第49話 だって居たんだもん……
エルフの里から学園に帰ったアンジェリークと皇子は即座に帝都の宮殿へと呼び出されました。エルフから感謝の手紙が届いたりハットリ君が詳細なレポートを提出したりした結果です。本人から詳細を聞かせろというのは当然ですね。皇子は丸焼きになってますし。
呼び出されたアンジェリークと皇子、そしてアンジェリークに頼まれ着いてきたローザはそこそこの広さの会議室に案内されました。会議室には幾人もの一が座っていました。
まずは背後に護衛騎士を立たせる皇帝フェルディナント・カロリング。続いて帝国議会議長ヘンリー・フォン・ヴェルナー侯爵、最大派閥である皇帝派トップのザクセン公爵の代理、跡継ぎのパトリック・フォン・ザクセン魔法戦闘団副団長。帝国騎士団と魔法戦闘団、二つを束ねる帝国軍団長、マチアス・フォン・ツェラー伯爵。帝国の諜報を握るハンゾウ伯爵家現当主、二十一代目ハットリ・ハンゾウ。宮廷貴族の集まりである貴族派代表スミロ・フォン・ウェーバー侯爵。 その他にも各派閥の代表やその代理、帝国の有力者と言うべき者達が集まっていました。
そんなところに放り出された皇子はやや顔を強ばらせ、アンジェリークは特に緊張した様子もなくニッコリと笑い、ローザはいつも通り微笑みの鉄仮面をつけていました。
本来ならば皇子が頭を下げ長々と挨拶をする場面ですが、全ての慣例を無視して最初に口を開いたのは皇帝でした。
「エルフの里で遭遇した教団について詳しく話せ」
皇子とローザはアンジェリークを見ました。二人の視線を受けてアンジェリークは小さく頷きました。
「詳しくと言われても、何が聞きたいのか具体的に言って頂かないと答えようがないです」
「陛下に対しその口の聞き方はなんだ!」
貴族派のウェーバー侯爵が怒号を上げました。当然、アンジェリークは一切動じません。
「ではウェーバー侯爵は帝国について詳しく話せと言われたらなんて答えるんですか? 歴史から文化、領土の大きさとか名物とか色々あるでしょう? まさか全部答えるんですか? 時間の無駄ですね。あ、立ってるのも疲れるので椅子持ってきてください」
怒号を聞いて顔を覗かせた騎士に椅子を要求したアンジェリークにその場の全員が理解しがたい生命体を見るような目を向けました。兄のパトリックが胃を抑え、隣にいたハンゾウ伯がそっと胃薬を手渡しました。
皇帝はアンジェリークの態度に驚きつつも、なるほど、と頷くと問いを続けます。
「お前はその教団が帝国にとってどれほど危険だと思う?」
「放置すれば数年で国が滅びますね」
会議室が困惑と嘲笑で溢れました。帝国が数年で滅びるなどと馬鹿げたことを、と誰も彼もが笑っています。真剣な眼をしていたのは皇帝とパトリックとハンゾウ伯、軍団長のツェラー伯。ヴェルナー侯爵とウェーバー侯爵は探るようにアンジェリークを見ていました。
「そこまで危険だという根拠はあるのか?」
「エルフの里ではすでに侵略されていたのに誰も気付いていませんでした。では、帝国ではどうでしょうか?」
アンジェリークはチラリとローザを見ました。ローザはアンジェリークの背中に手をやりました。
「私が帝都で教団と遭遇したのは二、三年ほど前です。その時まで誰もその存在を知りませんでした。そしてエルフの里の件があるまでそれがなんであるのか誰も分からなかったのです」
会議室は円卓を貴族達がぐるりと囲むように座っています。アンジェリークはその貴族の後ろを歩きながら喋っています。ある裁判の場とも言えるこの場所に呼び出されて自由に歩き回る存在はアンジェリークぐらいでしょう。最初の口上か立哨する騎士に椅子を要求する奇行を見せつけられてきた貴族達は改めてなんだコイツはと怪訝な表情をするだけで何も言いません。
そしてアンジェリークは一人の貴族の首を背後からへし折りました。顎と頭を掴んで後ろに回したのです。
突然の凶行に誰も反応できません。護衛騎士ですら何が起こったのか理解出来ていない様子でした。理解したのは近場にいた貴族の椅子を武器にすべく引き抜いた皇子と微笑みを貼り付けたローザのみでした。
首を折られた貴族の服がはじけ飛びました。そしてこんもりと盛り上がると例の化け物へと変化していきます。変化していく過程で首は元に戻っていました。
「へし折ったぐらいじゃ元に戻るんですねぇ」
のんびりと言いながらアンジェリークは魔法を発動させます。流石にこの場には太刀を持ち込めなかったからです。
ゴォォォという音と共に生まれた炎が怪物の体を貫きました。怪物の体を貫いたジェットエンジンのような炎はそのまま天井を焼いて溶かします。周囲の貴族が慌てて逃げ出しました。
「う~ん、魔法に耐性があるのか……」
肉が剥げ落ち骨が焼けた胴体から背骨に張り付くようにして心臓のみが露出しています。魔法に対して耐性はあってもダメージは受けているようで怪物は全く動かず、しかし残った上下がジワジワと肉が回復していきます。
露出した心臓に椅子が激突しました。椅子を投げた皇子は皇帝の隣にいる護衛に向かって叫びます。
「剣!」
ハッとした護衛は剣を抜くと皇子に向かって投げました。皇子は上手に柄で受け取り心臓を横一文字に割りました。元に戻った人体がビチャビチャビチャと音を起てて床に散らばりました。貴族達は顔を真っ青にし、一部は床に吐いていました。
「コレが教団の脅威です」
アンジェリークは何事もなかったかのように、いつも通りの笑みで答えました。血塗れの会議室の中、その中心にいるアンジェリークだけが服に一片の汚れすらなく清らかで、あまりの違和感に誰もが恐怖を感じました。
「何故わざわざ会議室で殺したのだ?」
内心の動揺を一切見せずに皇帝が問いました。
「自分の目で見ないと理解しない人が多いからです」
アンジェリークは答えました。
「エルフで教団に入っていたのは全てが末端の人間でした。帝国ではこんな会議に出るような人物が教団の化け物に成り代わっています。もう数年で滅びると言われて笑う者はいないでしょう?」
溶け落ちた天井で円卓が燃え、遺体の悪臭が漂い、ゲロと追加のもらいゲロがまき散らされ、異常を察知した騎士達が乗り込んできた、そんな阿鼻叫喚の地獄絵図で笑える異常者はアンジェリークぐらいでしょう。
皇帝は深いため息をつきました。
「少なくとも、私は笑うつもりも笑わせるつもりもないし教団への対策を徹底させる。ただ、もう少し穏便にはできなかったのかね? 会議前に教団の者を捕まえておくとか」
「存在に気付いたのが会議中だったので無理ですね。見つけたついでに教育しただけです」
一切悪びれる様子もないアンジェリークを見て、皇帝はどういう教育をしているんだとザクセン公を呼び出して文句を言うことに決めました。
…………………………………………………………………………………………………
ゼルダやってるので更新が遅くなります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます