其の六(もふもふの誘惑に抗うのは難しい。何故なら正義だから。異論は認めん。)
え。まって、ちょっとまって。
いまなんか国の名前云々よりもっと気になる単語がですね。
えーと…聖獣ってなんぞ。
つまりあれか、もしやまさかと思うがマジでいるのか幻想生物。
またか、また新しいファンタジー要素なのか。もうわりと日常生活だけでお腹いっぱいなんですけど…。
いやでもしかし、よく考えてみよう自分。聖獣ってことはつまり聖なる獣ってまんまな意味のはず。もし本当に実在するとしてどんな種類の獣かにもよるとは思うけど…お願いしたらその毛並みをもふもふさせてくれないだろうか?
杜にいるみんな(主に獣型の住人)も定期的にもふらせてもらってるけど、新たなもふもふ対象はいつだって大歓迎です。むしろもっと来てくれてもいいのよ。
…いや。いやいやまてまて、落ち着け私。
まだその聖獣が現実にいると決まったわけじゃないし、もしかしたらあくまでも想像上の生き物でなんかの象徴みたいな存在なのかもしれないじゃないか。
判断を下すにはまだまだ圧倒的情報不足。早計でしかない、となればここはやっぱり早急に詳細にリサーチあるのみ!
「楠波楠波、せいじゅうってなあに?」
楠波の着物の裾をくいくい引っ張って聞くと、蕩けるような笑顔が打てば響くよりも早く速攻で返ってきた。
「そうか、桜夜はまだ聖獣のことを知らなかったのですね。」
「うん、はじめて聞いたの。」
「言われてみれば、まだ聖獣のことは話しておらんかったのう。」
こくりと頷けば、机の向こう側で勉強の様子を見ながらお茶を楽しんでいた翁からもそういえばと声があがった。
楠波は長い指で桜夜の髪を根元から梳くようにして柔らかく頭を撫でると、宙に手を差しのべて中空から地図の時と同じように巻物を取り出した。
「私たちから見ても随分と昔のものですが、この巻物に九聖獣の姿を写したといわれる絵が描かれているんですよ。」
空でしゅるしゅると繙かれた巻物が、そのままなめらかな動きでばらりと机上に広がりその中身を晒す。
そのまるで意思を持つもののような動きにちらと楠波を見やると、いたずら気がありながらも爽やかな顔でにこりと微笑まれて、つい反射的ににへっと笑い返してしまった後で何となく納得かつ察してしまったのはまあなんていうか。
どんな小さなことであろうと私を楽しませようとするその心意気は素敵だとは思うけども、それでも敢えてちょっとばかり目をそらしておきたいところデス。ハイ。
外見どころか内面もイケメンとかなかなかいないですよねー。ワァ、すごいなー。
なんとなく。ほんとになんとなくだけど、本来見てはいけないものを現在進行形で見てしまっているような気分になるのはどうしてだろうか。
いけめんばくはつしてください。わりとまじでよろしくおねがいします。
条件反射的に少々胡乱な目で遠いお空の彼方に向かって軽い呪詛だか念だかをそっと送りたくなりました。ナンデダロウナー。
なんとか気を取り直して机の上に広げられた巻物に改めて目をやると、そこには多少なりとも色褪せてはいるものの、ほんのり黄ばんだ紙に墨で縁取られ色彩豊かに描かれた、それが写し絵であろうとも神々しさを放つ聖獣たちの姿。
同じ類の聖獣がそれぞれ対になっているらしく、正面を向いて佇む聖獣が合わせて四対とその中心にあたる場所には長い
「これが、せいじゅうさんのすがた…?」
「そう、ここに描かれているのが九聖獣の姿を描き写したといわれるものです。」
一体どれほどの長さがあるのか、まだ巻かれたままの部分を更に机の端へと広げ楠波が絵の中心から順に指先で示していく。
「まずはじめに九聖獣たちのまとめ役、
「れいじゅう、きりん…?」
きりん。キリン。麒麟。
それって確かあれだよね。首と睫毛が長くて黄色に茶色の斑の優しい目をした動物のキリンじゃなくて、某有名酒類メーカーのトレードマークで楠波が言ったみたいないわゆる霊獣とか瑞獣などと称される方の麒麟。前世ではほぼ空想上及び伝説上の生き物として伝わっていたけど。某国の昔の皇帝が即位前だかに麒麟に遭遇したという逸話もあったみたいだけど、昔すぎて本当のことかどうかすらもわからないって聞いたことあるし。
この世界ではお話の中だけじゃなくちゃんと実在?してるってことなのかな…?
楠波が姿を写した絵って言ってるし。いやぁ、流石はリアルファンタジーな世界ですわー。
…あぁ、それにしても思い出しちゃったらビール飲みた…げふんごふん。
次に楠波の指が指し示したのは、麒麟を取り囲む中の一対目の聖獣。
「まずは簡単にざっと説明しましょう。聖獣たちの間に優劣などはありませんが、物語などでよく最初に名をあげられるのが鳳凰である金鳳と銀凰になります。彼等が司るのは業火と光、そして仁愛です。」
それぞれが対の存在であることを示すかのように麒麟を挟んで左右に位置している聖獣たちだが、その中でも細く長い首をもたげてきらきらと光り輝く大きな翼を広げ、長く美しい尾羽を身体の横へ優雅に流した金と銀の鳥の姿をした聖獣が目に飛び込んでくる。
「すごいきらきらしてる。きれい…。」
これ絵姿も光り輝いて見えるけど、本物はもっとなんだろうなぁ。
でもなんだか、派手にぎらぎらって感じじゃなく落ち着いたきらきらって感じがする。
なんていうんだろう、艶ありと艶消しの金属の大きいけど微妙な感じの違いというか。うん、自分で考えてみても微妙にわかるようなわからんような。
どちらにしろすごくまばゆそうだけど。でも目の前で見たら絶対きれいだよね。
それにあのへんのふさふさな胸元の毛とか触ったらすっごい気持ちよさそうなんですけど。純度100%の羽毛とか、なんて魅惑的な響き…!
抱きついて存分にもふもふふかふかさせて欲しいって言ったら怒られるかな…?
なんてことをこっそり考えている間に、楠波の説明は次に移る。
「次にこちらが白狼と黒狼。彼等が司りしは大地と闇。英明となります。」
すい、と動いた指が指し示すのは別の位置で麒麟を中心に挟んで精悍な顔をこちらに向けている純白と漆黒の被毛も美しい立派な二頭の狼。
…その首周りから胸元にかけてのふっさふさな毛とか毛並みの良さそうなもさもさふわふわな太い尻尾を是非とも心ゆくまでもっふぁもっふぁと堪能させてもらえないですかね?
「…桜夜?指がどうかしましたか?」
「え?ううん、なんでもないの。気にしないで。」
いけない、これは絵なのについ本物を妄想してしまって楠波の指先のもふもふから目がはなせない…!
だめだ、このままじゃもふもふに目が眩んでしまう。ちょっと話を逸らさせてもらおう。うんそれがいいそうしよう。
「えっと、あのね。ここにかかれてるせいじゅうさんたちってこの世界のどこか…たとえばお空とかにいるの?」
秘技 幼女あたっく!(上目遣いで小首をかしげるポーズ)
自分がやってるかと思うと正直キモチワルイっていうかマジないな。
あああああ精神的なダメージがクる。地味にこんもり降り積もってくるぅぅ…。
いや、でも今の私は幼女(外見オンリー)だからいける…はず!
………………多分きっと恐らくめいびー。
んでえーと。
おーい楠波さーん?っておじいちゃんもかい?!
もしもーし。おーい?
「楠波もおじいちゃんもどうかしたの?」
なんか二人とも後ろ向きで口元おさえて若干ぷるぷるしてるし、妙に顔が赤いような…えっと、成功したの、かな?
あ、こっち見た…ってなんで楠波さんてば後光でも見えそうな慈愛に満ち満ちた笑みを浮かべてるんですかね。眩しいんですけど。
おじいちゃんはおじいちゃんでお願いだろうがわがままだろうが喜んで全部聞いちゃうぞ☆的なじじ馬鹿全開みたいな顔してるし。
あれ、なんだろうこのなんかちょっとやらかしちゃった感。前世で見た某芸人さんが杵と臼を前に叫んでる姿が脳裏を過りましたよ?!
自分でやっといてなんだけど、ちょっと微妙になんとなくドン引きたい気持ちが無性にこう、ふつふつとですね。
「そうですね、実のところ彼等はこの世界にいるともいないともどちらとも言えます。ところで桜夜はどうしてそう思ったんですか?」
「え?それはせいじゅうさんたちがこの世界のどこかにっていうこと?」
「はい」
いるともいないともどちらとも言えるってどういうこと?
それに質問に質問で返されちゃってるけど、これは多分答えを返す上でも必要なことだから、なんだよね。楠波もおじいちゃんも一見無駄に思えても意味のないことはしないし言わない。そもそもこの世界の常識なんて未だにわからないことの方が多いんだし、この際少しずつでもその時聞けることはしっかり確認しておかないと。
「うんとね。わたしが前にいた世界では、どうぶつ…けもの?でとらさんやおおかみさんはいたの。でもきりんさんやりゅうさんはずっとむかしのお話でいたっていわれてるけど、ものすごくむかしすぎて、そのお話がほんとうかどうかもわからないぐらいなんだって。だからこの世界ではどうなのかなあ?って思ったの。」
「そうでしたか。これまでも桜夜から話しを聞いて感じてはいましたが、やはり世界によって色々と異なっている点が多いようですね。」
「うむ、そのようじゃのぅ。」
納得した様子で実感を滲ませて少しばかりしみじみと嘆息する楠波とおじいちゃんが謎で、楠波の着物の端をくいくいと引いて意識をこちらに向けさせる。
当社比1.5倍の無邪気な
ちなみに時と場合によってはこれが2倍とか3倍とかにもなったりします。多分。
「ねえねえ楠波、それで?」
「あぁ、すみません。こちらでは聖獣は人が住んでいる次元よりも高い次元に住む…というか存在していると言われています。そしてその認識はけして間違ってはいません。」
そっか。人の住むよりも高い次元に住んでいる、ね。何となく納得かも…って、あれ?つい頷きかけていたのを止めて、思わずぐりんと楠波を振り返る。
「ねえ楠波、せいじゅうさんたちが住んでるのは人とは別のとこ、なんだよね。」
「そうですね。」
「人が住んでるよりも高い次元…。じゃあおじいちゃんや楠波やわたしがいる鎮の
首の角度がまたもやうにょんと斜めになっちゃいますよ、楠波さんや。
あ、満面の笑顔あげいん。イコール正解…ってことでいいのかな?
正解っていうことはやっぱり、鎮の杜は人が住んでいるところとは次元を隔てた場所にあるっていう認識でいいわけね。
「んん?でもそれって…せいじゅうさんたちはいるけど人の世界やもりとはちがう場所にいるからふつうは会えないってことになるの?」
そうだとしたらしょんぼりだ。
会えるのなら駄目元でももふらせてもらえるようにお願いしてみるとか、もしくはせめて少しでも触らせてもらうことはできるかもだけど、会うこともできないならそれすら駄目ってことじゃないか…!
杜にいる子たちももふらせてくれるからそれもそれで至福ではあるけど、違うもふもふも増えてくれてもいいのよと思っちゃうのはケモノスキーのもふもふ好きとしては仕方ないよね…。
あんまりしょんぼりして見えたのか、楠波の手が頭に触れて長い指が髪を優しく撫でていくのを感じる。
「大丈夫ですよ、桜夜。確かに人の世界では聖獣に遭うことなど滅多に叶うことではありませんが、ここは鎮の杜。ましてやあなたは当代の護り手なのです。きっとそのうちに会えますよ。」
「ほんとに?せいじゅうさんたちに会える?」
楠波の言葉にぱっと顔をあげると、大きな手が頭を柔らかくぽふぽふした。盛り下がってた気分が一気にあがって自然と口がにまにまする。
もふもふ聖獣たちに会えるかもしれない…!
「はい、いつとは言えませんが会えるとは思いますよ。…それに恐らくはそろそろしびれを切らす頃なんじゃないかと…。」
「え、なあに楠波。いま何か言った?」
一気にあがったテンションと言われた内容に気をとられてて最後の方が微妙に聞こえなかったんですけど…。
「いいえ、大したことではありません。すぐにわかることだと思いますしね。」
「そうなの?」
「えぇ、だからそんなに気にしなくても大丈夫ですよ。」
にっこり笑顔になんとなーく誤魔化された感がなくもないけどすぐにわかるらしいし、藪をつついて蛇を出す趣味だの酔狂さだのは持ち合わせていない+いやんな予感は全力回避の方向としたいので、敢えて詳しく聞いたりせずにスルースキルを発動したいと思います、まる。
あれ、作文?
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