか光によって強さが変わるなんて。
「……あれですか。光合成みたいな」
「違うだろ」
脳直で呟いた律花に突っ込む有真だったが、紫は「あながち完全に間違っているとも言えないわ」と首を振る。
「戦いのさなかに晴れたとき、律花ちゃんの傷も癒えていたもの。流石に、晴れている間ずっと傷がつかない、なんてことはないだろうけど、傷を負っている時により強い光に当たると多少の回復ができるみたいね」
「はぇ~」
「なんだはぇ~って」
呆けた声を出す律花に白い目を向ける有真。
なんだか、「これがあなたの能力ですよ」と言われてもいまいちピンとこない。
炎や雷を出したりするような派手な能力でもないし、いわば「時と場合によって強くなったり弱くなったりしたりします」と言われているようなものだ。
と、ここで有真が紫に質問した。
「……その、光による活性化って、律花由来の能力なんですか? それとも、エスの?」
紫は顎に手を当てて少し考え、律花に話を振る。
「多分、律花ちゃんに由来するものね。……ねえ律花ちゃん、わたしは見たことがないけど、あなたは武器を持って戦うことはある?」
「いえ、ないです。 殴る蹴るしかしてないです!」
はっきりと答える律花。「あまり胸張って言うことでもなくないか? それ」と渋い顔をしている愚弟は無視しつつ、エスを指差す。
「初めて変身した時に、エスに『武器とかないの?』って聞いたんですけど、なんかわかんないままぶん殴って解決しちゃったんで……」
「……あなたたち、よくそれで戦ってこれてるわね……まあいいわ。えっとね、魔法少女の能力は、基本的に『素体』と『武器』によって扱うことが出来るの。わたしなら、『スタンプ』は武器、『防御力』は素体ね。素体だけで2つの能力を使い分けたり、逆に、武器だけで2つの能力を使い分けることは出来ないわ」
「······てことは、律花は1つしか能力がない、ってことになるんですか?」
有真が問う。
実際、それは律花自身も気になっていたところだ。
律花に武器はない。あるのは、拳だけ。となれば、能力を発動させるのに必要な要素が欠けているということになる。
もしやと思ったがやはり、紫からの答えはイエスだった。
「そうだと思うわ。たとえ徒手空拳で戦うにしても、篭手とかレガースとか、そういう物はあっていいはずだから。それがないってことは、そういうことなんだと思う」
『マイハニー、こちらの推測を話してもよろしいですか』
「ええ、どうしたの?」
会話に割り込んできたファニーは、自らの推測を語る。
『ミスター・キャットはシグマニオンとしての能力が劣っています』
「んにゃ、それって馬鹿にされてんのかにゃ?」
唐突にディスられた黒猫は、スマートフォンに対して牙をむく。
『ノー。事実を述べているまでです。ミスター・キャット』
「だからそれやめろって言ってんのにゃ。みぃはエスにゃ」
『変身や能力、魔法少女といった在り方に対しての理解が曖昧であり、その結果契約者に対し必要な情報を与えていないことは事実です。またそのような状態の個体がイレギュラーな変身をしてしまうことにより、余計に出来るはずのことができなくなっていることもまた事実です』
「……」
エスは黙り込んでしまった。爪をむき出し、頭を下げて尾を立てている。意識してはいないだろうが、喉の奥の方から低い唸り声も聞こえる。態度として、明らかにファニーが気に食わないというのは傍から見てもわかるほどだ。だが、それでもなお喚いたり、スマートフォンにちょっかいを出そうとしないのは、内心でファニーの言っていることを正しいと認めているためだろうか。
『ですので、陽咲有真。貴方の抱いているであろう疑問には、ワタシがお答えします』
「……」
有真もまた、神妙な顔をして黙り込んでいる。視線はまっすぐ、射抜くようにスマートフォンを見据えている。何かを言おうと思ったけれど、この場の空気感がそれを留めた。重苦しい空気がたちまち室内に立ち込める。紫も、目を伏せてファニーの言葉を待っている。律花はなんとか乾いた唇を舌で湿らせ、空唾を飲んだ。無意味な行動をしている自分が滑稽に思えるけれど、そうすることしか出来ない。
無機質な機械音声が、無感情に告げた。
『陽咲有真。貴方は、陽咲律花と契約している限り、ネガシグマニオンの格好の的になります。そして、陽咲有真。貴方は、陽咲律花が生きている限り、その契約を解除することは出来ません。死ぬか、戦うか。貴方には、その覚悟が求められます』
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