第54話 社会見学へ行こう! 残業編

 帝国でも屈指のヤベー奴として認知されているアンジェリークですが、彼女の一番ヤベーところは常識外れのヤベー行動ではなく行動に移すまでの早さでしょう。転生三日目で黒の森に殴り込んだり、許可が出たらその日に騎士団の試験へと向かったり、学園長に実家に帰った姉のことを相談されたらその日に迎えに行ったりと、せっかちとかそんなレベルじゃない早さです。

 そんなアンジェリークの大事な親友たるローザが暗殺されかかった結果、過去最速のせっかちさを見せつけました。おじさんの腕を引きながら宴会を途中で抜け出すと誰が犯人かも分かっていないのに適当なところへ襲撃を行いました。具体的に言うとこの都市に薬を持ち込んだ裏の行商です。

 襲撃慣れしているアンジェリークに同等の実力者であるおじさん、行商も護衛もあっという間に皆殺しにされました。


「雇われまで殺す必要あった?」

「行商の交渉役がマフィアと共に殺された時点で逃げなかったのが悪いですね」


 雇い主が何処の誰と商売しているのか調べて当然、というのは元冒険者の後輩女騎士、ターニャが言っていた事です。冒険者ギルドの裏取りには限界があるから自己防衛が大事とのことです。

 アンジェリークは金をおじさんと分け合うと薬物を一箇所に集めました。


「ところでおじさんは昨今の薬物事情について知ってますか?」


 いきなり問われ、おじさんは記憶をたぐります。


「……確か、値段が上がってるなんて聞いたような気がするね」


 一目置いているとはいえどもただの護衛でしかないおじさんに込み入った話をするはずはありません。なのでおじさんには小耳に挟んだ程度の知識しかありません。

 アンジェリークはそうですか、と答えると数瞬視線を上げ、ブリキの容器の蓋を開けます。中には茶色っぽい粉状のお薬が入っています。


「さて、これが巷で有名なそこそこのお金と残りの人生を引き換えに一時的に幸せになれるお薬です。直接見たことはありますか?」

「……今が初めてだね」


 おじさんは会話の流れが掴めずにいましたがとりあえず乗ることにしました。短い付き合いですが今ここでおじさん相手に雑談をする人間じゃないと思ったからです。

 おじさんの返答を得たアンジェリークはお薬を見せながら話を続けます。


「当然ですがこんな物が自然に転がっているわけがありません。小麦を製粉することで小麦粉になるようにこのお薬の元となる何かがあるわけです」

「それはそうだろうね」

「その大元の一大製造拠点は帝国内に存在しました」

「え?」

「そしてそれはこの間焼き払いました」

「え?」

「それでですね「ちょっとまって」


 ものすごい勢いで情報を叩き付けてくるアンジェリークにおじさんは混乱しました。


「えっと……帝国で原材料を作ってたの?」

「はい、どこかは言えませんけど領主主導で専用の村まで作って大規模に栽培してましたよ。まあ、村人ごと全部焼き払いましたけど」

「……うん、分かった。聞かなかったことにするね」

「元々は帝国主導で周辺国の弱体化が目的で栽培してたみたいです。帝国の諜報を担ってるハットリ家がやらかしたときに色々有耶無耶になったようです」


 拒否しても強制的に話を続けるアンジェリークにおじさんは頭を抱えました。明らかに聞いたらまずい国家の暗部の話です。それなりに強いだけの何の後ろ盾もないおじさんには少々どころじゃない程に荷の重い話です。

 そして薄々感じては居ましたがアンジェリークがかなりの上級階級出身なのだとおじさんは悟りました。ヤベえ機密に携わりながら自由に動ける、これはアンジェリーク本人の立ち回りだけではなくかなり強い後ろ盾がなければ無理です。国や後ろ盾にとって良い影響があるから自由にさせているのだろうとおじさんは判断しました。実際は手放すと何を引き起こすかわからないから逃げ出さない程度に繋いでいるのが正解だったりするのですが。


「まあとにかく、今後間違いなく薬の供給量は減っていきます」

「帝国で作らなくなったら他で作るんじゃないの?」

「それは難しいでしょうね。元となる植物を育てるのはどうやらかなり難しいみたいなので」


 北海道で自生していたりする前世とは違い、この世界のお薬の元は育てるのがかなり難しかったりします。その分、前世の元よりも数十倍の量が取れるので村を囲うぐらいで十分な供給量を確保できたりするのです。

 アンジェリークは喋りながらブリキ缶ごと薬を焼きました。魔法の盾で周囲を覆い、高温の火焔魔法で煙ごと焼き切るように焼いていきます。その強力でありながら繊細な魔法におじさんは目を剝いて驚いていました。


「さて、そんな難しい植物の育て方なんかどうやって知ったんでしょうね」

「そりゃあ……研究したんじゃないの?」

「お薬で周辺国を弱体化させるなんてあやふやなことするために腹の足しにもならない植物を育てる研究をしたんですか? 万が一知られたら家が潰れる可能性があるのに?」

「……誰かから教えて貰ったと?」

「私はそう考えています。今のように帝国に広まるまで含めて狙われてたかなと」


 そんな馬鹿な、とおじさんは言いませんでした。鼻で笑うしかないような陰謀論ですが、目の前の少女がそんな夢想に囚われることなど考えられません。現実が見えない人間が彼女のような、油断も隙もない強さなど得られるわけがありません。


「心当たりがあるのね」

「ええまあ、教団と呼ばれている、教会とは違う神を信仰する集団です。今一番の帝国の敵ですね」


 アンジェリークは結論を答えた後、おじさんに教団のあらましを説明していきました。ガチで存在する陰謀論のボスにおじさんは頭痛を覚えました。


「……なんでそんな居るかも分からない邪神なんか信仰するのかねぇ」

「実際にいるからでしょう。教会の神に近い存在が」


 言いながらアンジェリークは指先に魔法で氷を作りました。


「私達が使う魔法と教会の信者が使う治癒術の違いがわかりますか?」

「使う力が違うんじゃないの?」

「使う力、魔力は同じです。違うのは生物の体内で力を行使できるかです。魔法というのはある程度の大きさの別の生物の体内で発動することはできません。体内を直接魔法で焼いたり凍らせたりできないわけです。あくまで外部から、魔法で作り出した氷や炎をぶつけることで他者を攻撃できるのです。教会の治癒術はその法則を無視して他人の体内に直接影響をあたえることができます」

「言われてみればそうだね。ぶつけずとも人の体内で炎を発したりしたほうが確実だね。誰もやらないんじゃなくて誰もできないのか……治癒士になるには信仰心が必要になるっていうのは……」

「神の決めた法に則った場合にのみ体内へ直接影響を与えることができるからです。もしそれがなければ治癒術で簡単に人を殺せますからね」


 治癒術は信仰心がなければ使えない、つまりはなんとか誤魔化して例外を作ること事態が不可能なのです。神を誤魔化そうとした時点で信仰心など存在するはずがないのですから。


「恐らく、教団は治癒術を利用して人体改造をしているものと思われます」

「邪神が直接改造したとかはないの?」

「そっちの方がありがたいですね。治癒術の悪用を警戒しなくて済みます。ローザの治癒術を見ればよく分かるでしょう」

「……なるほど」


 遠距離から体内を簡単に弄られる。そんじょそこらの魔術師よりも遙かに脅威です。


「話が大分逸れたのでおじさんを連れてきた目的を言いますけど、おじさんには教団の連中と実際に戦って欲しいんですよ。私の知る限り今の帝国騎士団にはその経験を持ち合わせているのが私の後輩の女騎士一人しか居ないので」

「まぁ、話を聞いただけじゃすぐに対応するのは難しそうだから理解はできるよ。でも、連中は全員帝国から全力で逃げているんじゃないの?」

「この町には残っている可能性があると私は睨んでます。マフィアなりが動いたにしてはローザに対する報復があまりにも早すぎますし的確過ぎます。あらかじめ私やローザをしらなければ無理でしょう」


 下手人の靱帯を千切って遊んだ後、暫くしたところでその違和感に気付きました。


「彼らにとってローザは特に消したい存在です。なんせ遠距離から自分たちの正体を見破ってくるのですから」

「今であれば薬物関係の組織の報復で誤魔化せると」

「そこまで考えていたかは分かりませんけどね。とにかく、探るだけの価値はあります」


 アンジェリークは薬を焼いていた魔法を解きました。そこはもはや原型の分からない黒い固まりが転がっています。


「連中がまた暗殺者を送り込んでくる前に潰しますよ。今日終わらせることが目標です」

「人使いが荒いお嬢さんだことで」


 アンジェリークは用件は終わりとばかりに早足で退室し、おじさんは深いため息をつきながらアンジェリークに続きました。

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