第11話『暴風爆拳』
『来ます。マイハニー』
「分かってるっ!」
空サメは一度上空へ昇った後、ゆらりと一回転し、口を大きく開けてハニー目がけ突進した。
風の勢いが増した状態のそれは、加速という速度上昇の鉄則を無視して鋭く突き進む。ハニーは横へと思いっきりステップして回避したものの、空サメが纏っていた風圧によって地面に足がつく前に空中へ投げ飛ばされてしまった。
しかしハニーは冷静に落下ポイントを見定め、モール2階の外通路に着地した。そこから下を見てみると、今の空サメの攻撃が直撃したテーブルや椅子が吹き飛んで散乱していた。
「うーん……近づきづらい」
『接近時の瞬間最大風速、およそ26m/s。一般人であれば何かに捕まらなければ立っていられないほどです』
「まずはあの風をどうにかしないといけないね……ファニー、ちょっと試したいことがあるんだけど」
『マイハニー。是非お聞かせを』
ハニーは作戦内容をファニーと相談し、やがて結論が出るとニカッと笑って下へ飛び降りた。空サメは相も変わらず我が物顔で空を悠々と泳いでいる。余裕綽々といった具合だ。
下の状況を確認するとハニーはハンマーを担いで体勢を低くし、そこから一気に空サメへと接近した。地面を駆けて自らの方にやってきたハニーを迎撃すべく再び地面スレスレまで急降下した。
『今です。マイハニー』
「おっけー!!」
空サメの攻撃を回避する寸前、ハニーは地面に一発スタンプを押し、すぐさま近くのテーブルの下に身を潜めた。
上空へ戻った空サメはテーブルの下に身を隠したハニーの姿を見失い、首を振って探している。ハニーは地面にスタンプが押印されていることと空サメが自身を見失っていることを確認すると、テーブルの下から飛び出して走った。
ハニーを見つけた空サメは三度目の突撃を仕掛けるも、これもハニーは直撃スレスレで身を躱した。地面にスタンプのおまけ付きで。
空サメは三回も躱されたことで学習し、今度は上空へ昇らずに身体を横に捻ってUターンをし、ハニーを食らおうとした。が、『Uターン来ます。マイハニー』と冷静なファニーの予測とハニーの高まった集中力でこれもすれ違いざまに地面にスタンプを押してローリング回避。
痺れを切らした空サメは「ぶおぉぉぉぉぉおおおおお!!」と咆吼を上げると、速度と回数を上げ、なんとしてもハニーを捉えようと大口を開けて急接近を繰り返した。ハニーは地面を蹴り、テーブルを蹴り、上空まで打ち上がればモールの壁を蹴ってあの手この手で攻撃を回避し続けた。そうして気づけば地面には至る所に可愛らしいスタンプが押されていた。
「そろそろいい頃かな……行くよサメちゃん!!」
ハニーは走り出し、空サメはそれに呼応するように噛みつき突進を繰り出す。
ステップで空サメの胴体横に回避したハニーは事前に仕掛けてあったスタンプをハンマーで叩いた。
瞬間炸裂する炎と爆音、それにより発生した爆風で空サメの纏っていた風が和らぎ、絶好のウィークポイントが作り出された。
『今です。マイハニー』
「たあああああああああああああぁぁぁりゃあああああああ!!!!!!!!!」
力強く踏み込んだ勢いそのままにハニーはハンマーを空サメの胴体目がけて思い切り振り抜いた。押印されたスタンプとは違って可愛くない一撃を想定していなかった打撃に空サメは呻き声を漏らし、体勢がぐらついた。
「まだまだぁぁああ!!」
ハニーはすぐさま地面に設置していた次のスタンプを起爆、風圧を和らげて二発目の攻撃を打ち込む。三発目、四発目、と次々に設置していたスタンプを起爆しての直接攻撃を繰り返し、空サメの胴体には六つほどのスタンプが押されていた。
これがハニーの作戦だった。作戦といっても至って単純で、スタンプの爆発によって周囲の風を軽減させるというものだ。しかし一発だけ起爆するのではそこまでダメージを与えられないかもしれないし、何度も繰り返すと作戦がバレて地面に降りてこなくなる事も考えられた。
だからこそ、あらかじめ地面に大量にスタンプをばらまいて置く必要があったのだ。来たるべきチャンスに大ダメージを一気に与えられるように。
ハニーはハンマーを持つ手に力を込める。するとハンマーが先ほどまでより一回り以上巨大化した。
それを力一杯、スタンプが押されている胴体目がけて直撃させた。
「どおぉぉぉっっりゃーーー!!!」
ハンマーの面が六つのスタンプ全てに触れ、同時に起爆した。
先に鼻先に食らった一撃とは比にならないレベルの衝撃によって空サメは天高く打ち上げられ、口から体液を盛大に吐き出した。そうしてそのまま息絶え、落下、消滅―――するかと思いきや空サメは空中で静止して苦悶の表情でハニーを睨み付けた。
『ネガシグマニオン、体力の低下を確認しました』
「さぁって、このまま楽にいけば良いんだけど……」
ハンマーを元のサイズに戻して次の攻撃に備えるハニーとファニー。
空サメは今まで発してきたどの雄叫びよりも一層大きな、轟音にも似た叫び声を上げた。すると今まで吹いていた風がピタリとやんだ。いや、正確にはある一点に収束していったのだ。
空サメの尾ひれである部分に大量の風がハッキリと肉眼で目視できるほど集まり、その影響か、太陽を遮っていた雲も薄くなり、淡い光がサメを照らした。
空サメの尾が、風溜まりと言うべき風の収束点がゆっくりとハニーへ向く。
直後嫌な気配を感じたハニーはすぐにこの場から逃げねば、そう感じた。
が、それと同時に感じる絶対的な予感。この攻撃は今からでは避けられないという予感。
周囲の風が全て風溜まりに集まると同時に、集約されていたそれはハニーへと発射された。
風のバズーカともいうべきその一撃は渦を巻きながら大轟音と共にハニーを今まさに飲み込み、乱気流の中で彼女をミンチにしようとしていた――――。
「うらぁああああああぁぁぁぁあああああああああああ!!!!!!!!!!!」
その時だった。
建物の陰から、勇ましく声を上げながら空サメの真下へ駆け込むピンクと黒の衣装を身に纏った魔法少女がいた。彼女は右腕を天高く突き上げ、空サメの下腹部へ鋭いアッパーカットを入れた。
ハニーのスタンプ同時起爆攻撃に勝るとも劣らないその一撃によって空サメの体勢が崩れ、暴風の奔流はモール上空へと軌道をずらし、ハニーは事なきを得た。
そして空中から件の魔法少女――律花が降り立ち、ハニーの前に立った。
「大丈夫ですか!?」
「ありがとっ陽咲さん。正直危ないところだったよ」
爽やかに笑顔を返すハニーとは対照的に、有真は『ギリッギリ……!』と冷や汗をかき、エスはその隣で『良い一撃だったにゃ。サンライズ・アッパーってとこかにゃ』なんてことを脳天気に言っていた。
「エス、技名とか今良いから……っと、立てますか先輩」
律花は昨日のようにハニーへ手を差し伸べた。
その手を取ったハニーは「また助けられちゃったね」と申し訳なさそうにはにかむと、頬をパンパンと叩いて気合いを入れ直す。
今のハニーを見て、変身前の燈山紫を思い出すとこんな状況だというのに律花は変におかしくなって笑いそうになる。勿論笑わないように堪えはするのだが精神世界の一人と一匹からどころか目の前のハニーにさえバレる始末。
何で笑っているの、と問うハニー。
やっぱキャラ違いすぎますって、と律花。
変身前を余計思い出させるかのように頬を赤く染めて照れるハニーは、ばつが悪そうに「はっちゃけちゃうんだからしょうがないじゃん!」とぼやいた。彼女としては頼れる先輩ポジションで居たかったのだろう。
ひとしきり笑うと日曜朝の子供番組の敵よろしく律儀に待っていてくれる空サメに向き直ってキッと睨みをきかせると、空サメは二人が臨戦態勢だということを認識して雄叫びを上げた。
「来るよっ!」
「はい!」
『律花!無茶はしちゃダメにゃよ!』
『まずは敵の出方を見るんだ。あせんなよ!』
「わーってるって」
空サメは空中で口を大きく開けると、そこから小さい何かがバシュバシュと射出された。大きさにして1メートル前後、空サメよりも速く飛来したその何か、その正体は空サメと酷似したいわば小サメともいうべきものだった。
律花の精神内でエスが『ちっちゃいサメにゃ!』と叫び、律花は反射的に右の裏拳ではたき落とした。が、それと同時に手の甲に走る痛みとじんわりとした熱さ。恐る恐る右手の甲を見てみると、どうやら擦り傷のようになっており、血がじんわり滲んで赤くなっている。
一方でハニーはハンマーでたたき落としており、直接的ダメージはないもののハンマーにはざらざらとした傷が出来ていた。
「痛った……なにこれ」
『確か、サメのうろこってザラザラしてるんじゃなかったっけ』
『てことは、触っただけでダメージを受けるってことかにゃ!?』
「厄介だね。鮫肌」
「それだけじゃないかもね、あの親サメみたいに風っぽいのを纏ってるし、しかもそれがかまいたちみたいになってる!」
「うーん……どのみち厄介」
『っ! 律花! 上にゃ!』
エスの言葉で上を見ると空サメがガバッと二人ごと飲み込もうと上空から真っ直ぐ落下してきた。やばい、と思った律花だったが、ハニーは律花を守るように眼前に立った。
「先輩!」
「んー……わざわざ向こうから来てくれるとは」
『風の勢いは格段に落ちています。原因、衰弱。ハニーなら問題ありません』
直後、空サメの大口が二人を飲み込―――まなかった。
なんということか、ハニーは鉄骨すら噛み千切れるであろう鋭牙を素手で受け止めていた。両腕を伸ばし、強靱な顎からくる咬合力すらものともせず、上顎と下顎をそれぞれ片手で楽々と。
嘘……と驚嘆の声を漏らす律花だったがすぐさま「殴って!」というハニーの言葉に意識を切り替え、空サメの側面へと回り込んだ。
しかし寸前で空サメは後ろへ下がり、そのまま小サメを律花へ引き撃ちし始めた。
拳をからぶった律花の横腹に小サメが噛みついた。激痛に苦しむ律花は咄嗟に小サメを一発殴ると、小サメは消滅した。律花の横腹と拳からは血が滴っている。
『律花!!!』
「大丈夫!? 陽咲さん!」
「だ、大丈夫です。けど、めっちゃ痛い……!」
『血が出てるにゃ……』
「後はウチがやる。陽咲さんはここで安静に――」
「待ってください。一つ、気になることがあるんです」
「……?」
律花は傷口を押さえながらハニーに自身の考えを打ち明けた。
それを聞いたハニーは空サメの周辺をよく観察し始めると、おもむろにあたりに落ちている石ころをいくつか拾い上げて空サメの上を狙ってハンマーで打った。
そのうちの大半は空サメの纏う風に飛ばされてしまったが、一つだけ高く打ち上がった小石が、丁度背びれのあたりにコロンと当たった。小石はそのまま胴体を転がり真下へ落下すると、地面に跳ね、ただの有象無象へ戻った。
「……な~るほどっ。頭良いんだね、陽咲さん」
「勉強はまぁ、得意な方ですから」
『どういうことにゃ?』
『さぁ……? オレにもさっぱり』
「ファニー」
『イエス、マイハニー。しっかりと見ていました』
「……? あの、ファニー、って?」
「陽咲さん、もうちょっとだけ動ける?」
「えっ、えぇ、まぁ、はい。動けます」
「じゃあ、ウチが言うとおりに動いてもらえるかな?」
ウィンクを決め、ハニーは律花に作戦を打ち明ける。
全てを聞いた律花は「分かりました。やってみます」と力強く頷いた。
すると律花は戦線から離脱するように明後日の方向へ走り出した。怪しむ空サメは視線を律花へと向けるが、同時にハニーがこちらへ走り出してすぐに視線を戻す。
接近戦は少々危険だと判断した空サメは、空中から小サメを撃ち出して様子を伺う。応戦するハニーだが、鬱陶しいことに小サメは一度外れても若干の追尾性能があり、彼女の周りを飛び回り、かまいたちにも似た風のオーラが、ハニーに直接触れずとも傷を与える。
次第に手数が足りなくなり、段々と身体に切り傷や擦り傷、歯形が増えていく。なまじ彼女の衣装は露出が律花よりも多いせいで傷跡が目立つ。
『ハニー』
「大丈夫!」
移動しつつどうにか小サメの猛攻を凌いでいくハニーだったが、流石に体力が厳しくなってきたのか足がもつれてその場にへたり込んでしまった。よりにもよってモールの壁を背にしている。
一方でこちらも小サメを撃ち過ぎたのか、空サメの口からはもう木枯らし程度しか出なかった。が、今の状況、ハニーがもう動けそうにないところを見て最初の頃の強気を取り戻した。その無駄に巨大な図体で地を這い、彼女を今度こそ仕留めようと接近した。
が。
ハニーは笑った。不敵に。
瞬間、上空から空サメの背中あたりにズドンと重い一撃が浴びせられた。
完全な不意打ちであったために、空サメは船の汽笛にも似た鈍くて低い嗚咽を漏らして地面へと叩き落とされた。
「タイミングバッチリ!」
さっき噛まれた分のお返しと言わんばかりに思いっきりぶん殴った律花の中で有真が『作戦通り!』とガッツポーズをした。
そう、この一連の動作はハニーとファニーの立案した作戦によってもたらされた結果だった。
発端は律花のとある気づきだった。律花はハニーが空サメの鋭牙を抑えている間、空サメの真下にあるレンガや椅子の破片が微動だにしていないことに疑問を覚えた。
そのことをハニーに伝えたところ、ハニーはある仮設を立てた。それを確かめるための動作があの小石の打ち上げ行為だった。そしてそれが彼女の仮設を裏付ける証拠をもたらしてくれた。そうしてハニーは確信した、空サメは身体全体に風を纏っているのではないということに。
空サメと中心として縦軸、つまり真上と真下が丁度台風の目のようになっており、そこは無風となっている。ハニーはそれを利用した。
律花をモールの屋上に上らせ、自分は攻撃を凌ぎながら律花が落下攻撃をしやすい壁際まであえて移動し、わざと弱ったような演技をして空サメに余裕を与えた。
小サメの残弾数にも限りがあるだろうと予想し、やがて打ち止めになるその時まで攻撃を耐え続けて全てを律花に託した。風が弱まっていくのは嬉しい誤算だったが。
(ま……実際のところ、こっちも結構体力ギリギリで危なかったんだけど……)
律花の手前、少々の余裕を見せた素振りを見せているものの、律花が来るまでの時間稼ぎと小サメの撃退でそれなりに体力を消耗していた。
そんなハニーよりも深刻に体力を消耗し、息も絶え絶えの空サメ。自身の体力もあと僅かなのを悟ると今まで一番大きい咆吼を上げると尻尾の風溜まりに最後の力を振り絞って風を集めた。空を覆う雲をも吸い込み、あの一撃をリチャージする。
やがて雲に遮られていた日の光が顔を覗かせると、なんということか、律花の傷がみるみるうちに再生していった。
この突然の現象に困惑する二人の魔法少女、律花は加えてもう一つ、先ほどまでの疲労がいつの間にか消え去って力がどこからか沸いてくるのを感じていた。
例えるなら、初めての戦闘の時のような身軽さだった。
「……それが、陽咲さんの能力なんだね」
「能力?」
「後で教えてあげる! とりあえずはアイツをやっつけちゃおう! 風の弱まっている今のうちに、ガツーンとぶん殴っちゃえ!」
「……いきます!」
よくは分かっていない律花だったが、太陽が出てから身体の底からエネルギーが溢れてくるのは確かだった。
「有真、エス、この前のなんて言ってたっけ」
『この前の?』
「ほら、なんか必殺技っぽい名前の」
『バスター・インパクトのことか?』
「それそれ」
『気に入ったのかにゃ?』
「いや、めちゃめちゃダサいと思うけど?」
『えぇ……じゃあ何で聞いたんだよ』
「こういうときに叫んだらかっこよさそうじゃん。必殺技名」
律花は呼吸を整え、右手を握りしめる。
空サメの尾に集まる風の量が少なくなってきている、どうやらリチャージはもうすぐ終わるようだ。
ならば―――と律花は地を一足踏み込み、叫んだ。
「必っ殺!!」
空サメのリチャージが終わる。
荒れていた天候が終わりを告げ、風が止んだことで静けさが広がった。
そうして律花の叫びが天まで届かんとばかりに周囲へこだました。
「バスター・インパクトっ!!!!」
『バスター・インパクトぉ!!!!』
『バスター・インパクトにゃ!!!!』
繰り出された右ストレートは空サメの鼻先を的確に捉え、振り抜いた勢いで律花は空サメに背を向けて仁王立ちの状態になると、物憂げな表情でぼそりとこう呟いた。
「ねぇ有真」
『ん?』
「フカヒレと春雨ってどっちが美味しいんだろう?」
『は……?』
律花の背後で空サメがシグマニウムとなって爆散する。
金色のツインテールが、風になびいてゆらりと揺れた。
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