其の七(勉強の続きと九聖獣。そして不穏な空気は突然ひょっこり顔を出す)
『もふもふは好きですか?』
と、もしそう聞かれたならすぐさま全身全霊をもって力の限り『大好きです!』と即答し、場合によってはそのまま流れるようにもふもふが如何に素晴らしく、心癒やされ充足をもたらすものかを延々と懇々と語り続けてしまう。
それがもふもふを愛し、もふもふと共に生き、もふもふを求めずにはいられないモフリストかつもふもふスキーのサガのひとつであると思うのです。もちろん人によって愛の形も想いの形も様々だと思うので、その辺りの異論は認めます。
まあでもそんなこんなでつい先日うっかり、いやうんほぼ必然的にもふもふに目が眩んだ結果、ちょっとばかり途中からの記憶があいま…微妙だったので復習と称して楠波から同じ巻物を借りて説明を思い出しつつ改めて勉強しなおしてみてたり。
だって仕方ないじゃない!絵なのにどの子も素晴らしく上質なもふもふが満載だったんだもの!
もふもふは至高……!そして正義なんです!(背後に妄想の荒波どっぱーん)
…はっいかん、つい一人で興奮しちゃったわ。ちゃんと勉強して覚えておかなきゃいけないってのに。
借りてきた巻物を丁寧に畳の上に置き、紐を解いて端からしゅるりと広げてゆく。
ほんとに随分長いんだけど、どこまであるんだろうこれ。
とりあえず少しずつ広げながらまた反対側の端から巻き直していけばいいかな。全部広げちゃったら片付けるのも大変そうだし。
さて、改めて最初の部分から順を追って見ていこう。
まず聖獣と呼び称される存在は全部で九頭。
最初に聞いた時には聖獣…つまりは神様の眷属みたいなものだから、数え方は頭じゃなくて柱のほうがいいのかな?って思ってたけど、神様そのものというわけではないから頭を使っても特に問題はないそうな。
一番目に、九聖獣たちの筆頭にして
聖獣のなかでも特に霊獣・瑞獣と呼ばれている存在で、聖獣たちの持つ全ての能力や性質を司っているといわれている。ぱっと見た目は角の生えた馬のようで、でもうまく言えないけど優美ってこういうことなんじゃないかと思う。たてがみがすごくふわふわして撫でたりすると気持ちよさそうです。
二番目は金鳳と銀凰の二頭からなる『鳳凰』
司るのは業火と光、その性質は仁愛。この二頭は仁獣とも呼ばれているとのこと。鳥の姿だけど数え方に羽を使わず敢えて頭を使うのは、普通の鳥の
見た目はきらきらふかふか筆頭です。その身にまとう素晴らしい羽毛は超最高級品質ですねわかります。
三番目に純白と漆黒の二頭の狼『
司るのは大地と闇。性質は英明。
実は個人的に最ももふらせてほしい二頭です。だって狼って格好いいのに可愛さも
あるんですよ最高じゃない。抱きついて一緒にお昼寝したり、できるならその背中に乗せてもらってお散歩とかしてみたい…!
四番目にはこちらも純白と漆黒の二頭の虎『
司るのは天空と風。性質は勇猛。
体毛は短く見えるけど、この虎さんたちもきっともふいはず。ちょっとごわごわ系でもそれもまた良し。
てゆーか、虎をもふるのって夢のひとつだったんだよね。確かタイかどっかで触らせてもらえるとこがあったはずだけど、さすがにまだ学生だし行けてなかったんだよねー。
そして五番目に金龍と銀龍の『
司るのは流水と刻。性質は栄光。
唯一?の鱗属性ですね。触るとつるつるすべすべしてそうなつやっつやの鱗が素敵。ごつごつしてそうなところがあるのもなんかいいよね。
できれば鱗だけじゃなくお髭とか爪も少しでいいから触らせてくれないかなぁ。
以上、各種もふもふすべすべさんたちが揃いも揃って総勢九頭。
なにこれ、この世の楽園か?そうか、そんなに私をだめにしたいのか。望むところだむしろ全力でいきますよ?
しかし残念ながら、ひっじょ~に残念ながら聖獣たちにはまだ会えてない上にいつ会えるかも今のところわからないので仲良しの天狐とか子狼とかすねこすりさんたちを存分にもふらせてもらおうと思います。
かつてご近所さんのとこの飼いわんこやにゃんこ、更には野良にゃんこたちまでもを残らず虜にした超絶もふりテクに是非とも酔いしれてもらいましょう。
私のミラクルゴールドフィンガーが火を噴くぜ!(もふりすぎて)
まあそれはそれとして、とりあえずは当初の予定通り勉強の続きしなきゃだよね。ある程度まででもちゃんとやっておかないと、後で自分が困ることになりそうだし。まずはこの巻物を端から端まで読み込んでみることから始めますかね。
―――なんて、思っていた時が私にもありました。
あれから気合いを入れ直して勉強を再開したのはいいんだけど、当の巻物が予想を盛大にひゃっはー!と余裕ぶっこいたスキップであっさり踏み越えて長大でした。
これでもね、部屋の端から端まで広げて読んではずらして巻き直してを七回ぐらい繰り返したんですよ。わたしがんばった。ものすごくがんばった。
なのにまだ見てない方の厚みのが読んだ
最初の方は九聖獣まとめての紹介みたいな感じだったんだけど、その後は各聖獣一頭ごとにその性質やら世界各地に伝わっている神話や逸話やらがかなり詳細に載っているから厚みが増えるのもわからなくはないんだけど、麒麟の項目だけでも余裕で10m超えるぐらいありそうとか流石に予想外がすぎるわ。
ちなみにこの巻物、後から楠波に確認してみたらいわゆる魔道具と呼ばれる品になっていて、実際の見た目よりも多くの内容が載っているし、自動的に更新?されるらしい。なにそれこわい。
まあただ更新されるといってもそう頻繁にあることではなく、それこそ数十年とか場合によっては数百年に一度あるかないかぐらいの話だというからまだ多少はマシなのかなぁ…うん、そういうことにしておこう。
それはともかくとして、いい加減疲れで目が文字の上を上滑りしだしてるので気分転換と休憩も兼ねてお散歩してこようと思います。疲れた時は緑を見よって言うし。
んー…あくまでも休憩を兼ねたお散歩だし、いつものコースだと時間がかかりすぎちゃうからこの周辺をぐるっとまわってたまには社務所の方まで行ってみようかなぁ。
「楠波、ちょっとだけお外あるいてくるね。」
「おや、休憩ですか?いってらっしゃい。」
「うん、いってきます。」
楠波に一声かけて、自分の部屋の縁側から外に出る。
樹霊は通常自分の拠り所やその周辺で過ごすことが殆どなので人のように家は本来必要としないんだけど、私はまだ逆に家がない方が慣れないのでおじいちゃんや楠波が杜のみんなと相談してわざわざ家を建ててくれました。
家っていうかむしろもうサイズ的にお屋敷?すごく…広いです。
しかもどんな家がいいか希望を聞かれて、うっかり現代技術も含めた一部うろ覚えの知識を披露してしまったがために、時代背景?自重?何それおいしいの?と言わんばかりにアレな代物が出来上がってしまいました…。
私が何気なく話してしまったキッチンやら冷蔵庫やら空調とか床暖房とかお風呂やらを作るために精霊術とか魔法とかこちらの世界の希少な魔法金属(ミスリルとかアダマンタイトとかなんか聞き覚えのある名前言ってた!)を使用した魔法鍛冶の産物やらがふんだんに使われています。
この件で新しい術式や技術なんかも開発できたと楠波とおじいちゃんが喜んでました。どう考えても色んな方面でオーバーテクノロジーやらオーパーツやらの塊になってるとしか思えません。
ぶっちゃけこちらのお金に換算したらどれだけ0が増えるのか想像もつきませんっていうか想像したくないです。一小市民にはとっても精神的かつ心臓に悪いです。何がどうしてこうなったというのか。
ともかくあれやこれやの頭の痛い問題は一旦そのへんに放棄しておきましょうそうしましょう。現実逃避?気のせいデス。
思わず遠い目になりつつものんびりと歩を進める。
今日もいい天気で森の中を吹き抜けていく風が気持ちいい。こういう日ってお布団干したくなるよね。うーんと伸びをして固まってる気がする身体を左右にほぐす。
うん、ちょっとすっきりした。
お散歩の最後は予定通り社務所の裏。ひょこりと離れに顔を出してみると、御隠居さまとその孫で巫女でもある咲さんがちょうど午後の休憩をとるところだった。
「おや、いらっしゃい桜夜殿。」
「こんにちは。いらっしゃいませ桜夜ちゃん。」
目を細めて穏やかに微笑む御隠居さまと咲さんに笑いかえす。二人とも笑顔の表情がそっくりで家族なのがよくわかるよね。
「ごいんきょさま、咲おねえさんこんにちは。」
最初に檜の翁と楠波に連れられてここへ来たのはちょうど二ヶ月ぐらい前。その時は、咲さんは同席してなくて御隠居さまと宮司さまにのみ紹介されただけだった。
だから私が新しい護り手だと知っているのは御隠居さまとその息子である宮司さまだけで、巫女である咲さんは私のことをただ先年生まれた樹霊の子の一人だとしか思っていないし知らない。
まったくの嘘というわけでもないし、それもまた安全対策のひとつだ。どちらにとっても。
私自身もそうだけど、間違っても咲さんにまで危害が及ぶことがあってはならない。
知らなければそれだけ危険を避ける手立てのひとつともなるのだ。
…もちろん、知らない場合でも危険がないわけじゃないけど、知ってることを無理に隠すよりかはマシじゃないかと思う。
備えあれば憂いなしってやつよね、うん。
そんなことをつらつら考えつつ、穏やかなお茶の時間を満喫中です。
この時主に話すのは私か咲さんだけど、杜であったことやお参りに来る人々のこと、決まった時季に来る行商の人が持ってくる各地の噂話に子狐たちのいたずらの顛末など話は尽きない。時折は御隠居さまも、むかし自分が経験したことや為になる故事なんかをわかりやすく教えてくれる。
あぁ、今日もお茶とお茶菓子がおいしい…。
杜の屋敷にいる時も落ち着くけれど、それとはまた違う憩いのひとときに心がほんわり和む。ほわほわとしたやわらかな心地のまま、もう少しお茶を飲もうと湯呑みを持ち上げたその時。
―――ぴぃぃ…ん…
とても微かな、限界まできん、と張り詰められた糸が少しの振動により絃鳴るに似た感覚。
ぴたりと手を止め、すぅ、と目が眇められる。
どんな些細な気配も異変も、此処からでは聞こえないだろうはずの遠い物音すら逃がさないとばかりに意識を研ぎ澄ませだした幼子の姿に、何事かと困惑を示す孫に老爺は人差し指を口元にあてて興味深げに片眉をあげた。幾許か過ぎて。
「どうかしたかね、桜夜殿。」
「…人、が」
「人?お参りに来られた方でしょうか?」
参拝客がどうかしたのだろうかと首を傾げる咲に、そうではないとふるり頭を振りゆっくり口を開いた。
「…人が。杜に、入ったみたいなの。たぶん、二人となな、ううん、八人。」
その言葉に明らかな異常を悟り揃って目を見開き、二人が思わずとばかりに立ち上がる。
「社の者の案内もなしに杜へ入るとは、なんたる無謀なことを…!その者たちは一体何を目的に?!」
「さきに入った二人、が、おいかけられてる…?おいかけてる人たちはかたなを、持ってるみたい」
「なんですって…!?」
「なんという愚かなことを!この鎮の杜での不文律を知らぬ訳でもあるまいに?!」
桜夜は滅多とないことに激昂する巫女と老人に、一瞬状況も忘れて珍しいと思ってしまったが、それも無理もないと思いなおす。
鎮の杜とは正しく神域にして聖域。
殺人はおろか、血が流れることも禁忌であり、無念を抱いた想念が杜へと入りこむことも総じて穢れとなる。
かつてこの杜でただ一度だけ起きた殺人によって、危うく杜全体に穢れが蔓延して少なくない数の住人たちが血に狂いそうになったことがあるのだそうだ。
それ故に、鎮の杜での争いごとは絶対の禁忌とされている。
「桜夜殿、その者たちはいま杜のどの辺りにいるかわかりますか?」
問いかける老爺―春継にひとつこくりと頷き、もたらされた不穏な空気にざわめきはじめた杜の気配を探りはじめた。
「私は社務所でいまどちらの国の方々が杜にいらしているのか確認してまいります!」
急ぎ襖を開けて振り返る咲に、頼んだと春継が厳しい面持ちで頷く。
ばたばたと急ぎ足でその場を離れてゆく咲の足音にしばし耳を澄ませ、春継は桜夜に向き直った。
「咲は行きましたぞ。恐らく暫くは戻ってきますまい。」
「はい。咲おねえさんが自分から部屋を出てくれて良かった。…まだ、言うわけにはいかないから。」
頷いて、それまで己の能力を抑えていた術を力の行使するのに邪魔にならない程度に少しだけ解除する。
その髪が力の顕現を示すかの如くふわりと浮き上がり、少しく眇めた瞳が柔らかな黒から奥に深緑の輝きを宿す深みのある黒へと劇的に変化していくのは瞬きほどの間。
「えぇ。咲自身の為にも、今はまだ早い。」
ゆらりざわりと、濃密な力の気配を纏った空気が一瞬で色を変え質を変え、幼い少女を取り巻いてゆくのに春継は驚きをもって内心深く感嘆する。
三百年の長きに渡って眠り続けていたがために幼い子どもの姿をしているとはいえ、この少女は確かに鎮の杜に生まれた新たなる護り手なのだ。中身まで見た目通り幼さのままであるはずがない。普段は桜夜のあどけない姿につい忘れそうになってしまうが、こういった状況で改めてそれを実感した。
春継がそんなことを思っていることなど露知らず、当の本人は『うーん、困ったなー。なんっかめんどくさいことになりそうだよねー…』などと、本当に護り手の自覚があるのかと問いただしたくなるようなことを考えていた。どうにも周囲との温度差がひどい。
畏怖も威厳も感動すらも、更には緊張感さえもがあっという間にお空の彼方へさようならだ。自覚と責任はどこへ放り投げたのかとキレ気味に問い詰めたくなること必至である。
ただし辛うじて表に出してはいないのでアウト寄りのギリギリセーフ、ではあるのかもしれない。多分。
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