第53話 社会見学へ行こう! 宴会編
学園都市たるハメスファール領都には学生向けの宴会場があったりします。学園は学生同士での競い合いを推奨しているため、定期的に祝勝会などが発生するからです。その宴会場で皇子目当てに入学したエルフ達の歓迎会が開かれていました。エルフの里では味わえない料理にエルフ達は舌鼓を打ちます。
「お前は歓迎会の金を何処で手に入れてきたんだ」
そんな会場の隅の方で皇子がアンジェリークに問い詰めました。アンジェリークが自ら宴会を計画するときは何かしらで大金を得た場合だと皇子は経験から学んでいました。
「学園都市で薬物の取引などやらかす悪党がいたのでローザと一緒に懲らしめてきました」
「反省する間もなく皆殺しにすることを懲らしめるとは言いません」
隣で食べていたローザが無感情に突っ込みました。
「なんで俺も誘わなかったんだ」
皇子は悔しそうに言いました。ローザと共に食べていたミコトがそうじゃないだろと心の中で突っ込みました。いつものメンバーの貴族組はエルフ達の接待に勤しんでいます。エルフと繋がりを持てる滅多にないチャンスを逃すような教育を彼らは受けていません。エルフの人数が多いので普段皇子が面倒を見ている原作攻略対象達も接待に導入されています。ミコトは知らないエルフと食べるよりも知り合いと食べる事を選んだのです。実家の商売もエルフの里にまで手を出す余裕はないためそこまで積極的に動く気にはなれませんでした。
「エルフ達の面倒見てて忙しそうだったからですね」
「次は誘えよ」
「タイミングが合えば」
気のないアンジェリークの返事に皇子は不機嫌そうに口をへの字に曲げます。
「それで、その人はなんだ?」
皇子はとんでもなく居心地が悪そうにしているおじさんを指しました。アンジェリークに指定されて来たら続々と現れる若者達になんだコイツという目で見られて大変辛い思いをしていました。
「マフィアに護衛として雇われてたおじさんです。騎士団にスカウトしました」
「……どうしてそうなった?」
皇子は不思議そうに首を傾げました。
「騎士団にスカウトするような人物ならお前は挑むだろ」
「背後にローザがいる状況でこのおじさんと戦闘は避けたかったんですよ。あなたがいたら戦ってたでしょうけど」
アンジェリークの台詞におじさんは心の底からホッとしていました。負けるつもりはなかったですが勝てる自信もなかったのです。実際、アンジェリークの危惧していたとおりローザを上手く利用して優位に立つことは考えていました。
「アンジェ、味方に引き入れて一緒に鍛錬した方が良いって言ってましたよね? アレは嘘ですか?」
「嘘じゃないですよ。味方に引き入れたら何度も試合できるとは言いましたけど、そっちの方が良いとは言ってませんし」
ジト目のローザにアンジェリークはしらっと答えました。
「あの場で最優先なのはローザの身の安全でした。ローザを背後で守りながらおじさんを相手にできるとは思えなかったので交渉で済ませたのです。もしやり合うことになったらたぶんローザ担いで逃げてましたよ」
「そこまで強いのか?」
「強いですよ。かなり奇麗な騎士の構えだったので何処ぞの真面な騎士団で剣術を学んでいたのは間違いないでしょう。研鑽も続けているようですし、副団長に勝てるとは思いませんが匹敵するぐらいだと思います。その上でやり口が私に似てます」
「……なるほど、それは怖いな」
どこにでもいそうな見た目のおじさんを見て皇子は納得しました。幼い少女にしか見えないアンジェリークと同じで見た目で油断させてグサリとする、つまり勝つために利用できる物は利用するタイプということです。
「……あの、アンジェ様よりもそのおじさんのほうが強いんですか?」
黙々と食事をしていたミコトが手を上げて問いかけました。
「十中八九実力は上でしょうね」
「自分より強いと分かってる相手に何で挑むんですか? 普通は逃げの一手だと思うんですが」
「実力と勝敗は全く別だからですね。実際、戦ってたら七割方勝てたでしょうし」
アンジェリークの台詞に気配を消していたおじさんがピクリと反応しました。厄介ではあれども勝てない相手ではない、がアンジェリークへのおじさんの評価です。初手の投げナイフに反応したように、どれだけ速くても対応できないほどではないからです。
「どうやって勝つつもりだったんですか?」
「それはもちろんコレで剣ごと叩き斬るだけですよ。私の基本戦術は初見殺しですからね」
アンジェリークが腰に差した刀を指し、ミコトがあ~、と思い出すように頷きました。アンジェリークの持っている刀はゲームにも出てきます。装備できるユニットは限られるけれども最強の武器、それが黒の森で取得できる刀です。
「古代文明の遺産なんですよね? 鉄も切れるんですか」
「気持ち悪いぐらいスパッと切れますね。前に剣ごと人を斬ったこともありますし。ただ、きっちり刃筋を立てないと鉄の棒と化しますが」
聞いていたおじさんが顔を顰めました。アンジェリークは小柄で締まった細身です。ゆえに体重は軽く、当然ですが剣も軽い、速度があろうとも力で弾ける剣です。だから刀のことを知らなければアンジェリークの剣は受けるという選択肢を引き寄せやすいのです。七割方勝てた、というアンジェリークの意見に納得しました。十割じゃないのは野生の勘で避ける奴の存在を考慮してでしょう。強い者はその手の勘を持ち合わせている場合が多いのです。おじさんも絶対ではないにせよ持ち合わせているので七割が理解出来ました。
しかし、本来秘密にしておくべきであろうそれを平然と述べるアンジェリークに違和感を覚えました。
「そんなこと、おじさんの前で話して良いのかい?」
「問題ないですよ。便利な道具が使いづらくなったぐらいですからね」
アンジェリークは当たり前のように答えました。おじさんはアンジェリークを敵に回すまいと心に誓いました。彼女の年齢でそんなクッソ便利な刀を絶対視せずに便利な道具の一つと認識するのは異常です。普通であれば道具の力を己の力だと思い込むものです。道具ではなく剣士としての実力こそが強さの根源という、おじさんがようやく至った真理に十代で到達しているのですから将来何処まで伸びるのか恐怖すら覚えたのです。アンジェリークには前世ブーストがあるのが主な理由なのですが、当然ですがおじさんは知りません。
「まぁとりあえずどういう人物かはわかった。で、なんでこの場に呼んだ?」
アンジェリーク以外全員が疑問に思っていたことを皇子は問いました。
「おじさんは私が帝国騎士にスカウトしたわけですし、帝都へ行く路銀を渡すついでに壮行会でもしようかなと思いまして」
「……まぁ、マフィアの用心棒から帝国騎士は出世と言えますけども」
今考えたとしか思えない言い訳にローザは呆れたように言いました。
その時、店員がテーブルに近付いてきました。テーブルの空いた皿でも片付けに来たのでしょう。自然にローザの隣に近付き、懐に入れた腕をアンジェリークに掴まれました。そして何か言葉を発する前に肘を極められて地面に組み伏せられ、そのまま靱帯を引きちぎられました。店中に悲鳴が響き渡りました。
「突然何をしているんですか!」
「懐からそんなもの出そうとしたんだから当然の措置ですね」
アンジェリークは言いながら靱帯の引きちぎれた腕をさらに捻って脱臼させました。店員の側にはナイフが転がっています。
アンジェリークは手を離しました。店員は息も絶え絶えに呻いています。
「お前、よく気が付いたな」
「常在戦場がモットーですから。ローザ、治してあげてください」
「あ、はい」
アンジェリークに言われてローザは素直に男の腕を治していきます。曲がりくねった腕が治る際に痛みが出るようで店員がさらに悲鳴を上げます。そのあまりにも速すぎる治癒をおじさんは口をあんぐりと開けて見ていました。
腕が治ったのを確認したアンジェリークは再度肘を極めて靱帯を引きちぎり、さらに脱臼させました。
「いや何をしているんですか」
「ローザにナイフを突き付けようとしたのが気に入らないだけです。もう一度お願いします」
「拷問紛いのことをさせるために治癒させるのは教義に反するのでできません」
「それじゃあ仕方ないですね」
アンジェリークは今度は逆の肘の靱帯を引きちぎって脱臼させました。容赦のないアンジェリークにローザは溜息をつき、皇子は呆れたように見つめ、ミコトはうるさそうに顔を顰めていました。かつてミコトが持っていた現代日本人的な価値観は親の商売についていく過程で消え去っていました。貴族であるがゆえに日本の価値観が残っているマリアンネであれば顔を青くしていたでしょう。実際、静まりかえった宴会場で真っ青な顔をしてアンジェリークの方を見ています。
「ちょっと、そいつから情報を聞き出さなくちゃだめだろうに」
誰も止めようとしなかったのでおじさんが口を出しました。
「どうせぶっ殺した連中の生き残りの報復でしょうし問題ないです」
「いや、証言を聞かないとわからないでしょ。君なら他の理由だって考えられるし」
ここまでやって周囲の反応が薄い辺り他でも似たような事を繰り返してきたのは明白です。つまり、報復してくる相手が星の数ほど存在しているのは予測できます。
「薬物関係はどのみち潰す予定だったので報復だったことにしておきます」
「いやいや、証拠は大切だよ? 偽造しないでちゃんとしっかりしないと駄目だよ」
「大丈夫です。帝都で似たような事は何度もやりましたから」
「本当に帝都はまともになったの!?」
おじさんは思わずツッコミを入れました。実際、やりたい放題やった結果全体的に良くなっているのですが信じられないでしょう。
「せっかくだしおじさんも手伝っていきますか? 路銀の足しになりますよ」
「今から騎士団に所属しようっていうのにそんな犯罪紛いなことはしないよ」
「手伝ってくれるならいくつか豪華な紹介状を用意しますよ。例えばあそこにいる男装の令嬢、アレクサンドラ・フォン・ザクセンなんですけど、ここに来ているってことはどういうことか分かりますよね?」
アンジェリークは未だおじさんに自身のフルネームを明かしていません。おじさんもローザが、教会の修道女がアンジェリークの言葉を否定しないから騎士団関連の話は本当なのだと認識している程度です。目の前のヤベー奴が男装令嬢の妹なのだと思うはずありませんし、同じテーブルを囲っている色黒マッチョマンが皇太子だと当然ながら思いつくはずがありません。なんせ、エルフの接待をしているアレクサンドラ達はバッチリと礼服をキメているにもかかわらず、ヤベー奴も色黒マッチョマンも貧乏学生の象徴たる学生服を当然のように着ているのですから。
騎士団に行くと決めた以上、目の前のよくわからんヤベー奴の紹介状よりもザクセン家の御令嬢の紹介状の方が欲しいのは当然です。
「……本当に用意してくれるんだよね?」
「もちろん」
口車に乗せるとはこのことかとミコトは感心しながら眺めていました。
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スターフィールドは実にベゼスタで私は好きです。
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