第55話 社会見学へ行こう!! 終編
兵は拙速を尊ぶ、という言葉があるように素早く行動を起こすというのは利点が多いです。計画を超える速度で動くのはもちろん駄目ですが、計画や策略がない限り可能な限り早く動いた方が得るものは多いでしょう。具体的には、帝国軍ですら尻尾を捕まえられない逃げ足を誇る教団のアジトに殴り込みをかけられたりするのです。ちょっかいを出すという隙を見せた教団側の失点も大きいですが。
「もう二度と戦いたくねえ……」
剣に付いた血を拭いながらおじさんが忌々しそうに呟きました。その周囲には砕けた壁と崩れ落ちた天井、屋根。そして一面に散らばる複数の遺体。そこそこの大きさの建物が半壊するような戦闘をしておきながら息が上がってすらいないあたりその実力は窺い知れるでしょう。
「同感です。こいつらつまらないですからねぇ」
「いや、そうじゃない」
おじさんは真顔でツッコミを入れました。教団のアレは強いか弱いかではなくとにかく面倒くさいというのがおじさんの感想です。確かに身体能力は高く死にづらいというのは脅威ですが、それさえ分かっていれば帝国騎士であれば対処出来る強さです。怪我も死も恐れず暴れ回る戦闘の素人の化け物、危険だからではなくてとにかく面倒くさいからできうる限り相手にしたくないのです。
「幸いなのは帝国から逃げ出そうとしている所ですかね」
「帝国で活動するのは無理だと判断したわけだ」
「だから別の国で手管を伸ばすことにしたわけですね」
「帝国が狙いからははずれたのね。それはよかった」
おじさんは心底ほっとしました。今回の狙いはローザ、教団の致命傷になりかねない存在だからこそ危険を顧みずに手を出してきたのです。まあ、普通であれば証拠も残さず逃げられたのですが、半日も経たずに二人で地元マフィアや麻薬カルテルごとぶっ潰しにやってくる教団以上のマジキチがいたのが運の尽きでしょう。
「他国を乗っ取ったら戦争仕掛けてきそうですけどね」
「結局いずれは戦う事になるのか……」
このお嬢さんについていけばきっとこれからこんなことが続くんだろうな。おじさんは辟易しましたが、アンジェリークから離れるつもりは全くありませんでした。
表から裏に落ちた人間の大半は表へ帰ることを望みますが、一度裏に落ちた人間が表に復帰するのはかなり難しいです。半グレ程度であれば冒険者になって、という手もあるのですが政治が絡んでくるとそうもいきません。おじさんも表に戻るためにまずは地元マフィアの信頼を得てそこから徐々に表側へ近付いていって、という方法で戻るつもりでした。それでも表に復帰できる可能性は低いのですが。
そんな時に出会ったのがアンジェリークです。なんとか表で暮らせたらなぁと思っていたのがまさかの帝国騎士団。しかも教会の祓魔師の証言という保障付き。その上で今では教団のアレとの戦闘経験者というおまけまでついてきました。いつだって平伏してもいいとおじさんは思っています。アンジェリークが今のおじさんの態度を好んでいるのは察しているのでやりませんが。
もう山場は超えた、後は帝都に行くだけだ。疲れたとばかりに壁に寄りかかるおじさんの目は希望にギラギラと輝いていました。
「お前達! ここで何をしている!」
複数人の足音と共に誰何の声が響き渡りました。町の衛兵達です。建物が半壊するような騒ぎが発生したのですから駆けつけるのは当然でしょう。
肉片飛び散る半壊した建物の中に怪しいおじさんと学園の制服を着た女生徒、どう見ても怪しすぎる存在です。衛兵達は二人を取り囲んでいます。手際から見て取り囲める人数を揃えてから誰何をしたのでしょう。
「どうするの?」
「面倒ですし逃げますか」
「え? マジで?」
おじさんは思わず問い返しました。
「おじさん、今の状況を客観的に考えてみましょう。肉片の散らばる半壊した建物、学園の制服を着た女学生、おじさん」
「言いたいことは分かるけどおじさんってだけで怪しい存在にされるのは心外だなぁ」
「お前達は包囲されている! 逃げられないぞ!」
包囲はされていますが衛兵達の動きは慎重です。衛兵達からしたら石造りで頑丈そうな建物を半壊させるような奴だから当然でしょう。実際に建物を半壊させたのは肉片と化した者達ですが。
ジリジリと包囲網が狭められていく中、馬の走る音が近付いてきます。
「待った! 待った待った! その女学生の身分はワシが保障する!」
デカい三角帽子に単色のローブという出で立ちの、如何にも魔法使いといった老人が馬に乗って現れました。学園長です。
アンジェリークが宴会を抜け出したのを確認したローザはとりあえず学園長に詳細を報告しました。報告された学園長は頭を抱えながらいつでも動けるように学園で待機していました。都市の闇を殴りに行くのであれば衛兵と揉める可能性が考えられたからです。
学園長の登場に衛兵達は戸惑いました。魔法都市ルッセンドルフの象徴たる魔法学園の学園長、当然ながらこの都市最高権威の一人です。学園長を無視してアンジェリーク達を捕縛などできようがありません。
そんな中、アンジェリークは肉塊の中からエルダーサインの首飾りを拾い上げると一番近くにいた衛兵に近寄りました。
「これ、伯爵に渡しておいてもらえますか?」
「え、これは……なんでそんな」
「あなたの名前は?」
「……パウルだが」
「学園長が身分を保障した私が衛兵であるパウルさんにこの首飾りを伯爵に渡すように頼みました。このことは学園長が証言してくれます」
「……必ず、私が届けます」
アンジェリークの説明を聞いたパウルが背筋を伸ばして首飾りを受け取りました。実に分かりやすい権威の利用におじさんは感心しました。自身ではなく学園長の身分を利用し、なおかつ明確な脅しがない辺り上位貴族の余裕を感じさせます。
首飾りを渡したアンジェリークは首飾りをもう一つ拾い上げて息も絶え絶えな学園長に近付いていきます。
「学園長、大丈夫ですか?」
「……君がもう少し自重してくれたらこうはならなかったんだがね」
「そうは言ってもコレが最善だったと思いますよ。ローザを狙ったところは確実に潰せましたし」
「……恐らく本当にそうなのが君の厄介なところだ」
治癒術を百年先に進めた者、大陸一の治癒術使い、今後現れないであろう天才、それが教会におけるローザの評価であり、一部では聖女とも呼ばれていたりします。教会内でも最重要人物として扱われており、教会の最高権威たる枢機卿が教えを請うなど特異な存在となっています。ローザは替えの効かない存在であり、その重要性は弟という替えがいる皇子を上回っています。
今回はそのローザが明確に狙われたのです。皇子とハットリ君を護衛に置いて文字通り素早く動ける自身とおじさんで即座に報復を行ったというのは最善の動きに間違いありません。教会は戦力を持ちません、なので教会の人間が狙われたら他の誰かが報復するのが一般的です。基本的にその土地の領主が行います。教会は報復を要請しませんし報復しなかったからといってその土地から撤退することはないですが、教会を攻撃する事自体が領主を嘗めきった行為と捉えられるため基本全力で報復します。あくまで基本なので今回のように友人であるアンジェリークが報復を行う場合もあります。教会保護のために帝国の法律で認められた行為だったりします。被害がデカすぎますし証拠もあやふやな状況という問題点もありますが相手が元々反社集団なので目は瞑れます。ゆえに狙われて即報復したアンジェリークの行動は最善なのです。
「ところで、さっき渡してた首飾りはなんだね?」
「学園長、これ知らないんですか? 流行に乗り遅れてますよ」
「こんな見ているだけで不愉快になる首飾りが流行になるとは思えないんだが?」
「そこに気付くとは流石学園長ですね」
クッソ上から目線のアンジェリークの言葉に学園長は不愉快そうに顔を顰めました。
「全く知らないのは正直どうかと思いますよ。中央の情報ぐらいちゃんと収集しましょうよ」
「……君のおかげで色々手一杯だったのでな。とりあえず今から伯爵に話を伺いに行こう。あとそちらの御仁についても話を聞きたいのだが」
「昨日までマフィアの用心棒だったおじさんです。今後は帝国騎士団で活躍してもらう予定です」
学園長は頭を抱えて蹲りました。しばらくの後、すくっと立ち上がると感情をなくしたのような無表情で馬に乗って伯爵の屋敷の方角へと駈けていきました。
責任のある立場は大変だなぁ。その場にいたおじさんと衛兵達は同情しました。
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