第52話 社会見学へ行こう! おじさん編

 都市があるということは大きな物流があり、大きな物流があると言うことは倉庫があります。そして商売の仕方によっては店舗の近くに倉庫を作るのではなく郊外の安い土地に倉庫を建てることも当然あります。そして複数の商店が手を組んで郊外の一角を借り上げていくつもの倉庫を建て、倉庫街などと呼ばれる場所もできます。物流を重視するため川沿いにありますが、基本的に倉庫しかないため人は寄ってきません。

 人が寄ってこないということは人に知られたくないことをする人達にとっては格好の場所だったりします。故に倉庫街に寄りつく人間は居ないのです、普通は。


「おいおい、お嬢さ」


 学生服を着た小柄な女学生と面倒くさいと言いたげな修道女が真っ直ぐ近付いてくる。そんな普通ではあり得ない状況に戸惑いつつ、とりあえず追い払おうとしたマフィアの構成員Aは、突き飛ばそうとした所で女学生に投げられ背中から地面に叩き付けられました。バウンドするほどの勢いで叩き付けられたせいか痛みに悲鳴を上げることすらできません。


「なにし」


 Aとバディを組んで警備していたBは急接近した女学生に対処出来ず顎をかち挙げられ、喋っていたせいで舌を噛み千切りながら一回転して地面にうつ伏せに落下しました。

 一瞬でマフィアを二人潰した女学生、アンジェリークをローザが冷めた目で見ていました。


「社会見学じゃないんですか?」

「はい、今から取引の現場を見学しに行くんですよ」

「裏社会の見学はもう飽きるほどしましたよ」

「そういえばそうですね……二人でいると騎士団に入った頃を思い出しますねぇ」


 アンジェリークは懐かしむように頷き、ローザは遠い目をして「私も強くなったなぁ」と黄昏れました。強くなったと言うよりも図太くなかったという方が正しいでしょう。


「まぁ、どのみちここで帰るわけにもいきませんし入りますよ」

「飽きたからって社会の悪を放置するわけにはいきませんしね……」


 意気揚々と倉庫に入るアンジェリークに、ローザは溜息をつきながら続きました。




「おお! コレが裏取引ですか! ほら、あれ麻薬ですよ!」


 場違いが過ぎる女二人に疑問符を浮かべている悪党達を前にアンジェリークが大声を上げました。


「運び屋とマフィアと、あれは役人っぽいですね! 腐ってるところはやはり腐ってますね!」

「……お嬢さん方、表に警備がいなかったかな?」


 悪党の一人、見た目からしてこの取引を仕切っているマフィアの幹部であろう壮年の男がドスの利いた声で問いかけてきました。


「ぶん殴っておきました。もう少し役に立つのを使った方がいいですよ。私の同僚ぐらい欲しいですね」


 アンジェリークは素直に答えました。そして帝国騎士団並の人員を用意しろという無茶振りをしました。

 男の目が急速に冷えていきました。


「おい」


 男が一言合図を送るとマフィアの構成員達がアンジェリークに襲いかかってきました。アンジェリークは当然のように対処します。アンジェリークが速すぎて対処出来ないのは素人目にも明らかで、男の顔に焦りが浮かびました。


「先生! お願いします」


 男が叫ぶと、男の横にふっと人が現れました。最初から居たはずなのに、唐突に現れたように存在感が増したのです。見た目は中肉中背でそこらの居酒屋でくだ巻いてそうな至って普通のおじさんです。筋肉質で剣も佩いてるから冒険者だろうと、誰もが判断し気にも留めないような見た目のおじさんがそこにいました


「最近の若い子は」


 おじさんは一瞬で剣を抜いて投げナイフを弾きました。アンジェリークの投げた超音速投げナイフです。


「最近」


 アンジェリークが魔法で無数の氷柱を射出しました。魔法を放つ溜すらなく、突然大量に射出された氷柱はマフィアも運び屋も汚職役人も何もかもを貫きました。無事だったのはローザとおじさんぐらいです。ローザは流石に驚いたように目を丸くし、雇い主が死んだおじさんは困ったように頭を掻きました。


「若いんだから人の話を聞くぐらいの余裕を持った方がいいとおじさんは思うよ」

「連れが人質に取られるのは困りますから」


 超音速投げナイフが弾かれたことでおじさんと戦いながらローザを守る余裕はないと判断したアンジェリークはひとまず敵を皆殺しにしてローザが人質に取られる可能性を消しにかかりました。帝都ではついに使うことはありませんでしたが、ローザと警邏しているときから戦術として考えていたため一切戸惑うことなく行動できました。


「君、本当に学生? 君ほど若くて強ければ自惚れるもんだよ」

「私より強い人なんかそこらにいますからね。自惚れてる余裕なんてありませんよ」

「君以上がそこらに居たら恐怖以外のなにものでもないよ」


 油断も隙もありゃしないアンジェリークにおじさんは実に苦々しい苦笑いを浮かべました。今までの会話からして相手の油断を誘うスタイル、アンジェリークのように一切油断しない者は余計にやりづらいでしょう。


「依頼人もいなくなったわけですし、手打ちにしませんか?」

「そんなことしたらおじさんこの仕事で食っていけなくなるんだよ……本当、子供なんか斬りたくないんだけどねぇ」


 おじさんはそう言いながら剣を抜きました。一切ブレのない抜剣、そして奇麗な構えはおじさんがしっかりとした剣術を学んでいることを示していました。それを見せた辺り油断させることは無理だと判断してのでしょう。

 アンジェリークも油断なく太刀を抜きました。そして肩に背負うように構えます。おじさんから見たことのない剣に見たことのない構えであり、情報戦で優位に立つ構えです。


「仕事が欲しいのであれば紹介しますよ? 帝国騎士団に伝手がありますので」

「帝国騎士かぁ……良い噂聞かないんだよね」

「アンジェ様が戦いたがらないなんてお腹でも壊したんですか?」


 緊迫感が漂い始めていた中に飛び込んできたローザの言葉に、二人は呆れたように構えを解いてローザを見ました。


「もう少し空気を読もうよ修道女のお嬢さん」

「人の体の調子に場の空気など関係ありません」

「びっくりするほど真面目だねぇ! 君ら個性が強すぎるよ」


 根が真面目であり善良でなおかつ祓魔師ではなく治癒士を志していたローザは他者の怪我や病気に対して敏感です。強い人との戦いをこよなく愛するアンジェリークが戦いを避けようとするのは何かしら体に異常があるからだとローザは考えました。治癒術で身体を見ることで怪我などの異常は察知できても、病原の知識がない病を察知するのは不可能なのです。


「別に体調不良はありませんよ。殺したらそれで終わりだから味方に引き込んで一緒に鍛錬した方が何度も試合ができるじゃないですか」

「体調不良はなさそうで安心しました。どうぞ続けて下さい」


 ホッとしたように微笑んだローザは用は済んだとばかりに二人から離れました。普段のアンジェリークよりも自由なローザの行動に、構えを解いても体の動きで牽制しあっていた二人は毒気を抜かれたように顔を見合わせました。


「で、どうします? 帝国騎士団かザクセン騎士団なら本当に紹介できますが」

「ザクセンはゲルトの爺さんがいるからねぇ……でも帝国騎士団も嫌なんだよ。帝都は大分真面になったって聞くけど、そんな噂何回も流れてるから信用できないし」

「一度帝都に行って確認してからでもいいのでは? この惨状だとどのみち領都には居られないでしょう?」

「その惨状を作った本人がいうかね……」


 呆れたようにおじさんは溜息をつきました。状況故に無理だったとしても、雇い主と取引相手をまるごと殺された裏社会の護衛などもはや食っていける程の信用などないのです。


「修道女のお嬢さん、お嬢ちゃんの発言は保障できる?」

「アンジェ様の紹介であれば先方が無下にすることはありません」


 教会の修道女という信頼の高い保障を得て、おじさんは決断しました。


「分かった。紹介状くれるなら帝都に行くよ。食いっぱぐれるよりはマシだしね」

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